出来るようになる
子どもの小学校の離任式で
離任される校長先生が
「この1年間、最初はできなかったことが
どんどん出来るようになってゆく。
そんなみなさんの姿を誇らしく思いました」
そんな言葉が印象に残った。
その日の夜、
父と最後の面会をし、
日が変わり2026年3月31日
午前3時5分、
父は息を引き取った。
*
「人はなんで死ぬんだろう?」
11歳の息子が口ずさんだ。
「それは生まれてくるからだよ」
と僕。
「あ、そうか・・・」
と息子。
「生きる」があるから
「死ぬ」がある。
そんなに考えないで、
ただの対比概念で言った言葉だ。
*
出来なかったことが
出来るようになる。
出来ていたことが
出来なくなってくる。
そんな人生の境目は
いつくらいなんだろう?
箸を使って食べられるようになる。
掛け算九九が言えるようになる。
お約束を守れるようになる。
リフティングが100回出来るようになる。
ギターが弾けるようになる。
パソコンが使えるようになる。
AIを使いこなせるようになる。
明日の天気を読めるようになる。
人の運勢を占えるようになる。
たくさんの
努力と注力を払えば
出来るようになることがある。
*
出来なくなること・・・
お父さん、お母さんに
おんぶ、抱っこをせがめなくなる。
一緒にお風呂に入れなくなる。
夢見ていたことが、
現実に出来なくなることがある。
お金が足りない。
評価が足りない。
コンテストに落ちた。
年齢的にもう遅い。
子どもが出来た。
体力が落ちた。
知力が衰えた。
最期に、
「生きることが
出来なくなった」
*
生きていうちには、
生きることは出来ても、
死ぬことは出来ない。
父は
初めての「死」を経験し、
旅立って行った。
僕は
初めての「父の死」を経験し、
見送った。
*
出来ていたことが、
だんだんと出来なくなってゆく父を
数年間、見守っていた。
ただ、
僕が小学生の頃、
父から教わった「逆立ち」などは、
父が、少なくとも60代に入ってからは
見ていない。
本当のところはわからないが、
出来ていた「逆立ち」は
いつくらいから
出来なくなっていたのだろう。
しなかっただけなのか、
出来なくなっていたのか。
する必要がなくなったのか。
では、どんな必要があって、
出来るようになったのか。
必要なくなったから、
しなくなっていったのだろうか?
必要とあらば、
出来るのだろうか?
必要の時を終えて、
生きることを終えたのだろうか?
*
出来なかったことが、
出来るようになっていった。
「心配しない」ということが
出来なかった父は、
少しずつ認知症が進むにつれて、
「心配しないこと」が
出来るようになっていった。
「自分はこんな人だ」という
アイデンティティにしがみついていた父も
終日間際には
手放すことが出来るようになっていた。
手放さないわけにはいかなかった。
父は「誰か」であることを
終えた。
これから「成長」という
長けて成ってゆく若者は
一生懸命、この世の「誰か」に成ることを
目指して生きてゆく。
*
出来なかったことが
出来るようになる姿を見るのは
本当に眩しく、
素晴らしいことだ。
目指した場所へ
到着出来るのだから。
*
出来ていたことが
出来なくなる現実を受け止めることは
本当に辛い。
せっかく辿り着いた場所から
離れなくてはならないのだから。
でも、そして、
離れることが出来たのなら、
また新たな場所で、
出来ないことを
出来るようにする挑戦が
出来るようになる。
*
流石に
死後の世界のことは
わからない。
何も出来なくなった者が
何でも出来る者へ変化する。いや、
何者でもなくなり、
「出来る」「出来ない」の
主体者がいなくなる。
そんな現実を眺める主体者の
「僕」がまだ、
この世に残り、
いろんなことを感じている。
*
僕は、
食べる力も
飲む力も失い、
あとは「死」を待つばかりの
父を見舞い、
たくさん話しかけた。
「元気になってね」とは
もう言えなかった。
「ありがとうね。
僕はお父さんの息子に生まれて
幸せだったよ」
「死ぬまでそばにいるからね。
死んだら今度は僕のそばにいてね」
その先の世界を
僕は想像することしか出来なかったし、
父だって、逝ってみないことには
わからない。
不安と諦めを
僕は感じていた。
*
お父さんがお父さんであること。
彼が彼であること。
彼の誇り。
好きなこと。
得意だと思っていること。
人付き合いは苦手だけど、
頼りにされると頑張れる性格。
演歌、民謡が好きで、
立身出世に価値を置くことが、
身に染み込んだ世代。
それが誇りであり、挫折であり、
諦めであり、その価値にそぐわない
息子への複雑な想い。
*
そんなものが
一切が空として
在った関係性が消える。
主体の喜びも悩みも消える。
出来ていたことが
出来なくなり、
出来なかったことが
出来るようになって
最期を迎える。
父がしがみついた
アイデンティティに献杯。
それを引き継ぎ、引き受けた僕は、
まだ、この世でしばらく生きていく。
*
出来ていたことが出来なくなり、
出来るように頑張って来たことは
ずっと出来ないままだ。
諦めることが
出来るようになってきた。
何者にもなれない自分を
何者にもなれなかった自分として
受け止めることが出来るようになった。
受け止めざるを得なかった。
情熱を失ったのだろうか?
生きる気力が少しずつ、
失われて来ているのだろうか?
老いたのだろうか?
その先にある最期が「死」なのだろうか?
*
「死にたい」と呟く、
若者の苦しみは
実体と見合わない。
見合わないからこそ、
強烈な苦しさを想像する。
生きる気力に満ちている季節に、
エネルギーが満ち溢れている年頃に、
死ぬことはなかなか出来ないだろう。
そんな人生の季節に
「死」と向き合う摩擦力は
きっと相当な痛みを味わうことに
なるのだろう。
*
一方、
個体のエネルギーが強く、
思いの通り、
単体で何でも出来るようになった
健康な若者だった時、
「万物と剥離しているのかもしれない」
と想う時があった。
「有り難さ」が
わからなかった。
健康の有り難さも、
環境の有り難さも。
*
出来なかったことが
出来るようになり、
出来ていたことが
出来なくなって、
有ることが難しくなり、
その有り難いことが
有った現実を
思い知ることになる。
*
始めた頃より断然、
流暢にウクレレが弾ける人に成っていった。
息子をおんぶし、
ベートーベンの「月光」を
ウクレレアレンジで弾きこなそうとしていた。
14分の演奏を奏覇した時、
息子が眠っていれば成功だった。
一方、こんなに上手になったのに、
この演奏を聴いてくれる人がいる環境が
手に入らないことが
大きな挫折だった。
そして、音楽の仕事が無いからこそ、
捗っていた、古民家の修繕作業も
終盤を迎えたその時、
丸ノコで左手の人差し指を
切り落としてしまった。
*
聴いてくれる人もいないし、
指も落としてるし、
それでもウクレレを引き続けている
自分って、
「生命力あるなぁ」と、
これまでの文脈からすると
そう思う。
そして、その後もさらに
音楽へ向き合う情熱を
失い続ける機会に見舞われている。
他のことが
どんどん忙しくなるわけだ。
そして、
応えられることに
出来るだけ応えていたら、
たまに僕が蓄えていた
「音楽の力」を利用することを
要望される案件が
やって来たりする。
*
「出来ることをする」
これは、
失ったんだろうか?
何かを手に入れたのだろうか?
*
父は存在を失い、
不自由な肉体から解放され、
「苦」からも脱却し、
「喜び」からも脱却した。
僕も「存在」として年月を過ごし、
少しずつ、そちらに向かっているのかな・・。
少しずつ、
生み出される詩も
質を変えてきている。
不安は消えない。
命はやはり
生きようとするから。
多分、事切れる直前まで、
欲し、発し、味わうので、
不安が消えないのは
仕方のないことなのだろう。
最期の深夜の面会で、
離れがたかったけど、
手を離し、僕は睡眠について、
父は眠りについた。
これ以上は
どうしようもないことだった。
仕方のないことなのだろう。
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