インプット・アウトプット・自分
話を聞く気のある人を前に話すのと、
聞く気もない、
まるで聞いていない人を前に話すのとじゃ
まるでパフォーマンスが違ってくる。
そう、これは「気のせい」だ。
「聴衆」と位置付けられる人達を前に、
歌うでも、公演でも、授業でも、
「聞いてもらう」という立場に立ったことが
ある人なら、
誰でもある経験かもしれない。
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いつだったか、
それを確かめるような
実験的なワークショップを
経験したことがある。
二人が対面になって、
話をする。
話をする立場の人は
何も知らず、
相手に向けて、伝えたい事柄を話す。
話を聞く立場の人は
事前から、二つの意識のモードを
使い分ける。
他のことを考えながら話を聞いているふりをするか。
その人自身に興味を持って、
自分ごとのように話を聞くか。
たしか、
相槌くらいは打つけど、
どちらのモードも言葉は発さず、
「聞く」ことを貫く。
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「話す立場」としての経験は、
本当にびっくりするくらい、
聞いていない人に話すと、
話がまとまらなくなる。
どのように伝えるべきかも
わからなくなるし、
何を伝えたかったかも
わからなくなる。
自分の言葉を組み立てる能力に
自信が無くなり、
話す意欲も失せてくる。
なのに頑張って、
伝えようと話さなくてはならない。
・・・地獄だ。
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自分のことに興味を持って
聞いてくれていると、
びっくりするくらい上手く喋れる。
普段、自分は喋ることが苦手だと
思っているのに、
とても流暢に話せている気がしてくる。
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一方、立場を変えて、
話を聞く人を演じることにする。
他のことばかりを考えて、
相手のことを見ていない。
とはどういうことか。
それは自分のことで頭がいっぱい。
ということだった。
そこにいる人のことなんて
考えていない。
相手がいるのに
別のことを考えているということ、それは
「他の誰かのこと」とは限らず、
「自分のこと」を考えている。
という枠に
全てが収まる。
実際、目の前にいる相手の言うことを
聞いていたとしても、
「自分」の意見でいっぱいになる。
その人をジャッジする。
その人を批判する「自分」、
その人と比べた「自分の意見」ばかりに
意識が向く。
「聞いていない」にも
色々あるな。
と思った。
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そして、
「相手の言葉を聞く」とは
どういうことか。
これもしっかり
経験することが出来た。
しっかり、
努力してみることは出来た。
日々、実践していくのは
なかなか難しいけどね。
むしろ、いつも、いつでも
「自分」てフィルター通して生きてるなぁ・・
そんな実感の経験だった。
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相手の気持ちに
まるっと同化することは
難しい。
生きている限り、
「自分」というフィルター、
アイデンティティ、自我を通して
世界を感知しているから。
最適化されたAIにだって、
それが出来るんですか?
と投げかけたら、
「それは無理です」と、
返ってくるだろう。
そのレスポンスを
どう感じ取るかも
また「自分」だ。
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ただ、今は、
そんな誰かの「自分」と
私の「自分」が綾なして、
この世界は揺れ動いている。
こんな風に世界を眺める視点を得た。
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そして、
自分のパフォーマンスが上がらねぇな。
誰にも届いていない感じがする。
そう感じてしまうのは、
相手が、やはり自分のことで
いっぱいいっぱいなので、
「私」の方へ
興味を向けていないからなのだろう。
「話し方」「伝え方」、
もっと個人的には「詩」が
「下手」なわけではない。
適さない環境で、
パフォーマンスを出している要因の方が
大きい。
だって、
まだまだ未熟な、幼い人の言葉だって、
届く時、届かない時があるでしょう?
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「話す」「放つ」立場ではない
「自分」を出すには場違いな場では、
私は「聞く立場」に徹する。
「話す」としても、
それは「呼応」だ。
「自分」のことは
自分でどうにかすることが出来る。
責任が持てる。
相手に、その「場」に気を寄せる。
「豊か」に人生を味わえる。
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でも、
どうしても頭をもたげてくるのは
相変わらず、いつも共にいる「自我」だ。
「自分」の望みを叶えたい。
「自分」の夢を叶えたい。
「自分」のことをわかってほしい。
え?
君もそうなの?
・・・どうしよっか?
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未だに、
その解決策はわからない。
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努力をしてきた。
伝えるスキルを上げるために、
ボイトレ、筋トレ、ヨガ、瞑想。
傾聴、相手の話をよく聞くこと。
空気を読む。場に合わせる。
場に合わせ、表現の仕方を変える
引き出しのの数も増えてきた。
そして、
才能があったのか、なかったのか。
出来ないものは出来ないし、
出来たからといって、
自我の欲求の
何が満たされるわけではなかった。
承認欲求?
誰が承認してくれた?
自己実現欲求?
出来る努力は全部したのか?
どこへ向かって努力したんだ?
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観客のいないステージ。
観客が観ていないステージ。
観客が少なくても、
全員が関心を向けてくれたステージ。
みんなが関心向けてくれるのに
自分のスキルが足りなかったステージ。
多くの観客がいて、
全ての人と響き合えた満足のステージ。
どれも・・・
経験できたような記憶。
たくさん観客がいて、
たくさんウケた思い出も、
思い出してみれば、
あったようにも思える。
夢が叶ったら、
夢は現実になる。
現実になったら、
それは夢ではなくなる。
初めての時を、
僕ら全て、
老いも若きも、
今、経験している。
生きている限りは
「自分」で生きている。
生きているということは
「自分」で世界を感じている
ということだ。
相手のことを想う。
それは「自分」の想いだ。
世界に願いを求める。
それは「自分」が創り出した「楽い」だ。
果てしない欲求を背負い、
その自ら創り出した楽いは
果てに果て、
叶えども、叶わざるとも、
等しく、老いて、
置いて行くことになる。
それを誰かが拾い上げるか、
誰にも気付かれす朽ちて行くのか、
そんなこと、
帰らぬ「自分」には
どうでもいいことだ。
寂しい「自分」がいる。
虚しい「自分」がいる。
だからまだ欲している「自分」がいる。
最後にこの曲で締めます。
トントン
聞こえてますか
トントン
届いてますか
僕がここにいる
君はそこにいる
僕がここで想う
君はそこで想う
トントン
響いてますか
トントン
開いてますか
誰がこの想い
創り出したんだろう
誰からこの想い
受け取ったんだろう
トントン
トントン
分かるかな?
この湧き上がる想い
分かり合えたなら
分かち合えたなら
誰がこの想い
創り出したんだろう
誰からこの想い
受け取ったんだろう
パイオニア 先駆者 周回遅れ ロートル
誰が始まりで 誰の手に渡り
誰が終えるのか
僕らどこから来て 今はどこにいて
そしてどこへ行くのか
知らない ただ胸が
激しく鼓動を打つから
トントントン
聞こえてますか
トントントン
気付いてるでしょ
今出逢うご縁
それはまるで円を描くように
縁に沿って歩けば
それは頼りになるんだ
便りの来なくなった
頼りない人達の
面影が遠ざかる
さあ 顔を上げて
トントン
トントン
トントン
トントン
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