研鑽する者達
勉強できるトップ層の人たちの話。
私自身はそうじゃない。ただの私の経験上の話で、統計取ったわけでもない。
私の妄想、偏見の部分も多いと思う。
適当に読み流してほしい。
どういうわけか、東京大学出身の知り合いが多い私。
学生の頃から思ってた。
東大生や東大卒の人って、自分の学歴言わない人が多いんだよね。
わざわざ言わない。言いたがらない。自慢しない。
すごいねって褒めても、いやいや自分なんてまだまだっていう。
東大生を天然記念物か何かと勘違いしている一部の人たちが「東大生」というものを神格化していて、そういう人たちに学歴公表すると無駄にハードル上がるから言いたくないっていう話は聞くけど。(「東大生だからなんでもできるよね!」的な。←そんなわけないやろ。)
とは言っても、日本で最高峰の学歴と言ってもいいんだから、十分ひけらかしていいはずなのに。
ちなみにわたし個人は、大学の偏差値そのものはどうでもいいと思っている。
偏差値で大学の良し悪しは決まらない。
そして高偏差値の大学出身だからって、それだけでその人が偉いとも思わない。
自分のためにした努力なら、どんなものだってすごい。
最高峰と言われる大学出身でも、学歴言わない。
むしろ、それ以外の、高偏差値と言われてる大学出身の人の方が抵抗なく教えてくれるような?
なんで?
って疑問に思ったのがスタート。
それから好き勝手に考察し、ある結論に至った。
上には上がいる、という言葉がある。
そして井の中の蛙、大海を知らず、という言葉。
「この大学で◯◯について学ぶんだ!!」
と強く希望し、その大学を志望する場合を除き。
ほとんどの受験生は、偏差値という指標のもと、実力相応校、ややチャレンジ校を目指して大学受験をすると思う。
当然だけど、偏差値60の大学には偏差値60前後の学生が集まるし、偏差値50の大学には偏差値50前後の学生が集まる。中学受験だってそうだ。
そうやって、その大学には似たような実力を持った人たちが集まる。
だけど、その似たような実力を持った人たちには、実は上限がある。
先ほども言ったが、「この大学で◯◯について学ぶんだ!!」という人を除けば、東大に行けるなら東大に行っているだろう、だから、その大学にいる学生は、それ以外の人になるので、上限がある、という理屈だ。(もちろん、すべての人がそうだと言ってるわけではなくて、あくまで仮定の話である)
上限があるということは、目指す先が見えるということ。
最近のRPGも、モンスターやボスのHPがあらかじめ示されているものが多い。あと、これだけ攻撃すれば勝てる、これくらい時間をかければ終わる、と思えるのは、安心する。いつ終わるかわからないものを延々攻撃し続けるのは正直しんどい。
自分より勉強が得意な人がいても、目指す先は見えている。あと、これだけ努力すれば、あの人に追いつけるかも、と目標が見える。
飛び抜けて勉強ができる人ってどの学校にも数名はいるだろうけど、そんな人たちには「まぁ、あの人たちはちょっと特殊だから」って思うだけだ。
だけど、トップ層の学校は。
その上限がない状態だ。
まさに「上には上がいる」。
そしてその飛び抜けてできる人たちが数名程度ではない。そんな人しかいない。
勉強ができるのはもちろんだが、勉強以外にも、大抵何かに秀でているような集団。それも、半端なく。その分野に全く詳しくなくても「あ、こいつやべぇ」と、研鑽を重ねてきたことがすぐに分かるほどの。
トップ層の学生たちは知っているのだ。確かに自分は「こういうことができる」けど、周りには「別の何かに秀でた」人たちがいる。
自分なんて大したことない。自分の努力は自分で認めつつも、他にも全国レベルですごい人たちがいることを知っている。そしてちゃんとリスペクトしてる。
トップだからこそ、世界が広いことを知っている。
だから、自分なんて「井の中の蛙」「上には上がいる」。
だから、「この程度で自慢できるレベルではない」。
だから、学歴や自分のことを話さない。
末恐ろしい世界である。
私が中学受験生だった頃。
うちの父がよく言っていた。
「筑駒、灘に行くような子って、他に行くところがないんだよ」
他に行くところがない?????
最初、全く意味がわからなかった。
勉強ができるから、偏差値がトップクラスの学校に行くんじゃないの???
いや、そもそもどこに行ったっていいじゃん。
…そうじゃない。
今はもう、そういうのをたくさん目の当たりにしてきたので、理解したけど。
能力限界突破してる人たちは、同じく限界突破しているような人たちがいる環境じゃないと、ダメなんだ。
それ以外の学校だと、「計測不能」になって、能力値を正しく評価してもらえないからだ。
全く、末恐ろしい世界である。
こうやって文章にすると。
まして相手の顔が見えない文章だと。
「高偏差値帯の学校以外は大学じゃない」のような、一部の人たちが好んで使うようなニュアンスに取られかねないが。
全くそんなことを言うつもりはなくて。
トップ層じゃなくても、高偏差値帯じゃなくても、その大学に入るためにした努力は間違いなく誇れることだ。
行けるなら、東大でも御三家でも行けばいいと思うし。
入れなかったら、それでいいじゃんって思う。
というか、その方が絶対いい。
何かの間違いであたおかさん達(←あたおかって言っちゃったよ)の世界に入り込んでしまうと。まず、メンタルがやられる。
受験科目に「メンタル」なんてないはずなんだが、トップ層のメンタルの強さは異常だ。
そのあたおかさん達と接して、憧れを持ったり、リスペクトできるなら、その世界に入ってもやっていけると思う。
「自分は無理」「ごめんちょっと何言ってるかわかんない」って本気で引いちゃうようなら、関わらないほうがメンタル的には正解。(軽い引きぐらいなら、あたおかさん同士でお互い日常でやり合ってるので問題ない)
実は私の身近にも他に行くところがなかった、あたおかさんがいるわけだが、「自分は凡人だ」と言っている。
できる人たちの「自分は凡人だ」は、単純な謙遜だと思ってた。
おそらく違う。本当に心の底から、そう思っているのかも。
「周囲の(能力値が)おかしい人たちに比べたら、自分なんていたって平凡。」ってことなのだろう。
勉強って全員が通る道だから。
私のように、特段勉強が得意でなかった層からすると、こういう出来杉くん達に対して、引け目に感じてしまう人もいるかもしれない。
引け目に感じることはない。
ただただ、リスペクトしよう。
オリンピックでも観戦してる気分で。
最後に余談。
学生の頃に思ってた。
「東大生の持ち歩いてる本は分厚い」
誰か統計取ってみてくれない?笑
ありがとうございます。ぺこり。
