自責
思い通りにいかないとき、人はどうしても誰かのせいにしたくなる。
「相手の対応が悪かった」
「説明が足りなかった」
「そんなこと聞いていない」
旅をしていると、こうした場面に何度も出会う。
でも、最近は別のことも考えるようになった。
何か不都合なことが自分に起きたとき、
「そこまで想定できなかった自分にも、何かできることはなかったか」
と考えることだ。
先日、ホステルで荷物を盗まれた。
ロッカーに入れていたリュックから、GoProや現金などを盗まれたのだ。
もちろん、盗んだ人が悪い。
これは変わらない。
ただ、振り返ってみると、自分にも反省できる点があった。
そのロッカーは少し使い勝手が悪かった。
それゆえに私はロッカーそのものではなく、リュックに直接鍵をかけていた。
もしその時点で「このロッカー、少し不安だな」とホステル側に伝えていれば、何か対応してもらえたかもしれない。
もちろん、それで盗難を防げたとは限らない。
それでも、「自分には何もできなかった」と考えるより、
「次はどうすれば防げるだろう」
と考えたほうが、次につながる。
自責という言葉には、どこか自分を責め続けるような響きがある。
でも私が大切だと思うのは、自分を責めることではない。
自分の行動を振り返り、次に同じことが起きたときの自分を少しだけ変えることだ。
誰かのせいにすれば、その場では気持ちが楽になるかもしれない。
でも、自分に変えられる部分まで誰かのせいにしてしまえば、次も同じことが起きるかもしれない。
起きた出来事を変えることはできない。
でも、その出来事から自分が何を学ぶかは選べる。
あなたは、何か不都合が起きたとき、
「誰が悪いか」だけではなく、
「自分には何を変えられたか」
と考えていますか。

