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その時あなたは何してた?: 1985年 プラザ合意

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この新しいシリーズは、1985年から時代を1年ずつ進めて2020年までを振り返る「その時あなたは何してた?」シリーズです。

1985年生まれの方なら2021年の誕生日で36歳。36年間を振りかえっていきましょう。

お決まりとして、新語流行語大賞を振り返って、その年の主な出来事の中からじーじが一つ、その年の代表トッピックを選んで話をする形をテンプレートにします。

過去を振り返ると「現在の事象の予兆だったんだ」と気づくこともある!

じーじは、社会での活躍を期待するミレニアル世代やZ世代の若い人たちに是非自分たちの将来を考えてみる(悲観せずに明るい未来を考える)材料として読んでほしいです。

一緒に過去を振り返ってみましょう。

1985年の新語大賞は「分衆」でした。

こんな言葉知らないですよね。ある製品が普及して1世帯あたりの平均保有数が1以上になることを言うのだそうです。

たとえば自動車やテレビのように1世帯に1台だったものが1世帯に2台ないしは1人1台のように状況が変化することを分衆と言います。つまり、スマホが分衆化したといった使い方をするみたいです。

流行語大賞は、「イッキ!イッキ!」でした。

まさしく、日米の成長力格差の原因である多様性に不寛容で排他的なムラ社会が、勝ち戦の方程式だと信じていた時代にふさわしい同調圧力を象徴する流行語でした。

今の時代なら、ハラスメントになる禁句です。アルコールが飲めない者にも場をしらけさすなと一気飲みを強要する集団パワハラが、表彰対象となっていた時代もあったのです。流行語大賞でもてはやしていました。

主な出来事には、新日鉄釜石ラグビー7連覇、つくば科学万博、NTT誕生、青函トンネル貫通、豊田商事事件、PL学園KKコンビで最後の甲子園優勝、日航ジャンボ機墜落、ロス疑惑の三浦和義容疑者逮捕、夏目雅子さん急逝、阪神タイガース優勝などがありました。

じーじの注目は「プラザ合意」これこそが経済の勝ち戦の終焉だった⁉️

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1945年の終戦から40年、米国は日本を西側の重要拠点として、戦後復興を支えました。為替を固定化して、日本からの輸出を受け入れ、育ててくれた懐の広さがありました。

プラザ合意は、1985年9月22日、過度なドル高是正のために米国の呼び掛けで先進5カ国(日・米・英・独・仏)の財務大臣と中央銀行総裁が、米国ニューヨークのプラザホテルに集まり、会議が開催されドル高是正に向けたG5各国の協調行動へ合意しました。

具体的な内容としては、「基軸通貨であるドルに対して、参加各国の通貨を一律10~12%幅で切り上げるため、参加各国は外国為替市場で協調介入を行う」というものでした。

中国が今でも真似できない米国の強さの源泉:基軸通貨ドル

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プラザ合意前、1ドル240円だった為替相場は、僅か1年で1ドル150円まで一本調子で円高が進み、日本は円高不況に見舞われました。

87年のルーブル合意で相場は安定したものの低金利とマネーを供給し続けた日銀の政策は、その後のバブル経済に繋がっていきました。

ここから西ドイツは、東ドイツとの統合、ベルリンの壁崩壊へと向かい、フランスと共に基軸通貨ドルに対抗するユーロ発行という大改革を成し遂げました。

一方、日本は、多様性に不寛容で、排他的ムラ社会の構造改革を怠り、バブルに浮かれて、失われた36年を始めることになりました。

1986年を読む

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