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出来るようになる

子どもの小学校の離任式で
離任される校長先生が
「この1年間、最初はできなかったことが
どんどん出来るようになってゆく。
そんなみなさんの姿を誇らしく思いました」

そんな言葉が印象に残った。
その日の夜、
父と最後の面会をし、
日が変わり2026年3月31日
午前3時5分、
父は息を引き取った。

「人はなんで死ぬんだろう?」
11歳の息子が口ずさんだ。

「それは生まれてくるからだよ」
と僕。
「あ、そうか・・・」
と息子。

「生きる」があるから
「死ぬ」がある。

そんなに考えないで、
ただの対比概念で言った言葉だ。

出来なかったことが
出来るようになる。

出来ていたことが
出来なくなってくる。

そんな人生の境目は
いつくらいなんだろう?

箸を使って食べられるようになる。
掛け算九九が言えるようになる。
お約束を守れるようになる。
リフティングが100回出来るようになる。
ギターが弾けるようになる。
パソコンが使えるようになる。
AIを使いこなせるようになる。
明日の天気を読めるようになる。
人の運勢を占えるようになる。

たくさんの
努力と注力を払えば
出来るようになることがある。

出来なくなること・・・
お父さん、お母さんに
おんぶ、抱っこをせがめなくなる。

一緒にお風呂に入れなくなる。

夢見ていたことが、
現実に出来なくなることがある。
お金が足りない。
評価が足りない。
コンテストに落ちた。
年齢的にもう遅い。

子どもが出来た。

体力が落ちた。

知力が衰えた。

最期に、
「生きることが
出来なくなった」

生きていうちには、
生きることは出来ても、
死ぬことは出来ない。

父は
初めての「死」を経験し、
旅立って行った。

僕は
初めての「父の死」を経験し、
見送った。

出来ていたことが、
だんだんと出来なくなってゆく父を
数年間、見守っていた。

ただ、
僕が小学生の頃、
父から教わった「逆立ち」などは、
父が、少なくとも60代に入ってからは
見ていない。
本当のところはわからないが、
出来ていた「逆立ち」は
いつくらいから
出来なくなっていたのだろう。

しなかっただけなのか、
出来なくなっていたのか。
する必要がなくなったのか。
では、どんな必要があって、
出来るようになったのか。

必要なくなったから、
しなくなっていったのだろうか?

必要とあらば、
出来るのだろうか?

必要の時を終えて、
生きることを終えたのだろうか?

出来なかったことが、
出来るようになっていった。

「心配しない」ということが
出来なかった父は、
少しずつ認知症が進むにつれて、
「心配しないこと」が
出来るようになっていった。

「自分はこんな人だ」という
アイデンティティにしがみついていた父も
終日間際には
手放すことが出来るようになっていた。

手放さないわけにはいかなかった。

父は「誰か」であることを
終えた。

これから「成長」という
長けて成ってゆく若者は
一生懸命、この世の「誰か」に成ることを
目指して生きてゆく。

出来なかったことが
出来るようになる姿を見るのは
本当に眩しく、
素晴らしいことだ。

目指した場所へ
到着出来るのだから。

出来ていたことが
出来なくなる現実を受け止めることは
本当に辛い。

せっかく辿り着いた場所から
離れなくてはならないのだから。

でも、そして、
離れることが出来たのなら、
また新たな場所で、
出来ないことを
出来るようにする挑戦が
出来るようになる。

流石に
死後の世界のことは
わからない。

何も出来なくなった者が
何でも出来る者へ変化する。いや、
何者でもなくなり、
「出来る」「出来ない」の
主体者がいなくなる。

そんな現実を眺める主体者の
「僕」がまだ、
この世に残り、
いろんなことを感じている。

僕は、
食べる力も
飲む力も失い、
あとは「死」を待つばかりの
父を見舞い、
たくさん話しかけた。

「元気になってね」とは
もう言えなかった。

「ありがとうね。
僕はお父さんの息子に生まれて
幸せだったよ」

「死ぬまでそばにいるからね。
死んだら今度は僕のそばにいてね」

その先の世界を
僕は想像することしか出来なかったし、
父だって、逝ってみないことには
わからない。

不安と諦めを
僕は感じていた。

お父さんがお父さんであること。

彼が彼であること。

彼の誇り。
好きなこと。
得意だと思っていること。

人付き合いは苦手だけど、
頼りにされると頑張れる性格。

演歌、民謡が好きで、
立身出世に価値を置くことが、
身に染み込んだ世代。

それが誇りであり、挫折であり、
諦めであり、その価値にそぐわない
息子への複雑な想い。

そんなものが
一切がくうとして
在った関係性が消える。

主体の喜びも悩みも消える。

出来ていたことが
出来なくなり、
出来なかったことが
出来るようになって
最期を迎える。

父がしがみついた
アイデンティティに献杯。

それを引き継ぎ、引き受けた僕は、
まだ、この世でしばらく生きていく。

出来ていたことが出来なくなり、
出来るように頑張って来たことは
ずっと出来ないままだ。

諦めることが
出来るようになってきた。

何者にもなれない自分を
何者にもなれなかった自分として
受け止めることが出来るようになった。

受け止めざるを得なかった。

情熱を失ったのだろうか?
生きる気力が少しずつ、
失われて来ているのだろうか?

老いたのだろうか?
その先にある最期が「死」なのだろうか?

「死にたい」と呟く、
若者の苦しみは
実体と見合わない。

見合わないからこそ、
強烈な苦しさを想像する。

生きる気力に満ちている季節に、
エネルギーが満ち溢れている年頃に、
死ぬことはなかなか出来ないだろう。

そんな人生の季節に
「死」と向き合う摩擦力は
きっと相当な痛みを味わうことに
なるのだろう。

一方、
個体のエネルギーが強く、
思いの通り、
単体で何でも出来るようになった
健康な若者だった時、
「万物と剥離しているのかもしれない」
と想う時があった。

「有り難さ」が
わからなかった。

健康の有り難さも、
環境の有り難さも。

出来なかったことが
出来るようになり、
出来ていたことが
出来なくなって、
有ることが難しくなり、
その有り難いことが
有った現実を
思い知ることになる。

始めた頃より断然、
流暢にウクレレが弾ける人に成っていった。

息子をおんぶし、
ベートーベンの「月光」を
ウクレレアレンジで弾きこなそうとしていた。

14分の演奏を奏覇した時、
息子が眠っていれば成功だった。

一方、こんなに上手になったのに、
この演奏を聴いてくれる人がいる環境が
手に入らないことが
大きな挫折だった。

そして、音楽の仕事が無いからこそ、
捗っていた、古民家の修繕作業も
終盤を迎えたその時、
丸ノコで左手の人差し指を
切り落としてしまった。

聴いてくれる人もいないし、
指も落としてるし、
それでもウクレレを引き続けている
自分って、
「生命力あるなぁ」と、
これまでの文脈からすると
そう思う。

そして、その後もさらに
音楽へ向き合う情熱を
失い続ける機会に見舞われている。

他のことが
どんどん忙しくなるわけだ。

そして、
応えられることに
出来るだけ応えていたら、
たまに僕が蓄えていた
「音楽の力」を利用することを
要望される案件が
やって来たりする。

「出来ることをする」

これは、
失ったんだろうか?

何かを手に入れたのだろうか?

父は存在を失い、
不自由な肉体から解放され、
「苦」からも脱却し、
「喜び」からも脱却した。

僕も「存在」として年月を過ごし、
少しずつ、そちらに向かっているのかな・・。

少しずつ、
生み出される詩も
質を変えてきている。

不安は消えない。

命はやはり
生きようとするから。

多分、事切れる直前まで、
欲し、発し、味わうので、
不安が消えないのは
仕方のないことなのだろう。

最期の深夜の面会で、
離れがたかったけど、
手を離し、僕は睡眠について、
父は眠りについた。

これ以上は
どうしようもないことだった。

仕方のないことなのだろう。


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