🎧針を落とせば、いつかの風景 Pt. 136~プリンスが描いた『1999』の未来
ここは、とある街の音楽好きが自然と集まる喫茶店「フォックストロット」。
UKロックを愛するマスター・カズヒコのもと、駆け出しの銅版画家アミ、そして中学時代からの親友で音楽雑誌ライターのユキヒロが、ときおり立ち寄っては、レコードとコーヒーを肴に静かで熱い音楽談義を繰り広げている。
プリンス『1999』 (1982年)
ミネアポリス・サウンドとプリンスの革新
カズヒコ「今日はプリンスの『1999』をかけようか。82年のアルバムだけど、これは彼の転機だね」
アミ「マスター、このアルバムってタイトルからして未来っぽいですね。“1999”って、当時はまだ遠い未来だったんですよね?」
ユキヒロ「そうだね。当時の1982年から見れば、かなり先の話だ。でも面白いのは、未来を描きながらも音はすごく“今”だったってことだな」
カズヒコ「そうそう。このアルバムは、いわゆる“ミネアポリス・サウンド”の完成形のひとつなんだよ。ファンク、ロック、シンセポップが混ざってる」
アミ「ミネアポリス・サウンドって、プリンスが作ったジャンルみたいなものなんですか?」
ユキヒロ「ほぼそう言っていい。彼自身が作曲、演奏、プロデュースまでやることで、独特の音像が出来上がった。機械的なリズムと生っぽいグルーヴが同居してる」
カズヒコ「しかもこの頃は、シンセサイザーやドラムマシンをかなり前面に出してるんだよな。80年代の音って感じがするけど、それが今聴いても古くない」
アミ「たしかに…ちょっと冷たい感じの音なのに、身体が動く感じがします」
ユキヒロ「いいところに気づいたね。その“冷たさと熱さ”の同居が、このアルバムの魅力なんだよ。例えばタイトル曲の“1999”なんかは、終末感があるのに踊れる」
カズヒコ「あれは象徴的だよな。核戦争の不安とか、時代背景も反映してる。でも歌詞は“だからこそパーティーしよう”っていう開き直り」
アミ「ちょっと切ないですね…。楽しいだけじゃない感じ」
ユキヒロ「そこがプリンスの面白さだよ。単純なパーティーミュージックじゃない。裏にある感情が複雑なんだ」
カズヒコ「それに、このアルバムは2枚組なんだよな。当時としてはかなりのボリュームだ」
アミ「え、2枚組なんですか?そんなに曲があるんですか」
ユキヒロ「そう。しかも捨て曲がほとんどない。彼のアイデアの量と質が一気に爆発した感じだな」
カズヒコ「“Little Red Corvette”なんかはヒット曲だし、メロディの良さも際立ってる。ロックファンにも受け入れられた」
アミ「タイトルはちょっと可愛い感じなのに、曲はすごく大人っぽいですね」
ユキヒロ「そこも彼の特徴だな。セクシュアリティの表現もかなり大胆だった。この時代にしてはかなり攻めてる」
カズヒコ「音だけじゃなくて、イメージも含めて“プリンス”という存在を確立したのがこの作品なんだ」

『1999』が切り開いたポップ・ミュージックの未来
アミ「このアルバムって、その後の音楽にも影響あったんですか?」
ユキヒロ「かなり大きいよ。80年代のポップスやR&B、さらにはダンスミュージックにも影響してる」
カズヒコ「特にブラックミュージックの枠を超えたのが大きい。ロックファンにも刺さったし、MTV時代の象徴でもある」
アミ「ジャンルの壁を壊した感じですか?」
ユキヒロ「そうだね。彼は“黒人音楽”“白人音楽”みたいな区分を軽々と飛び越えていった」
カズヒコ「しかも、自分でほとんどの楽器を演奏してるっていうのがすごいんだよ。ギターもドラムもキーボードも」
アミ「えっ、一人でそんなに…?」
ユキヒロ「マルチプレイヤーとしての才能も突出してる。スタジオではほぼ一人で作り上げることも多かったらしい」
カズヒコ「それがこの密度につながってるんだろうな。音が隙間なく詰まってるのに、ちゃんと抜けもある」
アミ「不思議ですね…。いっぱい音があるのに、ごちゃごちゃしてない」
ユキヒロ「アレンジのセンスが抜群なんだよ。必要な音だけを配置してる感じだな」
カズヒコ「それと、このアルバムは次の『Purple Rain』への布石でもあるんだ」
アミ「あ、聞いたことあります。“パープル・レイン”って有名ですよね」
ユキヒロ「うん。その大ヒットに繋がる流れを作ったのが、この『1999』なんだよ」
カズヒコ「言ってみれば、“世界的スターになる直前の姿”が詰まってる作品だな」
アミ「じゃあ、このアルバムはすごく大事な位置にあるんですね」
ユキヒロ「そう。初期でもないし、完成形でもない。でも一番勢いがある時期かもしれない」
カズヒコ「荒削りな部分もあるけど、それが逆にエネルギーになってる」
アミ「なんだか、“今まさに何かが始まる”って感じがします」
ユキヒロ「いい表現だね。その“始まりの予感”が、このアルバムの魅力だと思う」
カズヒコ「未来を歌ったアルバムが、そのまま未来を変えたっていうのも面白い話だよな」
アミ「タイトル通り、“未来”を先取りしてたんですね」
ユキヒロ「そういうことだな。だから今聴いても、ちゃんと新しく聴こえるんだよ」
次回作・・・
■登場人物
カズヒコ:52歳。喫茶店「フォックストロット」のマスター。UKロックに詳しく、レコードコレクター。
アミ:26歳。ウェイトレス兼、駆け出しの銅版画家。美大卒で個展開催が夢。音楽はマスターの影響で興味を持ち始めた。
ユキヒロ:52歳。音楽雑誌のライターでカズヒコの中学時代からの親友。店にふらりと現れてはブラックコーヒーを飲む。
※喫茶店「フォックストロット」の名前は、ジェネシスの同名アルバムに由来。
