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パワハラで体が動かなくなった日の話

あの朝のことは、今でも鮮明に覚えています。

2026年の春、出勤前のルーティンをこなしていた私は、靴下を履いたまま、玄関で止まりました。

靴が履けなかったのです。しゃがんだままそのままうつむいて顔を上げられなかった。

「行かなきゃ」という気持ちはある。
でも体が、動かない。

次に何をすればいいかわからなくなって、ただそこに座っていました。
ようやく動けるようになってからは、とっくに始業時間を超えており、
気付いたら電話が鳴っていました。

震える手で電話を取り、今日はお休みする旨を伝えました。

案の定上司からは叱責。そういうことは始業前に言うのが常識でしょう!

何年社会人をしているの!今更こんなこと言わさないで!

明日は必ず出勤してください!

その日、私は初めて「もう会社に行けない」と思いました。


8年間、そこそこ頑張ってきた

私はSESのITエンジニアとして8年間働きました。

SES(システムエンジニアリングサービス)というのは、客先の会社に常駐してシステム開発や保守運用をする仕事です。
聞こえはいいですが、簡単に言うと派遣と同じです。

プロジェクトによって期間は異なります。長い人もいれば短い人もいる。
プロジェクトが終われば、配属先が変わります。

そしてそれこそがSES最大の難関、それが配属ガチャです。

SES会社は基本的に、世間的にも評価の高い会社や大手企業と契約を結んでいます。(もちろん絶対ではないです)
また最近のIT業界はコンプライアンスが厳しいところが多く、いわゆるブラック企業は少なくなってきました。

ただそれでも、「人」はわかりません。

特にそれは歴史が古く大手ほど、意外と古い気質が残っていたりするのです。

私の場合は運がよく、とても良好な人間関係の会社と渡り合ってきました。

楽器屋での経験から、コミュニケーションの重要性を認識しており、私自身チーム内で相談しやすい環境を作ってきました。
時にはその努力が認められて、あなたのおかげでチームが明るく、会話や連携も取れており、スムースにタスクが進みます。
と言われてことも。

仕事はそれなりでしたが、時には日付が変わる間際まで仕事をしていたこともありました。

ですが、私は何とかやってきた自負があった。

多少のことでは、へこたることはない。

そう思い込みながら、ずっと働いてきました。


転機は異動から始まった

私はある現場に異動されました。この異動自体私が望んだものではなかったのですが、決まったことだからとのことで仕方なく。

上司はZさん。コミュニケーションが独特——いや正直に言うと、かなりやっかいな人でした。

私の前にいた前任者からこういわれました。

大丈夫?気を付けてね。と。

そしてプロパからも、あの人は要注意人物だからね…と

最初から違和感はあった。異動前から。

主に連絡はTeams。その時の私は引継ぎや、担当プロジェクトの最後の追い込みなどで連絡も多く、基本的にメンションがなければ気づかないことがほとんど。

ましてやまったくやり取りのなかったZさんは、固定連絡先にしていなかったため連絡を取りこぼしていた。

気付いた時にはそこにこう書いてあった。

「確認したいことがあり連絡をしています。あなたはTeamsを見れないのですか?」

なんでこんな物言いなんだ?もちろん見落とした自分も悪いが、それ以前に、メンションをつけて連絡してくれないと気づけません。と伝えている。

それからの異動後、前任者がまだいる時期は、そのなりを潜めていたのが厄介だった。

そして異動から1か月。タイムリミットで前任者が去った。

引継ぎはされた。でも業務量や内容に対して圧倒的に足りていなかった。

前任者でさえ、ふつうは3か月くらいかけてじっくりやった方がいいんだけど、
早くやめたかったから。ごめんね。と言われた。

そこからだ、牙をむき始めたのは。

「なんでこんなこともわからないの?」
こんなのジャブです。

「引継ぎされているんだから、できるはずですよね?なぜできないの」
まだ実際に行っていないことに対して、これ。引継ぎ?あってないようなものだけど...

「また間違えた。メモは取っていないのですか?何度言わせるんですか?」
メモは取っていた。でもこれは言われていない。知らない。引継ぎされていないですというと

「知らないなんてウソ!引継ぎされている!前任者も引き継ぎしたと言っていた!」
引継ぎ現場を見てもいないのに、なぜそこまで言える?というか前任者をそこまで信頼しているなら、前任者を追い込んでやめさすなよ!

最初は抵抗していました。でも不思議なことに、だんだん「もう抵抗することも無駄なんだ」と思うようになっていった。

何を言っても聞き入れてくれない。私が正しいとしか思っていないし、
基本的に自分が被害者だ!という他責思考の考えが強すぎる。

そして
「いや、本当に使えないのは自分かもしれない」
そう思った


体に先に変化が来た

そうなるとミスが増える。なぜやっていない?と無駄な詰問が始まる。

中にはミスとは言えないようなことでも、気に入らないと詰めてくる。

そして、余計なタスクを増やしてくる。

この人に何かを言うと必ず詰められる。そう思うとミスを報告することもしなくなってしまった。

そういう人に限って、自分のミスに気が付かない。

あなたが連絡してくれないから気づかなかった!
先ほどの事項を議事録に乗せて再送してください!
今すぐです!

いや待ってくれ、それは俺のミスじゃない。そもそもいつも載せていないし、事前の打ち合わせでプロジェクト全体で確認しているだろ…?
そんなことより優先タスクがあるんだよ…。

こんなことだらけだった。

そして精神的に参ってくると、体に先にサインが出るものだと、今はわかります。

最初の変化:睡眠

まず眠れない。布団に入るのも遅くなる。睡眠時間も3時間などざら。ひどいときには眠れなった。
そして言われたことを頭で繰り返してしまう。

明日また何か言われてしまうんだ。何を言われるんだ。対策を立てなきゃ…

週にトータルで4時間しか寝てない。なんてこともあった。

次の変化:掃除

毎朝部屋と洗面台、トイレの掃除、洗濯をして仕事に向かっていた。

次第にできなくなった。汚れは気になる。でもそれどころじゃない。もうめんどくさい。明日でいいや。

さらに:動悸

朝、出勤前になると胸がドキドキする。会社の最寄り駅に着くだけで、心拍数が上がる。

そして:思考力の低下

目の前にある文章が読めない。正確には読めるのに理解できない。何度も読み返すが理解できない。
文字もかけなかった。メモが取れない。会話が流れる。早すぎる。
もっとしゃべりもスムースだったはず。こんなにえっと…と詰まることなんてなかった。

おかしいとは思っていた。でも年齢的なこともあるしと思っていました。

たった3か月の出来事です。


動けなくなったその朝

そしてあの朝、玄関で止まった。

私はそのとき初めて、「これは普通じゃない」と気づきました。

「会社に行けない」という感覚は、サボりたいとか、面倒くさいとか、そういうものじゃなかった。

行かなきゃいけないとわかってる。でも体が言うことを聞かない。

それが「体のサイン」を無視した結果だったんです。


心療内科に行くまでの葛藤

次の日も仕事は休んでしまった。
上司に直接言えず、異動前に所属していた部署の上司に伝えた。

しばらく行けないかもしれません。

すぐにその人は、心療内科を受診した方がいいと言ってくれた。

「心療内科に行こう」と思ったはいいものの。予約が取れない。普通の病院のようにすぐ取れると思っていた。
こんなに困ったいる人がいるんだ。と心の病気の恐ろしさを知った。

そしてたまたまキャンセルが見つかった病院に行くことができた。

でも本当は悩んだ。

「精神的な病気だと診断されたら、仕事を続けられなくなるんじゃないか」
「大げさだと思われたくない」
「本当に病気なのかどうか、自分でもわからない」
「熱もない。吐き気もない。きっと仮病なんだ」
「心療内科に入っていくとこを見られたら、あの人病んでるんだと思われる」
「そもそも俺なんかが行っていいのか?」

そんな気持ちが行く手を遮った。

私は一人で抱えていた。

誰にも言えなかった。「助けてほしい」と言える相手がいなかった。

そんな状態で、ある朝インターネットで「適応障害 症状」と検索した。

自分の症状と、ほぼ全部一致していた。

それを確かめるために、行こう。


「適応障害」という診断

心療内科の先生は、淡々と、でも丁寧に話を聞いてくれました。

30分ほどのカウンセリングの後、先生は言いました。

「わかりました。すぐに休職してください。あなたは気付いてないと思うけど、限界に来ています。これ以上は危ない」

そういわれて、なぜか全て失ってしまったような気がした。

ああ、壊れてしまっていたんだなと。

同時に
「休職したら、どうなるんだろう」
と思った。

休職して、最初にやったこと

休職の診断書を会社に提出した翌日から、私は休職生活が始まりました。

最初の1週間は、ほぼ寝ていました。ベッドから降りることができなかったんです。食事もほとんどとっていませんでした。

罪悪感はありました。「このまま会社に迷惑をかけていていいのか」「戦力外になってしまう」という焦り。

SESだから、必要とされなくなったら終わる―――

でも体は正直で、ベッドの上だというのに疲れていて、動けなかった。


このnoteで書いていくこと

私がこの体験を書いている理由は、同じ状況にいる誰かに届いてほしいから、です。

「体が動かなくなっているあなたへ:それはサボりじゃない」

「休職するのが怖いあなたへ:傷病手当金という制度があるから、収入はある程度守られる」

「先が見えなくて不安なあなたへ:私も今まさに先が見えないけど、一歩ずつやっています」


このnoteでは、休職から副業で自立するまでの過程を、リアルタイムで書いていきます。

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また次の記事でも書きます。

ひろ


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