高知・北川村の「モネの庭」で考えた、うまくいかないことの先にあるもの(2026/08/04 #182)
モネといえば印象派を代表するフランスの画家です。
去年行ったモネ展は、平日でも大行列でした。
そんなモネの名を冠する庭が高知にあるのはご存知でしょうか?
しかも、高知駅からは車で90分の距離にある、人口1,100人ほどの北川村にモネの庭はありまして、今年のGWの高知旅行で行ってきました。
今回はモネの庭を歩いて、考えたことについて書いてみます。
写真で巡るモネの庭
「北川村モネの庭マルモッタン」は、3つのエリアで構成。
まず足を運んだのが「水の庭」
モネの絵画にも登場する「太鼓橋」も再現されています。
写真をいま見てみても、絵画のような雰囲気を感じます・・・

もちろん池の上には睡蓮の花が。


次に足を運んだのは、モネが訪れて描いた地中海の風景を再現したという「ボルディゲラの森」

そして「風の丘」。
風の丘からは、太平洋を一望できます。

最後に足を運んだのは「花の庭」です。



なぜ北川村にモネの庭ができたのか?
それにしても、高知市街地から離れた場所に、なぜモネの庭ができたのか?
90年代の北川村では、高齢化・人口減少が進む中、名産の柚子を使ったワイナリー建設などを試みていたものの、1996年に日本経済悪化の余波を受け頓挫。
土地の利用方法を検討するなか、「フラワーガーデン造作」という案が出てきたそうで、「自然のなかに庭園をつくる」という発想のもと、フランス・ジヴェルニーにあるモネの庭にたどり着いたそうです。
96年秋、村は担当者を、特につての無い状態で、ジヴェルニーへ派遣。
担当者が何度も門をたたくうちに、モネ財団理事長の支援を取り付け、
2000年に開園に至ります。
(このあたりの詳細は「北川村モネの庭マルモッタン」のホームページに記載があります。)
そして開園から25年。
開園当初の勢いと比べると落ち着いているものの、
ここ10年ほどの入場者数は(コロナ禍を除き)6万〜10万人ほどで推移。
人口1,000人ちょっとの村に、その100倍近くの人が毎年訪れる施設となっています。

モネの庭の生い立ちから学べるもの
当初思い描いたワイナリー建設がうまくいかなかったものの、
その頓挫が世界で唯一、本家以外に「モネの庭」を名乗れる場所を築くことにつながったということで、壁にぶち当たることが、思いもよらぬ展開を切り拓くこともあるのだと改めて感じます。
過去に高知の生んだ名作家やなせたかしの人生を振り返って「人生のピーク」について考えましたが、うまくいってないことも糧にして後々活かしていく精神が、観光地造りにもキャリアにも大事になるんですね。
そして、「都会にあるものを持ってくる発想」ではなく「村にあるものを活かす発想」で、「自然の中に、モネの庭をつくる」という着想。
これも、自分の持っているインビジブルアセット(無形資産)に軸足を置きながら、新たな武器を得ていくという点で、キャリア形成にもつながります。
今回何気なくいってみたモネの庭で、美しい景観を楽しめただけでなく、成り立ちを追いかけてみることで、色々示唆を得られました。こういった気づきのある旅は、やはり楽しいですね。
noteは久々のアップとなりましたが、引き続き、訪れたところで気づいたことなどを発信していきたいと思います!
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