ヒールを脱いだ日 -もう一度もがく#3-
誰かの一言で、それまでの価値観が一変した経験はないでしょうか。
私にとって、そのひとつが、かつて国民的アイドルと言われた、後藤久美子さんが語っていた言葉だった。
「台所に立つときもヒールを履いている。
フランスの女性は、24時間“女”を脱ぎ捨てることはない」
正確な言葉は少し違うかもしれない。
けれど、その時の私は、かなり強烈に受け止めた。
そうか。
女たるもの、いつ何時もヒールを履くべし、なのだ。
映画『プラダを着た悪魔』でも、アン・ハサウェイが演じるアンディは、ヒールを履きこなしながら変わっていく。
最初はハイヒールでまともに歩けなかった彼女が、少しずつプロとしての自信をまとい、ニューヨークの街を颯爽と歩いていく。
背筋を伸ばし、堂々と美しくあること。
少し無理をしてでも、女であることを手放さないこと。
そんな美に対してストイックな女性に、私は憧れていたのだと思う。
だから長い間、ヒールを履かねばならぬ、と思っていた。
が、長年、狭い靴先に押し込められていた私の足は、ある日とうとう悲鳴をあげた。
外反母趾、開帳足、内反小指。
もう無理!
それでも私は、ヒールを手放せなかった。
ヒールを履かないなんて、女性として勝負を放棄しているような気がしていた。
移動中はスニーカーを履き、仕事先の近くでこっそりヒールに履き替える。
そして、何事もなかったかのように、颯爽と歩く自分を演出する。
涙ぐましい努力である。
先のとがった美しいハイヒールに、無理やり押し込めていたのは、私の小さなプライドそのものだった。
その価値観を覆す出来事が起きた。
東日本大震災だ。
いざとなったら、電車から降りて線路を歩かなければならないかもしれない。
その時、私はヒールで歩けるのだろうか。
生きることと、女性らしく見えること。
そのふたつを天秤にかけた時、答えはあまりにもはっきりしていた。
ヒールを履いている場合ではない。
私は、それまでずっと握りしめていた「こうあるべき」という女性像を、ヒールと共に手放した。
もちろん今でも、ヒールの似合う女性には憧れる。
きっと、フランスの女性はこんな時でもヒールを履くのだろう。
背筋を伸ばして、涼しい顔で歩いていくのだろう。
やっぱり素敵だと思う。
でも、自分じゃない自分にはなれない。
私は私の足で立つしかない。
しっかりとした足取りで、快活に、のっしのっしと歩いていく。
ちっとも優雅じゃないね。
仕方がない。
きっとこれが私なのだ。
59歳になった今思うのは、自分らしく生きるというのは、新しい何かを手に入れることだけではなく、長い間「正しい」と思い込んできたものを、ひとつずつ手放していくことなのかもしれない、ということだ。
足に合わない靴を脱ぐように。
似合わなくなった価値観は、そっと手放して軽やかに歩きたい。
60代へ向かう道は、お気に入りの靴がいい。
自分のペースで、のっしのっしと。
それでも、ちゃんと自分の足で。
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