満たされているのに、寂しい
満たされているはずなのに、
なぜか寂しい夜の話。
※大人の関係性を含む描写があります
シーツが、乱れている。
指先に、まだ残ってる。
さっきまでの温度も、呼吸も、全部。
名前を呼ばれる。
少し掠れた声で。
それだけで、胸の奥がじんわり熱くなる。
憧れていた人に、こんなふうに求められるなんて——
それだけで、充分すぎるくらいだった。
「……かわいい」
近すぎる距離で、そう言われる。
指先が、頬に触れる。
髪をすくうみたいに、やさしく撫でられる。
その一つひとつが、ちゃんと自分に向けられている気がして、
それだけで、胸の奥がほどけていく。
その一言が落ちてくるたびに、
どこまででも落ちていける気がする。
きっと、この時間がいちばん幸せだ。
何も疑わなくていいから。
何も考えなくていいから。
触れられるたびに、
自分がここにいていいみたいに思える。
ただ、与えられる波に、身を任せていればいい。
一瞬、呼吸が途切れる。
彼の熱が中でほどけていく。
なんとも言えない高揚感と、やわらかな余韻に包まれて、
お互いの息が、ゆっくりと整っていく。
まだ、つながっているみたいな感覚だけが、残っている。
もう少し。
あと少しだけ、この温度に包まれていたい。
——そう思った瞬間。
ふっと、離れていく。
さっきまで重なっていたはずの距離が、
何の前触れもなく、ほどける。
体温が、逃げていく。
置いていかれるみたいに。
ベッドが、軽くなる。
——さっきまで、あんなに重かったのに。
「ねえ」
離れかけた背中に、声をかける。
少しだけ、間が空く。
「……なに?」
「もう少し、そばにいてほしい」
「え? ……もう一回したいの?」
——違う。
(少し間)
「……そうじゃない」
「どうしたの。よくなかった?」
優しい声で、そう聞かれる。
「……よかったよ」
「そっか」
ほっとしたみたいに笑って、
軽く、キスを落とされる。
「先、寝てていいよ」
やさしい言い方。
そのまま、離れていく。
換気扇の音。
それから——ライターの、小さな音。
ほんの少しだけ、煙の苦い匂いが混ざる。
さっきまでの温度を、かき消すみたいに。
同じ部屋にいるのに、
すごく遠い。
目を閉じる。
まだ、さっきの温度が残っている気がして。
シーツに顔を埋める。
——探してしまう。
でも。
もう、何も残っていない。
苦い匂いだけが、かすかに漂っている。
何度も、同じことを繰り返してる。
満たされて、
ほどけて、
置いていかれる。
ちゃんと、幸せだったはずなのに。
さっきまで。
あんなに、満たされてたのに。
「……」
小さく、息を吐く。
胸の奥が、少しだけ重い。
寂しい、なんて。
そんなふうに思うのは、
きっと、間違ってる。
だって。
求められてる。
触れられてる。
ちゃんと、好きだと思える時間もある。
それなのに。
どうして。
こんなに、静かに苦しいんだろう。
うまく、息ができないみたいに。
理由を探そうとしても、
うまく言葉にならない。
足りないわけじゃない。
——私が、変なのかな。
もっと軽く、いられたらいいのに。
何も考えずに、
ただ、その時間だけで満足できたら。
そうできない自分が、
少しだけ、重たい気がして。
「……」
ひとりぼっちみたいだ。
声をかければ、たぶん返ってくる。
触れれば、たぶん応えてくれる。
それでも。
それだけじゃ、足りないなんて。
思ってしまう自分が、
いちばん、よくわからない。
ぎゅっと、シーツを握る。
さっきまでの気配は、もうどこにもない。
なのに。
胸の奥だけ、
変に、熱いままで。
——どうして。
満たされているはずなのに、苦しいんだろう。
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あたたかい気持ちは、ちゃんと次の一杯になります。