『キューバ』 7 いしもと ひろふみ 『北九州市政を変える』 2026年6月11日 18:22 2026.06.10. 現在のキューバの状況:夏場、町中はゴミだらけ。衛生問題が酷くなり、これから感染病が蔓延する可能性がある、とキューバの専門家が警告。また外資系、特にカナダ、ヨーロッパ、スペインの企業が運営しているホテル・レストランが撤退している。 5月より、米国の制裁が強くなっている。石油不足・電力不足・食糧不足などが起きている。石油の調達が厳しくて、自家発電もできなくなった。また、外国人観光客はほぼいなくなった。 6月5日、トランプ氏は、キューバは世界1失敗の国家、破綻国家だと評価した。金はない、エネルギーもない、食糧もない、何もない、と厳しく批判した。米国はそれを解決できる。でもイランの問題を解決してから。米国はキューバを放棄しない。 キューバの歴史:キューバは島国で、1902年に建国。1960年以前のキューバは米国との関係が良くて、貿易も繁栄していた。米国マイアミまで約300㎞。キューバの産業は砂糖。当時、米国はキューバの砂糖を全部買った。国際価格より高く買った。キューバは電力・鉄道・鉱山の開発・農業などを米国に開放。また、キューバはタバコ・葉巻を生産して、米国に輸出していた。 キューバはとても安全で繁栄しており、物価も安かった。キューバの観光も米国人に人気があった。当時、キューバの経済はとても繁栄していた。だが、貧富の差は激しかった。輸出企業・観光業は繁栄、農村部は水不足・電気不足の問題があった。 当時の大統領はバティスタ。軍政権であり、独裁者だった。そして親米。米国は独裁者でも仲良く付き合いをした。これが1953年に変わった。キューバの若者が、キューバ人がキューバの未来を決めると抗議した。その首謀者はカストロ。カストロは青年をつれて抗議した。だが、抗議活動は失敗。ベティスタの軍隊に鎮圧された。 当時は米露冷戦の時代。米国は、ソ連は独裁政権であり、キューバの抗議者を鎮圧したと批判していた。しかし、バティスタも鎮圧行為をしたので、米国内でキューバのバティスタも独裁者ではないかとの批判があった。この結果、米国はキューバとの付き合いを切った。すると、景気が一気に悪化し、バティスタは失脚。このため、新しい指導者カストロが登場した。 カストロは凄く期待されていた。国民のために共同富裕を実現してくれる。カストロが真っ先にやったのは、腐敗をなくすこと。また米国を訪問。改革をすると言い、協力を求めた。 だが、当時の米国大統領アイゼンハワーは警戒した。原因はゲバラ。革命家でありゲリラの指導者。彼が指導部の中にいたので、アイゼンハワーはカストロとの会談を中止した。 ソ連はこれをチャンスと見た。ソ連の外務大臣はキューバを訪問。これから5年間、毎年、キューバ産の砂糖を100万トン買う、また、安い価格で原油を提供すると約束した。 カストロは最初嬉しかった。だが、よく考えると問題があった。ソ連から原油が来たが精錬に問題がある。当時、キューバに石油精錬企業は3社あるが、すべて米国の企業だった。米国はソ連産の原油を受け入れないとした。これで、カストロは米国の石油会社3社を強制的に国有化した(つまり、没収)。この時点よりキューバはソ連寄りになった。 米国は怒り、経済制裁を実施。だが、これはソ連に好都合だった。キューバ産の砂糖は全て買う、葉巻も買う。ソ連の支援があって、カストロは自信を持てた。キューバにあるすべての米国企業を国有化にした。銀行・電力会社・通信企業・ホテルなど、全て没収した。米国は更に怒り、キューバとの貿易を皆無にした。 当時、米国は製造業の大国だった。キューバの経済・国防・インフラ・生活用品まで、全て米国に依存していた。米国の制裁で、米国の同盟国はキューバと縁を切った。そこで、出てきたのは共産党陣営。1960年、ゲバラは北京を訪問。彼は革命の指導者兼キューバ中央銀行総裁として、毛沢東と会談。毛沢東は革命の要領を教えた。また、中国共産党の幹部を派遣した。 彼は帰って、1961年に産業大臣兼中央銀行総裁として産業の改革を指導。サトウキビ栽培をやめ食糧・果物にする。また、産業革命をする。自給自足にする。 しかし、農業の改革はできたが、産業革命は難しい。米国の工場はあるが、エンジニアはいない。設備のメンテナンスもやっていない。ソ連の専門家はキューバに行ったが、何もできなかった(能力がないではなく、規格が違っていた。インチネジをメートルネジの工具で操作できない)産業改革は失敗した。 この時、食糧不足で困っていた。そこで、分配制とした。国が商品を分配、売店は国が運営、値段も国が決めた。 ゲバラ産業大臣として、キューバ経済産業サミットを開催。マルクス指導方針を引用。道徳を中心にして、労働者の生産力を上げること。貢献の精神・愛が大事。みんな貢献して、国が繁栄する。資本主義はダメ。しかし、景気が悪すぎで、誰も聞いてくれなかった。 その後、ゲバラは1965年に引退、コンゴで革命活動を行った。そして2年後、ゲバラはボリビアへ移動し、現地で逮捕され処刑された。カストロは怒って、復讐すると宣言。全ての民営企業・外資系を敵とした。全て没収し、国が運営するとした。 これで、キューバはソ連・中国の計画経済を実施した。産業を決めて、人材を選定する。1969年、カストロは再度砂糖を増産すると発表した。学校は停止・工場も停止、大学の先生もサトウキビの栽培をした。2年後の目標1000万トンだったが、実績は850万トンだった。この原因:多くの人は農業をする。でも経験がなく、効率が悪い。インフラが悪く、サトウキビを収穫しても工場まで運べなく、腐ってしまった。また、サトウキビを増産したが、他の食糧は減少した。特に、牛肉・牛乳が高騰。全て、サトウキビの運送になっており、生活物資が運ばれなくなった。多くの地域は生活物資で困った。 ここにソ連が出てきて支援をした。ソ連の周りの欧州は米国の同盟国が多い。ソ連にすれば、唯一牽制できる国はキューバ。ソ連の作戦はキューバに依存してもらう。その後、キューバは安い値段でサトウキビをソ連に提供。ソ連から機械設備・石油を買った。 このため、民間の反発がすごかった。カストロの作戦は、医療を無料にする。だが、医療機器が必要になり、医療機器を買うには、西洋から買う必要があり、ドルが必要。ドルを稼ぐには安いソ連の石油を転売。ドルで人工透析の設備・医療物資・医療機器を輸入した。これで、キューバの医療技術は急成長。また、医療外交を実施。アンゴラ・エチオピア・ラオス・ギニアなどへ医療チームを派遣した。これで、世界で、キューバの知名度が上がった。イメージも改善。特に欧州の国もキューバに接近して経済・貿易を強化した。 しかし、1986年、サウジは急に石油を増産した。世界の原油価格が暴落。これで、キューバの石油転売はできなくなった。またソ連も、ゴルバチョフとなり、キューバに厳しくなった。金返せと言われた。ソ連はこれまでの支援額は600億ドルから1000億ドルとなっていた。キューバは石油がとても大事、運送・農業・砂糖の生産に燃料が必要。ソ連はキューバとの縁を切ったので、経済は崩壊に近い。ここでキューバは改革をすると決めた。 1993年7月、カストロ政権はドルの保有を合法化した(1961年から禁止していた)物価が安いので外国人観光客を大歓迎。キューバは観光の大国となった。しかし、問題がある。ドルは普通に使用できる。政府としてドルを取りたい。観光客に換金を推奨した。赤いペソ1:1でドルと交換。(これは外国人専用の通貨で、2021年1月に廃止した。) 通貨のペソは安く、当時、100ペソ/ドル。政府はレートを規制していたので銀行では1ペソ/ドル。そのため赤いペソを作った。 普通のペソは国民が給料としてもらう。政府が指定した所で買い物をする。外国人・タクシーの運転手・ホテルのサービス員など、外国人にサービスを提供する場合、赤いペソを貰う。赤いペソを使う場所は特別売店、牛肉・牛乳・外国産の電化製品など。 一般国民も赤いペソが欲しい。現状キューバペソ24:1赤いペソ。そして言う。学校の先生は普通のペソを稼ぐが、ホテルのサービス員に負ける。これで、エリートはサービス業に入る。外国人が大事。政府が補助金を出さないといけない。小麦を1ドル輸入したとする。企業がパンを作り1.1ペソで売店に売る。売店は1.3ペソで売る。だが24ペソ/ドルなので、政府は、社会の安定のために、補助金を出す。これで政府はずっと赤字。 キューバはベネズエラに医療・教育・科学技術を支持。ベネズエラはほぼ無料で石油を提供。結果、キューバの経済は思ったより悪くない。観光業・医療の外交・石油の転売で稼いでいた。その後、国際原油価格の急落でベネズエラは経済危機となった。さらにコロナ。2019年、キューバは赤いペソの廃止を準備、新しい通貨を作った。MLC通貨、対ドル1:1。中国からシステムを導入、デジタル通貨。銀 行に金を入れる。ドル・ユーロでも可。これは海外に逃亡している人が外国で稼ぎ、家にその国の通貨で送金するため。出てくるのはMLC。オンライン決済だけとなる。国が運営するMLC対応店舗だけで買い物ができる。 今年、ベネズエラからの石油はほぼ完全に止まった。さらに、米国の制裁が厳しくなった。 キューバは貧しい国、だが医師の数は、世界トップクラス。研究のレベルも高い。現在、肺癌の進行を遅らせる治療ワクチンCIMA vaxが米国で臨床試験が進められている。徹底した予防医療により、乳幼児死亡率は極めて低く、平均寿命は78歳と米国などの先進国と変わらない。 キューバは未来の20年、発展が期待できる国だと私は思う。 現在のキューバの状況:夏場、町中はゴミだらけ。衛生問題が酷くなり、これから感染病が蔓延する可能性がある、とキューバの専門家が警告。また外資系、特にカナダ、ヨーロッパ、スペインの企業が運営しているホテル・レストランが撤退している。 5月より、米国の制裁が強くなっている。石油不足・電力不足・食糧不足などが起きている。石油の調達が厳しくて、自家発電もできなくなった。また、外国人観光客はほぼいなくなった。 6月5日、トランプ氏は、キューバは世界1失敗の国家、破綻国家だと評価した。金はない、エネルギーもない、食糧もない、何もない、と厳しく批判した。米国はそれを解決できる。でもイランの問題を解決してから。米国はキューバを放棄しない。 キューバの歴史:キューバは島国で、1902年に建国。1960年以前のキューバは米国との関係が良くて、貿易も繁栄していた。米国マイアミまで約300㎞。キューバの産業は砂糖。当時、米国はキューバの砂糖を全部買った。国際価格より高く買った。キューバは電力・鉄道・鉱山の開発・農業などを米国に開放。また、キューバはタバコ・葉巻を生産して、米国に輸出していた。 キューバはとても安全で繁栄しており、物価も安かった。キューバの観光も米国人に人気があった。当時、キューバの経済はとても繁栄していた。だが、貧富の差は激しかった。輸出企業・観光業は繁栄、農村部は水不足・電気不足の問題があった。 当時の大統領はバティスタ。軍政権であり、独裁者だった。そして親米。米国は独裁者でも仲良く付き合いをした。これが1953年に変わった。キューバの若者が、キューバ人がキューバの未来を決めると抗議した。その首謀者はカストロ。カストロは青年をつれて抗議した。だが、抗議活動は失敗。ベティスタの軍隊に鎮圧された。 当時は米露冷戦の時代。米国は、ソ連は独裁政権であり、キューバの抗議者を鎮圧したと批判していた。しかし、バティスタも鎮圧行為をしたので、米国内でキューバのバティスタも独裁者ではないかとの批判があった。この結果、米国はキューバとの付き合いを切った。すると、景気が一気に悪化し、バティスタは失脚。このため、新しい指導者カストロが登場した。 カストロは凄く期待されていた。国民のために共同富裕を実現してくれる。カストロが真っ先にやったのは、腐敗をなくすこと。また米国を訪問。改革をすると言い、協力を求めた。 だが、当時の米国大統領アイゼンハワーは警戒した。原因はゲバラ。革命家でありゲリラの指導者。彼が指導部の中にいたので、アイゼンハワーはカストロとの会談を中止した。 ソ連はこれをチャンスと見た。ソ連の外務大臣はキューバを訪問。これから5年間、毎年、キューバ産の砂糖を100万トン買う、また、安い価格で原油を提供すると約束した。 カストロは最初嬉しかった。だが、よく考えると問題があった。ソ連から原油が来たが精錬に問題がある。当時、キューバに石油精錬企業は3社あるが、すべて米国の企業だった。米国はソ連産の原油を受け入れないとした。これで、カストロは米国の石油会社3社を強制的に国有化した(つまり、没収)。この時点よりキューバはソ連寄りになった。 米国は怒り、経済制裁を実施。だが、これはソ連に好都合だった。キューバ産の砂糖は全て買う、葉巻も買う。ソ連の支援があって、カストロは自信を持てた。キューバにあるすべての米国企業を国有化にした。銀行・電力会社・通信企業・ホテルなど、全て没収した。米国は更に怒り、キューバとの貿易を皆無にした。 当時、米国は製造業の大国だった。キューバの経済・国防・インフラ・生活用品まで、全て米国に依存していた。米国の制裁で、米国の同盟国はキューバと縁を切った。そこで、出てきたのは共産党陣営。1960年、ゲバラは北京を訪問。彼は革命の指導者兼キューバ中央銀行総裁として、毛沢東と会談。毛沢東は革命の要領を教えた。また、中国共産党の幹部を派遣した。 彼は帰って、1961年に産業大臣兼中央銀行総裁として産業の改革を指導。サトウキビ栽培をやめ食糧・果物にする。また、産業革命をする。自給自足にする。 しかし、農業の改革はできたが、産業革命は難しい。米国の工場はあるが、エンジニアはいない。設備のメンテナンスもやっていない。ソ連の専門家はキューバに行ったが、何もできなかった(能力がないではなく、規格が違っていた。インチネジをメートルネジの工具で操作できない)産業改革は失敗した。 この時、食糧不足で困っていた。そこで、分配制とした。国が商品を分配、売店は国が運営、値段も国が決めた。 ゲバラ産業大臣として、キューバ経済産業サミットを開催。マルクス指導方針を引用。道徳を中心にして、労働者の生産力を上げること。貢献の精神・愛が大事。みんな貢献して、国が繁栄する。資本主義はダメ。しかし、景気が悪すぎで、誰も聞いてくれなかった。 その後、ゲバラは1965年に引退、コンゴで革命活動を行った。そして2年後、ゲバラはボリビアへ移動し、現地で逮捕され処刑された。カストロは怒って、復讐すると宣言。全ての民営企業・外資系を敵とした。全て没収し、国が運営するとした。 これで、キューバはソ連・中国の計画経済を実施した。産業を決めて、人材を選定する。1969年、カストロは再度砂糖を増産すると発表した。学校は停止・工場も停止、大学の先生もサトウキビの栽培をした。2年後の目標1000万トンだったが、実績は850万トンだった。この原因:多くの人は農業をする。でも経験がなく、効率が悪い。インフラが悪く、サトウキビを収穫しても工場まで運べなく、腐ってしまった。また、サトウキビを増産したが、他の食糧は減少した。特に、牛肉・牛乳が高騰。全て、サトウキビの運送になっており、生活物資が運ばれなくなった。多くの地域は生活物資で困った。 ここにソ連が出てきて支援をした。ソ連の周りの欧州は米国の同盟国が多い。ソ連にすれば、唯一牽制できる国はキューバ。ソ連の作戦はキューバに依存してもらう。その後、キューバは安い値段でサトウキビをソ連に提供。ソ連から機械設備・石油を買った。 このため、民間の反発がすごかった。カストロの作戦は、医療を無料にする。だが、医療機器が必要になり、医療機器を買うには、西洋から買う必要があり、ドルが必要。ドルを稼ぐには安いソ連の石油を転売。ドルで人工透析の設備・医療物資・医療機器を輸入した。これで、キューバの医療技術は急成長。また、医療外交を実施。アンゴラ・エチオピア・ラオス・ギニアなどへ医療チームを派遣した。これで、世界で、キューバの知名度が上がった。イメージも改善。特に欧州の国もキューバに接近して経済・貿易を強化した。 しかし、1986年、サウジは急に石油を増産した。世界の原油価格が暴落。これで、キューバの石油転売はできなくなった。またソ連も、ゴルバチョフとなり、キューバに厳しくなった。金返せと言われた。ソ連はこれまでの支援額は600億ドルから1000億ドルとなっていた。キューバは石油がとても大事、運送・農業・砂糖の生産に燃料が必要。ソ連はキューバとの縁を切ったので、経済は崩壊に近い。ここでキューバは改革をすると決めた。 1993年7月、カストロ政権はドルの保有を合法化した(1961年から禁止していた)物価が安いので外国人観光客を大歓迎。キューバは観光の大国となった。しかし、問題がある。ドルは普通に使用できる。政府としてドルを取りたい。観光客に換金を推奨した。赤いペソ1:1でドルと交換。(これは外国人専用の通貨で、2021年1月に廃止した。) 通貨のペソは安く、当時、100ペソ/ドル。政府はレートを規制していたので銀行では1ペソ/ドル。そのため赤いペソを作った。 普通のペソは国民が給料としてもらう。政府が指定した所で買い物をする。外国人・タクシーの運転手・ホテルのサービス員など、外国人にサービスを提供する場合、赤いペソを貰う。赤いペソを使う場所は特別売店、牛肉・牛乳・外国産の電化製品など。 一般国民も赤いペソが欲しい。現状キューバペソ24:1赤いペソ。そして言う。学校の先生は普通のペソを稼ぐが、ホテルのサービス員に負ける。これで、エリートはサービス業に入る。外国人が大事。政府が補助金を出さないといけない。小麦を1ドル輸入したとする。企業がパンを作り1.1ペソで売店に売る。売店は1.3ペソで売る。だが24ペソ/ドルなので、政府は、社会の安定のために、補助金を出す。これで政府はずっと赤字。 キューバはベネズエラに医療・教育・科学技術を支持。ベネズエラはほぼ無料で石油を提供。結果、キューバの経済は思ったより悪くない。観光業・医療の外交・石油の転売で稼いでいた。その後、国際原油価格の急落でベネズエラは経済危機となった。さらにコロナ。2019年、キューバは赤いペソの廃止を準備、新しい通貨を作った。MLC通貨、対ドル1:1。中国からシステムを導入、デジタル通貨。 銀行に金を入れる。ドル・ユーロでも可。これは海外に逃亡している人が外国で稼ぎ、家にその国の通貨で送金するため。出てくるのはMLC。オンライン決済だけとなる。国が運営するMLC対応店舗だけで買い物ができる。 今年、ベネズエラからの石油はほぼ完全に止まった。さらに、米国の制裁が厳しくなった。 キューバは貧しい国、だが医師の数は、世界トップクラス。研究のレベルも高い。現在、肺癌の進行を遅らせる治療ワクチンCIMA vaxが米国で臨床試験が進められている。徹底した予防医療により、乳幼児死亡率は極めて低く、平均寿命は78歳と米国などの先進国と変わらない。 キューバは未来の20年、発展が期待できる国だと私は思う。 ダウンロード copy いいなと思ったら応援しよう! チップで応援する #医療 #石油 #キューバ #カストロ 7 1