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永倉新八と栗田鉄馬

今日は朝からちょっとした冒険をした。

北海道博物館で開催されている「永倉新八と栗田鉄馬」へ行って来た。
新選組二番組組長永倉新八と会津藩士で維新後に絵師として活躍した栗田鉄馬の二人が歩んだ幕末と近代の展示会であった。

二人共に晩年は北海道で過ごし大正時代まで生きて北海道で亡くなった。

永倉新八は新選組でも古参幹部で小説や新選組の映画やドラマに出て来る人物で明治維新後も長く生きて、新選組のことを長く語り継いだ人物としても有名だ。

栗田鉄馬は会津藩士として幕末は京都や戊辰戦争を戦い抜き、維新後は辛酸を甞めつつ、札幌で絵師となり開拓使等で多数の記録を絵で描き残した。

そんな二人の人生を知ろうと展示会へ、15日で終わりなので、これを見逃がしたら一生見られないだろうと思い、朝思い切って出かけたのだ。

地下鉄で端から端まで行き、そこからバスに乗り換えて行く。
バスは都市間バスには乗ることはあっても、路線バスは滅多に乗らないのでちょっと心配であったが、リサーチをして行ったので極めてスムーズに行けた。

リサーチしていなければバス乗り場すら判らず困ったことであろう。

自宅から1時間程度で北海道博物館へ到着した。

ここに来たのは自衛官として18歳くらいで制服でなんとか研修で来たのと、某「軍学者(自称)」を案内して来たくらいだと思う。

どっちにしてもかなり久し振りであった。

開館間もない時間であったが、小学校がたくさんの児童が来ていて超うるさかった。

なんか心配になった・・・・じっくり、ゆっくり見たくて平日に来たのに・・・。

入場料1000円を支払い、特別展示室まで・・・不案内なので階段を上ったがエレベーターあったのね・・・。

開館して間もないので入口には見学者が並んでた。

私はじっくりゆっくり見たいのでじーーーーっと入り口付近から年表を見た。

永倉と栗田は同い年だったんだ・・・・二人が写る札幌で撮影された一枚の写真があった。

展示物は複製が多くてちょっぴりガッカリした。
当初、幕末の新選組の資料も『複製』ってあったけれど、土方歳三の鉢金の刀傷とか、実物のあの有名な土方歳三の複製写真が展示されていて、「こんなに小さな写真だったのか・・・とちょっと実物(精密複製だが)興奮して見た。

近藤勇の鎖帷子とかもあったり、興奮しながらゆっくりゆっくり見学して行くのだが、小学生が集団でやって来て・・・ワイワイ・・・多分何か課題を出されているのかノートを取りながら来ていたが、きっと新選組も永倉新八のことも、ここに展示してある物のことなんか全く判っていないだろう。
説明文の漢字も読めないでいるのだから、学習させるならちゃんと解説とかしてあげる大人が同伴しないと、ただ騒がしいだけだし心に残ることもないだろう。

俺なんて何度ぐっときて涙腺が緩みそうになったか・・・。
中島登の描いた新選組の絵巻は以前函館の五稜郭まで見に行ったが、ここでも展示してあった。

貴重な新選組の資料が北海道で見られる機会はほぼないので嬉しくもあり、もうじーーーっと時間をかけて見て回った。
戊辰戦争の会津藩の弾薬箱と弾丸の大きさに驚き・・・これ城内で弾を溶かして再利用した弾だったんだよね・・・。

栗田鉄馬に関して予備知識は全く無かった、絵師として明治初年から開拓使に雇われ、記録として多数の画を残していたこともあって、アイヌの画も貴重なものが多く、私が驚いたのはアイヌが飼っている子熊にアイヌの女性が授乳させている画だった。

「羆の赤ちゃんに人が授乳させている・・・」なんか凄いよね。

永倉も栗田も剣術で知り合ったようで、剣術の資料もあった。

永倉新八って松前へ帰って養子に入って「杉村義衛」と改名したが、館藩の軍曹になったり「小隊曹長」になっていたりしたのは初めて知った。

ちゃんと辞令が残っているんだね。

この時代のことは軍制的にもかなり興味が沸いた。

永倉新八って晩年のエピソードが面白く、孫が語り継いでいる。
酔うと下帯一枚になり、弾の跡とか負傷した傷を家族に見せていたとか・・・。

永倉の貴重な資料、晩年の遺品は大切にされて来たのだろう、たくさん残っていて逸話も多い。

なんだかんだ2時間以上かけて見学したが・・・・もうね疲れ切ってしまった。

本当なら博物館の常設展示と近くの開拓村のチケットを買うと安く見学できるから、チケットを買って開拓村の写真をいっぱい撮って紹介しようと思っていたのだが・・・・具合が悪くなってしまって・・・。

実は特別展の見学の最中も眩暈と具合が悪くなっていて・・・。
トイレへ行って鏡を見たらメチャクチャ顔色が悪い・・・。

売店で図録を1000円で買う。

買いたいグッズもあったけれど・・・土方の刀のペーパーナイフとか、近藤や土方の実物精密複製写真とか・・・でも止めておいた。

開拓の村とかは断念して博物館の外に出るとちょうどバスが来ていて・・・開拓の村で「屯田兵定食」を食べる予定を取り止め帰路に就く。

なんなら新さっぽろ付近を散策しようかとも思ったが、かなり容態が悪くなって行く。
バスに酔った、来る時はそんなことなかったのに、かなり吐き気が・・・。

駅からは寄り道せずに帰ったが、食事も出来ずにただ横になっていた。
もう、こういうのも行けないな・・・今年は安彦良和展へ苫小牧まで行ったりしたけれど、疲れ方が尋常じゃない。

結局写真もほぼ撮らず、このリポートが思い出になった。

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戦車兵 チップありがとうございます!!無理なさらず御覧頂けたら幸いです。