適応障害がもたらした、私の変化と休職して実践した向き合う方法(内面編)
こんにちは。ひろです。
適応障害をはじめ、心の病気はとても厄介な病気です。
症状の回復が分かりにくいことをはじめ、再発してしまうことも珍しくありません。
医学的なことは正直私にはわかりません。
ですが、私経験して思うのは、その経験が脳裏に刻み込まれてしまっていることが原因なのではないかと感じています。
何せ自身の体調に影響を及ぼしてしまうほどの、強烈なインパクトを受けているのですから。
脳に書き込まれた嫌な記憶を忘れようとするのは、本当につらいです。
また相当のエネルギーを使います。
そこで私は、忘れるのではなく、あくまでその記憶は記憶としてとどめながら、受け入れるという方法をとりました。
その方法を一部お伝えしたいと思います。
絶対にいきなり始めないこと!
方法をお伝えすると言っておいて、始めるなとはどういうことだ?
と思われるかと思います。
でもこれは理にかなっていると思います。
なぜなら、休息してすぐの状態は脳や体にダメージがある状態です。
そんな状態で脳を動かしたり体を動かしたりすることは逆効果です。
けがと同じです。
膝を痛めてしまっているのに、動かさないと使えなくなる!と思って動かしてしまうと余計に悪化しますよね?
それと同じです。
まずはしっかり心(脳)と体を休めることが基本と考えてください。
眠る!これが一番いいです。
眠れないときは病院からお薬など処方してもらうのもいいと思います。
とにかく眠る。起きて眠たくなったらまた眠る。
そして食べる!空腹はネガティブを加速させます。
お腹が満たされると、まぁ何とかなるという気持ちになります。
食べられないときは、甘いものを食べてください。
アイスクリームとかいいと思います!
私はスーパーカップのバニラが好きでよく食べていました。
太るかもと思いますよね…
治ってから考えましょう!
このnoteは、休んでいるうちで余裕があったり、休む上で不必要なものが出てきたときに実践してくださいね。
問題①:思い出してしまう時
ベッドに横になっている初期の頃によくありました。
嫌な記憶としてよみがえってくることが。
私はZさんの
「なんでこんなこともわからないの?」
という言葉や、こういってきたらこう言い返す。
見たいなシミュレーションをよくしてしまっていました。
これは「反芻思考」と呼ばれる状態です。
嫌な出来事を何度も頭の中で再生し続けることで、脳はその出来事をどんどん強く記憶に刻み込んでいきます。
つまり、休んでいるつもりで、脳はまだダメージを受け続けている。
「休めばすぐに楽になる」と思っていた私が、初期の頃なかなか楽にならなかった理由のひとつはこれでした。
私がやったこと:頭の中を「外に出す」
反芻を止めようとしても、意識すればするほど出てきます。
頭の中で処理しようとしても、無理だと思います。
それより有効だったのは、頭の中にあることを外に出すことでした。
問題を見える化するということです!
具体的には、Zさんに言われたことを、ノートに全部書き出しました。発言の内容、そのとき感じた感情、今振り返ってどう思うかの3つをセットで。
書き出すことで、「頭の中でぐるぐるしていたもの」が「紙の上の文字」になりました。
不思議なことに、紙に書くと案外こんなことしか言ってないんだな。
みたいなあっさりとした気持ちになることが多かったです。
「これ、書いてみるとやっぱ普通にパワハラだな」と、少し客観的に見られるようになりました。
やっぱりあいつは○○だ!と思っていました
全部を書き終えたノートは、そのページだけを破ってごみに捨てました。
ゴミにすることで一つ終わったと視覚的に納得させられるので、有効みたいです。
問題②:「使えない自分」を忘れ去る
またこう思うことも多かったです。
こうしている間にみんなは進んでいる。取り残されている。
会社は自分がいなくても回っているんだ。
やっぱり自分は使えないんだ。
なぜそうなってしまったのかということをすっ飛ばして、今見えていることだけが真実と思ってしまっていたのだと思います。
引継ぎが不十分だったこと、Zさんの論理が一方的だったこと、前任者でさえ3か月かかる業務量だったこと、やれることはしっかりやれていたこと——
そういう「事実」は、無視してしまっていました。
「できない自分が悪い」という結論だけ頭にある状態でした。
なぜこれが問題なのか
繰り返しの否定は、「評価」ではなく「事実」として脳に刻まれます。
つまり、自分自身が下しているだけの評価が、世間からそう評価されてしまっているんだという認識になっていまっている状態です。
確かにZさんからは、使えないと思われていたかもしれません。
ですが、私の仕事が確実に他の人にはいい仕事、やってくれてありがたい仕事と思われていることは、まぎれもない事実でした。
この錯覚が続く限り、何をやっても「どうせ自分には無理だ」という壁にぶつかります。
私がやったこと:「反証リスト」を作る
「自分は使えない」という思い込みを崩すためには、反論が必要です。
ただ「そんなことない」と思い込もうとしても、感情はついてきません。
私がやったのは、過去に「できた」と感じた具体的なエピソードを書き出すことでした。
SESで3年続けた現場で、チームリーダーに「助かっています」と言われた
前の現場でシステム移行を担当して、滞りなくすべてリリースできた。
後輩に「わかりやすい説明をしてくれる先輩」と言われたことがある
こうした事実をきちんと自分自身に認識させてあげること。
また、ネガティブなことについてはどうしてそうなったんだという理由付けをしてあげました。
先ほどの引継ぎの短さなどがそれです。
その状態で「あのとき自分はちゃんとやれた」という事実を、できるだけ多く書き出しました。
リストが増えるほど、「Zさんの下で壊れていった自分」と「本来の自分の能力」が別物だということが、少しずつ腹に落ちてきました。
問題③:できない自分を責めない
休職して初めて少し経つと、考えられる余裕が生まれます。
そうすると、なんで自分はこんなこともできないんだろうと、ふと冷静になることがあるんです。
そうするとまたZさんの声が聞こえてきたりすることがありました。
自分には何ができる?とか
何もできないのに、仕事ができなくなってしまったら、生きる価値なんてないじゃないか。とか
特に自分は、夢や目標を叶えられなかったということが過去にあって、
そこで仕事をするようになり、仕事で評価されたことを大事にしていた傾向がありましたので、「仕事=自分の価値」となっていたように、今振り返ると思います。
考えられるが故にそうなってしまうんです。
なぜこれが問題なのか
「仕事=自分の価値」という等式が成立している状態では、仕事ができなくなることイコール「自分の価値がゼロになる」という感覚に直結します。
これが、休職中の強烈な罪悪感や焦りの根っこにある感情です。
仕事以外に「自分がここにいていい理由」を持っていないため、休むこと自体が苦痛になる。
自分は怠け者です。と先生に相談したことがあるのですが、
これは怠け者の話ではなく、仕事に真摯に向き合ってきた人ほど陥りやすい
と心療内科の先生も言ってくださいました。
私がやったこと:好きなことをする
私は、まず音楽を聴くことから始めました。
ひどいときは、音楽すらなんか鬱陶しいなと思うことがありましたから、
もう一度聞いてみようと。
最初は途中でやめてしまいました。なぜか聞いていられなくて…
ようやく全部聞けたのは、エレファントカシマシの「悲しみの果て」という歌でした。
それだけです。それだけでしたが、
あんなふうに魂から歌えるシンガーソングライターになりたいなと思っていたことを、ふと思い出しました。
エレファントカシマシの宮本さんが大好きで、飾らないそのままの感じや、魂むき出しで歌う歌が、シンガーとしての自分の目標でした。
それからは少し、またエレファントカシマシ歌を聴いたりして、
歌を歌ったりしていました
あなたにも、「これは自分だ」と言えるものが、必ずどこかにあるはずです。
小さくていいと思います。
音楽でも、ゲームでも、料理でも、散歩でも。
まず一つだけ、試してみてください。
まとめ:この記事で紹介した3つのアクション
| 問題 | やったこと |
|------|-----------|
| 思い出してしまう時 | 書いて見える化して、ノートを破り捨てる |
| 「使えない自分」を忘れ去る | 過去に「できた」エピソードの反証リストを作った |
| できない自分を責めない | 仕事以外で「これが自分だ」と思えるものを一つだけ取り戻した |
休んでるときに、どうしても妨げになったとき、やってみてください。
またこれからの心の持ち様が、とても大切になると私は実感しています。
下記のnoteにすべてまとめました!
こちらをご覧いただければ、なぜそうなるのか、
そして、どのような心の持ち様になっていくべきなのかが
全てご理解いただける内容になっています。
ぜひご覧ください
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ひろ
