つれづれ日記③ サカナクション 山口一郎さん フジファブリック 志村正彦さん 心の周波数 はじめまして、の出会い。
(かなりつれづれに書いておりまして、だいぶ話し飛んでます(笑)あしからずです
ひさびさのnoteです。
最後のnoteからもう4ヶ月?ぶり。
この4ヶ月で
私自身の周りの状況は
天地がひっくり返すくらいの変化の連続。
全て書いてみたいけど
身バレ(笑)?するかも?
だから
控えときます(笑)
変化の連続の中で
トップクラスに上がったのが
サカナクションの
山口一郎さんに
出会ってしまった
こと。

いっくんくん
↑山口一郎だから、いっくん(笑)(山口一郎さん自身が、いっくんくんと呼んでる)
は、アイドル的に推してる分けではありません。
まず始めに、
鬱と闘っている最中の
いっくんくんの思想に
YouTubeの発信から、
非常に共感しました。
さらにサカナクションの
歌詞と
音の全てが
常に嵐のような
私の中の脳内を
優しく、包みながら、
でも
サーッと
駆け抜けていくような
サウンドと
いっくんくんと
メンバーのコーラスの
声で
うずくまってる
心の中が
深い海の中に
自分がフーっと浮かんでは
沈んでたり
時には
深く潜ってて
そこに潜ってたくて
なんかずっと
その海の中に
包まれているような
感覚になる
サカナクションは
そういう感覚を感じれる
多分、
いっくんくんは、
繊細な感覚と
細やかで過敏な神経というか
さらにストイックな方で
いつもアンテナや
感覚が
本質的に
研ぎ澄まされてきている方
なのだと感じる
歌詞を書く時は
いっくんくんの中にあるものもあるし、
文学的な感覚もありますが
こんなに
声と音と言葉が
シンクロしてる
最近のアーティストは
全く出会って無かったと
感じた。
私は元々
音楽が大好き。
アイドル雑誌の
明星(今はmyojo?)
のヤンソン(裏が日ペンの美子ちゃんのヤングソング(笑)
に載ってる曲、
全部シングル買いまくり。
ラジオは
聴き漁り、
しまいにはラジオ番組に
しょっちゅう
リクエストやらして、
ハガキ書いたり、
生放送で電話で
DJとしゃべったり
なんかもしたことも。
でも、やがては
80年代の
山下達郎松本隆や
EPOやカシオペア
スペクトラムからの
何故か
ミュージカル音楽
1900年代の
アメリカやヨーロッパの映画音楽
さらに宝塚もはまる(笑)
(真矢みきさんが花組トップでむっちゃ綺麗やった)
また洋楽オールマイティにはまり、
1周回って
介護の仕事からの
昭和歌謡の良さに気がつき、
ようかいのらっぱー
と
さらに
サンバを歌いながら
演奏し、
サンバを
踊っています(笑)
そして
バンドをしてからの
昭和歌謡に戻ってきた。
そんな自分は
ここ10年以上近く、
本当に感動して
聴く音楽には
出会って無かった
が
サカナクション山口一郎に
出会ってしまった
きっかけは
前の職場で
働いていた方が
サカナクションのLIVEグッズの
マスキングテープを
いつも貼って書類をくれた
とってもテープのフォントが
カッコ良くて
おもわずYouTubeで
調べると
「新宝島」。
ようかいねえね(当時11歳)、ようかいげん(当時3歳)は
あまりにもMVに
大ウケのドハマり。
さらに
「忘れられないの」
「ショック」
「バッハの旋律を
夜に聴いたせいです」
「さよならはエモーション」
まで
何故か全て、
4歳男児の子どもに刺さり
歌詞まで歌える
毎日朝から晩まで
見せろとせがまれ、
今までに多分、
合計2000回以上は
見てる
そこから、
いっくんが
鬱を抱えての
復活をした後だと
私は初めてきいた。
ちょうどそのころには
ようかいバンドで
怪獣を演奏することになり、
なんと
ベースのあみちゃんを
やることに…
(それまで死ぬほど
練習しましたが、
まだ未だにそっくりさん…(泣)
↑(アニメ チ。の主題歌。この作品は、地球とチ。を宇宙と大地で繋いているような歌詞なよう…)
怪獣の曲があまりに
ハイレベルなため、
山口一郎さんの
エピソードなど
知りたいと思い、
そこから解説配信を見るようになる。
山口一郎さんの辿った音楽や影響受けたアーティストを
知り、
また聴くようになる。
その中に
フジファブリック 志村正彦さんの、影響があったとのこと
私が全く聴いていなかった音楽だった
そのころは
EPOや山下達郎やスペクトラム、渡辺香津美やなどの
インストや
サウンドが古くても、
古さを感じず、
今の言われてる
アーバンミュージック的で
サウンドとしても最高なので、
ずっとそちらを聴いていた。
どちらかといえば、
フジファブリックは、
FMラジオの
毎月のパワーチューン!
的な存在で、
CMにもかかっていたので
大衆的に感じてしまい、
サカナクションも含めて、
音楽として、
全く受けつけていなかった

フジファブリックの
志村正彦さんは、
2009年のイブに
この世を去ってしまわれました
でも、
この方は
どの作品も
「技術的上手さのくせを
感じることがなく」
「歌詞と声とバンドの音で
歌詞の、意味と風景と情景と
肌感覚とかが
はっきりと
一瞬で
私のまわりが
タイムリープなんかじゃなくて、
18〜20歳くらいに
戻ってしまう感覚の」
声。
で、
びっくりした、
としか言えませんでした。
↑「茜色の夕日」。(一瞬にして、1997.98.99年くらいの高校生後半〜18.19歳の感じの世界の心の情景に戻されて衝撃を受けました)
フジファブリックの
志村正彦さん
から出ている
心の世界は
山口一郎さんと
同じ
心の
周波数の
を
感じる
方でした。
かなり
山口いっくんくん
並みに
繊細な心の
持ち主で
かなり
生きづらさを
感じていたのでは
と、感じました
でも
心でつながれる方なので
ようかいファミリーの私は、
志村正彦さんは
今はここにいなくても、
必ずもう既に生まれてきて
どこかにいてはると
感じます
↑「目が明く藍色」。
(旋律はサカナクションなのに
世界感が志村正彦さんと同世代の空気感で、同じ世界で生きてるように感じる)
そして、
私は
山口一郎さんの
話しから、
声の中に
不思議と
今は亡き
フジファブリック
志村正彦さんの
心の響き
を感じ
志村さんも、
またサカナクションの
山口一郎さんも
私達ようかいファミリーのように
心の周波数を
敏感に
感じとる
方々なんだな
と
音楽として聴いた、
というよりも
「今、2026年のこの時に
出会ったんだなー」
と、納得しました
そして、
かきあぐねていた
noteを再び再開するきっかけになりました
山口一郎さん
志村正彦さん
に
サカナクションさん
フジファブリックさん
に
出会えて、
また1つ、
人の心と心を感じ合って
深い人生を歩むことができたような
でも、
私も
この辛い年号の年(1979.1980年)に生まれ、
当時の高校生から2000年初期の苦しみの、
日々と、
情景や
その周辺の匂い
暑さや寒さなどの
天気や
肌感覚
頭の中や
辛くて
フリーズしてた
記憶まで
はっきり 浮かびました
そこまで表現できる
サカナクション
フジファブリック
これからも
私、
ようかいかあか
の
血や肉なり、
さらに
わたしの
心の周波数が
高くなり
ようかい味
を増してくれました
ずっと聴く曲になりました
「山口いっくんくん、
志村正彦くん、
はじめまして。
同い年の
ようかいかあかです
出会えてうれしいです
すごく
こころの
深いところの
詩と音を
本当にありがとう
これからも
おないどしで
なかよくしよね
これからもよろしくね…」
