その時あなたは何してた?: 2011年 東日本大震災

2011年、この年に東日本大震災が起こってしまいました。
この年の新語流行語大賞は「なでしこジャパン」受賞者は、小倉純二(日本サッカー協会会長)代理上田栄治でした。
主な出来事は、英ウィリアム王子が結婚、サッカー「なでしこジャパン」女子W杯で初優勝、島田紳助が引退、スティーブジョブズが死去、菅政権退陣・野田政権誕生、歴史的円高・一時1ドル75円32銭、金正日総書記死去、「アラブの春」独裁体制崩壊、独伊脱原発決定などでした。
スティーブジョブズの死は、早かったと思います。
じーじは、ジョブズ語録のいくつかを手帳に書いて時々読み返しては、自分を鼓舞しています。
一番好きなフレーズは、「You did the impossible because you did not realize it was impossible.」(君が不可能を実現したのは、君がそれを不可能だと思わなかったからだよ)です。
ジョブズが生きていれば、どんな不可能を実現してくれていたのでしょうか?
2011年:「東日本大震災」

東日本大震災は、それが閣議決定された災害を指す名称です。
地震そのものを指す名称は、東北地方太平洋沖地震だそうです。
しかし、多くのメディアで地震も含めて東日本大震災と呼んでいます。
東日本大震災の呼称が一般化するまでの間、いろんな呼び方が存在しました。
3.11大震災、東北関東大震災、東北大震災、東北沖大地震、東北関東大地震、宮城茨城沖大地震、東日本大地震、平成三陸津波などの呼びかたが使われていました。
じーじは、この投稿の前にもう一度震災動画を見てみましたが、地震のすごさ、地震後の津波のすごさ、火災のすごさは、桁違いでした。
桁違いの破壊力
マグニチュード9.0の地震、津波、火災、それに伴う12都道県で2万2,000人余の死者・行方不明者、特に津波の凄さは、島国、日本では語り継いでいかないといけません。避難の初動の大切さの教訓にしなければなりません。
場所によっては波高10メートル以上、最大遡上高40.1メートルにも上る巨大津波は、想定外の被害をもたらしました。
津波によって電源を消失した福島第一原発の事故だけは、結果論でなく、絶対に避けなければいけない事故だったと思います。
しかし、戦争リスクのある世の中では、人類のリスクになる施設であることを考えさせる事故でもありました。

地震がもたらした教訓は、原発事故の他にもサプライチェーンのBCP対策の重要性を認識させられたことも教訓の一つでした。
建築ガラスの3割を生産する旭硝子鹿島工場の被災
国内最大のタイヤ工場住友ゴム工業白河工場の被災
日本製紙石巻工場、三菱製紙八戸工場の被災
その他にもエチレンの1割を生産する三菱化学(現三菱ケミカル)鹿島事業所(茨城事業所)の被災
キリンビールの仙台工場や日産自動車いわき工場の被災
これらは、企業にBCP対策を考えさせるきっかけになりました。
また、甲状腺機能低下症治療薬「チラーヂンS」の98 %を製造するあすか製薬いわき工場の被災は、命を繋ぐ薬のサプライチェーンの重要さを考えさせてくれました。
津波による建造物破壊のすごさも教訓になりました。
警察庁発表の2019年12月10日現在の数字は、全壊12万1,991戸、半壊28万2,902戸、全半焼297戸、床上浸水1,628戸、床下浸水1万76戸、一部破損73万251戸の被害でした。
おっちゃんは、1995年の振り返りの時にも言いましたが、阪神淡路大震災の時も東日本大震災のときもアメリカにいて日本での実体験がありません。
臨場感をもっては伝えられませんが、どんな形であっても防災の大切さ、避難の重要さをおっちゃんなりに発信したいと思いました。
後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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