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「おや、開いてますねぇ」——鍵の開いた家に、警察は勝手に入っていいの?

1.クエスチョン:開いていた玄関と刑事ドラマ

刑事ドラマを見ていると、こんな場面によく出会います。捜査中の刑事が容疑者らしき人物の家を訪ねる。呼び鈴を押しても返事がない。ドアノブに手をかけると、かちゃりと回る。「おや、開いてますねぇ」——そう言って、刑事はそのまま室内へ入っていく。

このシーン、法律を学ぶ人の目で見ると、少し落ち着かない気持ちになります。
だってこの警察官は捜索差押えの令状を持っていません。家の人の承諾も得ていません。
ただ「鍵が開いていた」というだけで、他人の家に入り込んでいるのです。

そこで今回の問いです。令状を持たない警察官が、鍵の開いた民家に勝手に入る——これは、法律上許されるのでしょうか。


2.関連する法律:憲法35条

出発点は、法律ではなく憲法です。捜査の限界について定める1番強い規範は憲法なのです。

憲法第35条第1項 何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、第三十三条の場合を除いては、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。

注目してほしいのは、条文が「捜索」や「押収」と並べて、わざわざ「侵入」を挙げていることです。
つまり、家の中を家探しする前の、入るという行為そのものが、すでに令状の対象になっている。「まだ何も探していない、入っただけだ」という言い訳は、憲法の文言のレベルでまず通りません。

刑事訴訟法の話にも少し立ち入りましょう。
捜査の世界には、令状がなくてもできる任意処分と、令状がなければできない強制処分の区別があります。
住居への侵入は、憲法35条が名指しで「侵入」を挙げ、刑事訴訟法(第218条以下)が捜索差押えの手続をきちんと用意している古典的かつ典型的な強制処分なのです。

そして強制処分は、法律の定める令状がなければ行うことができません。だから、住居への侵入に令状が要るのは、応用問題ではなく、憲法がそのまま書いている基本ルールなのです。


3.つまりどういうこと?

結論から言えば、令状も承諾もないまま鍵の開いた民家に入る行為は、違法な捜査です。

理屈はとてもシンプルです。住居への侵入は、憲法35条が令状を要求している強制処分そのもの。その令状がない。承諾もない。だから違法。ドラマの決め台詞を挟む余地なく、一行で終わってしまう話なのです。

とはいえ、多くの人が引っかかるのは、まさにその決め台詞「開いてますねぇ」でしょう。鍵が開いていたら、入っていい合図になるのではないか、と。

なりません。憲法35条が守っているのは、玄関の鍵という物理的な壁そのものではなく、その家が私的な領域であるという期待だからです。
うっかり施錠を忘れただけで、「どうぞ入ってください」という承諾があることになるわけがない。鍵が開いていようといまいと、そこが他人に踏み込まれたくない私的空間であるという期待は、消えていないのです。

整理すると、こうなります。
・令状があり、それに基づいて執行する場合 → 適法
・令状はないが、住居権者がきちんと承諾している場合 → 承諾の有効性という別の検討が必要
・令状も承諾もなく、ただ「開いていたから」入る場合 → 違法

ドラマの刑事がやっているのは、たいてい三番目です。
名推理の裏で、実は捜査の入口でつまずいている——そう思って見ると、刑事ドラマの見え方が少し変わるかもしれません。


4.応用編:強制処分の定義論と、刑法130条

ここから先は少し専門的な話です。本編の結論はここまでで完結しているので、興味のある方だけどうぞ。

(1)そもそも「強制処分」とは何か

本編では、住居侵入は古典的な強制処分だから、定義論に立ち入りませんでした。
では、その定義論とは何か。少しだけのぞいてみます。

最高裁は古くから、強制処分を下記のように捉えてきました(最高裁決定 昭和51年3月16日)。
まず、相手の意思を制圧する処分であれば、それだけで強制処分。
次に、意思の制圧とまではいかない処分については、重要な権利・利益を侵害するなら強制処分、そこまでの侵害でなければ任意処分。
この物差しで、新しい捜査手法(GPSを用いた捜査や自動撮影装置を使った撮影など)が強制処分にあたるのか区別していくわけです。

近年の最高裁は、GPSを無断で車両に取り付けて位置情報を継続的に取得する捜査について、個人の意思を制圧して憲法の保障する重要な法的利益を侵害するものは強制処分にあたる、という趣旨を述べました(最高裁大法廷判決 平成29年3月15日)。対象者が気づかないうちに監視が続くという、「意思の制圧」という古い言い回しだけでは捉えづらい事案を、私的な領域への侵入という角度から拾い直した判断です。

さて、ここで興味深いのは、留守宅への無断立入を、この定義論にかけようとすると、うまく処理できないことです。
「意思の制圧」という言葉は、相手に意思があって、それを押し切る、という構造を前提にしています。抵抗を実力で排除する、拒否を無視して押し通る——それが「制圧」です。

ところが、住人のいない家に黙って入り込む行為は、住居権者がそもそも認識も反対もできないまま、侵入が完了してしまっています。
制圧すべき意思が、そもそも現れていないとすれば、制圧があったかどうかを論じること自体が、場面違いだということになります。

だからこそ本編では、定義論を持ち出さず、憲法35条が名指しで令状を求めているという一点で切りました。

(2)刑事訴訟法上の違法と、刑法上の犯罪は別の話

本編では「その捜査は違法だ」という話をしました。これは刑事訴訟法の世界、つまり集めた証拠が裁判で使えるか、といった手続の適否の問題です。
ここで押さえておきたいのは、刑事訴訟法上の違法と、刑法上の犯罪が成立するかは、別問題だということです。

令状も承諾もなく他人の家に入った警察官に、刑法の目を向けるとどうなるか。ここで出てくるのが住居侵入罪です。

刑法第130条前段 正当な理由がないのに、人の住居(中略)に侵入した者は、三年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金に処する。

適法な令状の執行として家に入る場合も、その立入は形のうえでは130条の住居侵入の型(構成要件)にあてはまります。
それでも犯罪にならないのは、法令に基づく行為だからです(刑法第35条。正当行為として違法性が阻却される、といいます)。
令状という授権があるからこそ、違法性が阻却される。

ところが、令状も承諾もない立入では、この「法令に基づく行為」という違法性阻却事由が働きません。授権する根拠がないからです。
他に正当化する事情もなければ、理屈のうえでは、警察官の立入であっても住居侵入罪の型をまるごと満たしてしまう。

ここが応用編のメインです。公務だから許される、のではありません。授権された行為だから許されるのです。
制服を着ていること、勤務時間中であること、それ自体は何も正当化してくれないのです。

このことは、警察官が職務中に起こす別の犯罪を見るとよく分かります。
近年、捜査や現場臨場で立ち入った先で現金を盗んだとして、警察官が窃盗罪(刑法第235条)に問われ有罪となる事件が相次いで報じられています。
適法に立ち入れる立場を利用しながら、その先で財物を領得した瞬間、行為は職務の枠を外れ、ただの窃盗になる。「職務中だから」は免罪符にならない、という同じ理屈が、ここでも貫かれています。

ひとつだけ書き分けておくと、この窃盗の例は「立入は令状に基づき適法、その先の領得だけが犯罪」という構造で、本編の「無令状の立入そのものが違法」という話とは、犯罪が成立する段階が違います。混ぜないよう念のため。
いずれにせよ、共通しているのは、授権の範囲を一歩でも出れば、公務であっても刑法の網にかかりうる、という一点です。

※本記事は一般の法務部員Fの個人的見解です。なるべく正確な内容になるよう検討を行ってはおりますが、あくまでも一個人が趣味で行った検討であるため、こういう見解もあるのだと広い心でお読みください。記事の内容につき異論は認めます。個別のトラブルでお困りの場合は、弁護士等の専門家にご相談ください。

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