🎧針を落とせば、いつかの風景 Pt. 133~ロッド・スチュワート、大西洋を越えて変わった音
ここは、とある街の音楽好きが自然と集まる喫茶店「フォックストロット」。
UKロックを愛するマスター・カズヒコのもと、駆け出しの銅版画家アミ、そして中学時代からの親友で音楽雑誌ライターのユキヒロが、ときおり立ち寄っては、レコードとコーヒーを肴に静かで熱い音楽談義を繰り広げている。
ロッド・スチュワート 『アトランティック・クロッシング』 (1975年)
アメリカ進出とサウンドの転換
アミ「マスター、ロッド・スチュワートって、このアルバムで大きく変わったって聞いたんですけど、本当ですか?」
カズヒコ「ああ、本当だよ。この『アトランティック・クロッシング』はタイトル通り、“大西洋を渡った”っていう意味でね。イギリスからアメリカへ活動の拠点を移した象徴みたいな作品なんだ。」
ユキヒロ「それまでのロッドは、フェイセズの流れもあって、もっと泥臭いロックやブルース寄りのサウンドだったよね。でもこのアルバムでは、一気に洗練された。」
アミ「そんなに変わるものなんですね。同じ人なのに。」
カズヒコ「バックのミュージシャンが変わったのも大きい。アメリカの一流スタジオミュージシャンを起用してるから、音がぐっと都会的になってるんだ。」
ユキヒロ「プロデュースもトム・ダウドだからね。アレサ・フランクリンやエリック・クラプトンを手がけた人だよ。音の作り方が違う。」
アミ「へぇ…なんだか、一気に世界が広がった感じですね。」
カズヒコ「まさにそう。ロッドにとってもキャリアの分岐点だったんだ。このアルバムで、彼は“UKロックの人”から“世界的ポップスター”へとシフトしていく。」
ユキヒロ「ただね、ファンの中には賛否もあった。昔の荒っぽさが好きだった人には、少し物足りなく感じたかもしれない。」
アミ「ああ…変わると、そういうのありますよね。」
カズヒコ「でも、その変化を恐れなかったのがロッド・スチュワートのすごさだよ。時代に合わせて、自分の音をアップデートしていった。」
ユキヒロ「それに、このアルバムは“スロー・サイド”と“ファスト・サイド”に分かれてる構成も面白い。LPならではの聴かせ方だね。」
アミ「スローとファストで分けるって、なんだかライブのセットリストみたいですね。」
カズヒコ「いいところに気づいたね。聴き手の気分をコントロールするような構成になってる。最初はしっとり聴かせて、後半で一気に盛り上げる。」
ユキヒロ「そのバランス感覚が、このアルバムの完成度を高くしてるんだよ。」

代表曲に見る表現力とポップ性
アミ「このアルバムで有名な曲っていうと、やっぱり『セイリング』ですか?」
カズヒコ「そうだね。『セイリング』はロッド・スチュワートの代表曲のひとつだ。もともとは別のアーティストの曲だけど、彼のバージョンが決定版になった。」
ユキヒロ「あの独特のハスキーボイスがね、曲の持つ郷愁や切なさを一気に引き上げてる。」
アミ「確かに、優しいけどちょっと寂しい感じがします。」
カズヒコ「ロッドの声って、不思議と人間味があるんだよ。完璧じゃないからこそ、感情が伝わる。」
ユキヒロ「それと対照的なのが『アイ・ドント・ウォント・トゥ・トーク・アバウト・イット』。これもカバーだけど、完全に自分の曲にしてる。」
アミ「カバーなのに、自分の曲みたいに聴こえるってすごいですね。」
カズヒコ「解釈力だね。どう歌えば、その曲が一番活きるかをちゃんとわかってる。」
ユキヒロ「一方で、“ファスト・サイド”に入ると、『スリー・タイム・ルーザー』みたいなロックナンバーもある。ここでロッドらしい荒っぽさもちゃんと残してるんだ。」
アミ「全部が優しい曲じゃないんですね。」
カズヒコ「そう。バラードだけじゃなくて、しっかりロックもやってる。その両面があるから、このアルバムは単なる路線変更じゃなくて、“幅を広げた作品”なんだ。」
ユキヒロ「あと、全体的にメロディが強い。どの曲も耳に残るんだよ。これはアメリカ市場を意識した結果でもあると思う。」
アミ「なるほど…売れる音楽っていうのも考えてるんですね。」
カズヒコ「でもね、“売れるためだけ”じゃないんだ。ちゃんと音楽的にも成立してる。そのバランスが絶妙なんだよ。」
ユキヒロ「だからこそ、このアルバムは今でも聴かれ続けてる。時代の変化に対応しながら、普遍的な魅力も持っている。」
アミ「なんだか、“変わること”って悪いことじゃないんだなって思えてきました。」
カズヒコ「いい言葉だね。ロッド・スチュワートは、この作品でそれを証明したんだと思うよ。」
ユキヒロ「大西洋を渡ったのは、場所だけじゃなくて、自分自身の音楽だったのかもしれないね。」
次回作・・・
■登場人物
カズヒコ:52歳。喫茶店「フォックストロット」のマスター。UKロックに詳しく、レコードコレクター。
アミ:26歳。ウェイトレス兼、駆け出しの銅版画家。美大卒で個展開催が夢。音楽はマスターの影響で興味を持ち始めた。
ユキヒロ:52歳。音楽雑誌のライターでカズヒコの中学時代からの親友。店にふらりと現れてはブラックコーヒーを飲む。
※喫茶店「フォックストロット」の名前は、ジェネシスの同名アルバムに由来。
