つぎはぎ世界の歩き方:寓話 ~ 約束の学び舎
むかしむかし、このせかいには、ふたはしらのかみさまがいました。
かれらはどちらがつよいかきめようと、ある「あそび」をはじめました。
ひとのなかからつよい「ひかり」をえらび、まのなかからつよい「かげ」をえらび、たがいにあらそわせました。
よりつよいものが、このせかいをまもる。かれらはそうしんじていたのです。
しかし、いつしか、せかいのあちこちは、ゆがみ、もろくなりはじめました。
「ひかり」と「かげ」があらそうたびに、せかいはすこしずつ、こわれていきました。
ついに「てんびん」がゆれはじめ、ふたはしらのかみさまは、せかいのはてへおいだされました。
のこされた「ひかり」と「かげ」は、あらそいをやめました。
もともと、かれらはあらそうことがきらいだったからです。
かみさまはいなくなり、あらそいはおわりましたが、きずついたせかいはそのままです。
だから「ひかり」と「かげ」はたがいのてをとり、せかいをつくろいはじめました。
ひとも、まも、たがいのてをとり、そのてつだいをはじめました。
このこわれかけたせかいを、ぬいあわせるために。
パタンと乾いた紙の音が静かな堂内に響く。老人は閉じた本から、集まった子供たちへ優しい視線を向けた。
かつて壮麗な神殿だった建物の天井は高く、むき出しの梁からは豪華なシャンデリアの残骸が冷たくぶら下がっている。
壁の装飾は剥ぎ取られ、偶像の取り払われた祭壇の手前には、場違いなほど大きな黒板。
その前に立つ老人を、人族と魔族の子供たちが思い思いの格好で囲んでいた。
老人の額からのぞく、古びた一対の角。かつては畏怖と憎悪の象徴であったそれを、子供たちは気にも留めない。
「……だからね、お互いの手のひらを重ねるんだ」
老人は、手にした絵本の古びた表紙を、大きな指先でそっとなぞる。
「ねえ、先生」
最前列で、人族の少女が小さな手をあげた。編みかけの毛糸の帽子を膝に乗せたまま、不思議そうに首を傾げる。
「どうして神さまは、私たちを助けてくれなかったの? 神さまなんだから、悪い人をやっつけて、世界を元に戻してくれればよかったのに」
老人は静かに微笑んだ。
その口元に深く刻まれた皺は、彼が重ねてきた年月と、見届けてきた多くの「終わり」を物語っている。
「神さまはね、戦うことしか教えてくれなかったのだよ」
その声は低く、どこか遠い。
「こっちの神さまを信じる者は、あっちの神さまを信じる者を『悪だ』と呼んだ。あっちはあっちで、こっちを『悪だ』と呼び返した。……どちらも正しいと信じていたから、話し合う前に剣を抜いたのさ。神さまがいたころ、世界は今よりずっと広くて頑丈だった。――けれど私たちの心は、今よりずっと狭くて、頑なだったのかもしれないね」
老人は、自分の大きな手を見つめた。
かつて重い鉄の槍を握り、「正義」の名のもとに戦場を駆けていた手だ。今では子供たちに文字を教え、壊れかけた椅子を修理している。その手のひらはすっかり乾いて、温かい。
「でも、勇者さまと魔王さまは、お友だちになったんでしょう?」
今度は、尖った耳を持つ魔族の少年が尋ねた。少年の手元には、人族の少女が編み方を教えてくれたという、少し歪な毛糸の塊がある。
「……友だち、というのとは少し違うかもしれないね」
老人は困ったように微笑んだ。
その脳裏に去来するのは、かつて泥にまみれ、血を流し合い、ただ疲れ果てて剣を落とした、自分自身と敵兵たちの姿だ。
「二人はとっくに疲れていたのだよ。戦うことにも、憎むことにもね。だから静かに剣を置いた。お互いに背中を向けて、それぞれの故郷へ帰っていったんだ。すぐに手を取り合えたわけじゃない。ただ『殺し合うのをやめる』ことのほうが、友だちになるよりもずっと難しくて、ずっと大事なことだったのさ」
老人は窓の外へと視線を向ける。
かつて、天変地異で引き裂かれ、仮初めの橋や道で繋ぎ止められた、危うい景色が広がっている。いつ崩れるかもわからない、頼りない世界。
「神さまが去ったこの世界は、とても脆い。一歩踏み出せば崩れてしまうような橋ばかりだ。だからね、私たちは独りでは生きていけない。人族の編み物と、魔族の火起こしが合わさって、初めて私たちは凍える夜を越せる。私たちは、互いに協力し合いながら生きていくんだよ。それが、この世界で生きる私たちが交わした新しい『約束』なのだから」
老人の言葉に、子供たちは静かに頷いた。魔族の少年は、自分の手にある毛糸を隣の人族の少女に渡し、少女はそれを嬉しそうに受け取って針を動かし始める。
授業の終わりを告げる、錆びた鐘の音が響いた。
子供たちが騒がしく荷物をまとめ、手を繋ぎながら学び舎を出ていく。人族の子も魔族の子も、崩れかけた細い石橋をお互いの背中を支え合うようにして渡っていく。
老人はその背中を、静かに見送った。
かつての神の栄光は消え去った。しかし、天井の隙間から差し込む柔らかな午後の光は、これからの世界を生きる子供たちの背中を、ただ静かに、そして温かく照らし続けていた。
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