世界と、コーヒーの香り
コーヒーの香りが私の人生にとって欠かせないシステムの一部になったのは、いったいどの時点でのことだっただろう。
たぶん、二十代の半ばのことだ。当時の私は、世界中をあてもなく彷徨いながら、人生という名のいささか複雑すぎるパズルを解き明かそうと格闘していた。それはある種の、静かな戦争のようなものだったかもしれない。
異国の街角で口にしたコーヒーには、いつも特別な重みがあった。
カナダの凍てつく雪山で啜ったカフェラテ、ミラノの喧騒に紛れて飲み干したエスプレッソ、パリの午後の雲に似たカプチーノ。そして渋谷の片隅で出会ったジャマイカのブルーマウンテン。
それらの香りは、今でも私の記憶の奥底に、まるで古いレシピ本のように重く深く、鮮やかに刻み込まれている。
