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【映画レビュー】『しあわせな選択』

会社を首になって追い詰められた男の暴走。家父長制を背景にブラックな笑いに彩られたサスペンス

パク・チャヌク監督は好きな監督の一人だ。「JSA」「オールド・ボーイ」「復讐者に憐れみを」「親切なクムジャさん」「サイボーグでも大丈夫」「渇き」「イノセント・ガーデン」「お嬢さん」「別れる決心」とほとんどの監督作は観ている。どれも際立つ個性を持ち印象に残る映画だった。

そのパク・チャヌク監督の最新作が「しあわせな選択」。ドナルド・E・ウェストレイクの「斧」という小説が原作。今から20年以上前に出版された小説で、2005年にコスタ=ガブラスが一度映画化している。


あらすじ
製紙会社に25年間勤め、今は管理職として働くマンス(イ・ビョンホン)。妻と2人の子供と2匹の飼い犬とともに、郊外の大きな家で何不自由ない生活を送っていた。ところが、ある日突然会社から解雇されてしまう。必死に再就職先を探すが思うようにいかず、次第に追い詰められていくマンス。そこで彼は一計を案じる。ライバルがいなくなれば、きっと仕事が手に入るはず……。


原作は未読なので詳しくはわからないが、コスタ=ガブラス版は原作に忠実だったらしい。しかし、本作は大胆にパク・チャヌク流のアレンジが加えられているようだ。

映画の冒頭は、主人公マンスの満ち足りた生活が描かれる。郊外の大きな家に住み、妻、2人の子供、2匹の飼い犬とともにバーベキューをしている。勤続25年のお祝いらしい。そこで焼くのは肉ではなくウナギ。それに関連してマンスと妻はエッチなジョークを言ったりする。ここで早くも私はクスクス笑ってしまった。

そうなのだ。この映画にはユーモアがタップリ詰まっている。それもブラックでシニカルな笑いだ。パク・チャヌク監督の過去作でも、笑える要素はたくさんあったが、ここまでユーモアに彩られた作品は珍しいのではないか。おかげで全編笑いっ放しだった。

そんな満ち足りた生活を送っていたマンスだが、製紙会社を外資が買収したことから、あっさり首になってしまう。製紙会社にこだわるあまり再就職もままならず、彼はどんどん追い詰められる。妻は家を売ろうと言うが(この奥さん、けっこうたくましい)、生家を買い戻しただけにマンスは手放したくない。娘はチェロを習っているが、「才能があるからもっと有名な先生に教えてもらえ」と先生に言われ、そのレッスン代もバカにならない。督促状も家に届くようになる。

そこで困ったマンスは途方もないことを思いつく。自分と同じように製紙会社を首になり、再就職をもくろむライバルを消せば、自分が浮かび上がるはず。彼はその考えを実行に移す。

というわけで、食い詰めたサラリーマンが連続殺人を企図するというサスペンス。「いやいや、いくらなんでもそれは強引でしょう」と言いたくもなるが、観ているうちはそんな荒唐無稽さを意識しない面白さだ。毒気たっぷりの笑い、やり過ぎとも思えるほど過剰でケレン味たっぷりの演出、鮮烈な映像(斬新なカメラワークが光る)、異常なまでの細部へのこだわり、そして予想もつかない展開でまったく目が離せなかった。

パク・チャヌクの映画と言えば「オールド・ボーイ」「復讐者に憐れみを」「親切なクムジャさん」の“復讐三部作”でもおなじみのように、強烈なバイオレンス描写が持ち味。本作でも、マンスがライバル抹殺計画に手を染めるあたりから、バイオレンス描写が目に付く。しかし、同時にそこには笑いがあるから、目を背けるほどではない。バイオレンスと笑いのバランスが実にいいのである。

例えば最初の犯行。狙った男とその夫人がラブラブなので、なかなか手が出せないマンス。ところが、なんとその奥さんが浮気していたことから、予想もしない展開にもつれ込む。三者がくんずほぐれつする壮絶なバイオレンス場面は、皮肉な笑いにも彩られ、何だかとっても面白い。

浮気と言えば、マンスが奥さんの浮気を疑う場面もある。バイト先の歯科医が年下のハンサム男なのに嫉妬し、妻が参加した仮装ダンスパーティーに出かけ、帰ってきた妻に「下着を脱げ、匂いをかげば浮気したかどうかわかる」と迫る。もぉ、バカですなぁ。失業して追い詰められると、こういうバカなこともするわけです。

まあ、これ以上詳しく書くとこれから観る人に悪いので書きませんが、傑作なエピソードのオンパレードです。

さて、本作の背景にあるのは「男は家族を養わなければならない」という家父長制的な考え方だ。「いまどき古いよ」と思うかもしれないが、実際のところまだまだそういう考えがはびこっているのではないか。本作のマンスも、そういう考えにとらわれている。だから、妻がパートに出るようになり、家を売る相談を始めると、焦ってとんでもない行動に走ってしまう。もちろんマンスのような例は極端だが、それにしても似たような思考にとらわれる人はいそうだ。

また、マンスがそうなるに至った事情もパク・チャヌクの視野に入っているに違いない。外資が企業を買収し、徹底したリストラを敢行するというのは国を問わずよくあること。そこであっさり首を切られる人はたまったものではない。現代の資本主義のどす黒い陰の部分を、このはじけたサスペンスドラマはあぶり出す。それらはもちろんあくまでも背景であり、ストレートなメッセージとして発せられるわけではない。それでも、確実にスクリーンのこちら側に伝わってくるものがある。そのあたりはポン・ジュノ監督の作品とも共通するものがあるかもしれない。

途中から主人公はどんどん暴走していく。思いもかけない行動に出る。そして終盤、事態は混沌として警察もマンスの周辺に現れる。そんな危険な兆候の中で、最後の犯行で穴を掘るマンスのシーンと、マンスの犯行を疑い自宅を掘り返す妻のシーンをリンクさせた場面も、なかなかよく考えられている。

ラストシーンは工場。と言っても、そこはAIが支配してほとんど無人となった現場。そこに立つマンスの複雑な表情。これからの社会を暗示しているようで、何だか薄ら寒くなってしまったのである。

主演のイ・ビョンホンは、「JSA」でもパク・チャヌクとタッグを組んでいる。すでにいろいろな役ができることを証明しているが、大真面目目な演技で笑いをとるところは、パスター・キートンあたりの演技を思い起こさせる。見事な演技だった。

妻役のソン・イェジンの演技も魅力的だったし、マンスのターゲットとなるライバルを演じた俳優たちの演技も存在感たっぷりだった。

いつもより笑いは多めだが、これぞまぎれもなくパク・チャヌクの独自の世界。慣れていない人の目にどう映るかはわからないが、私のようなパク・チャヌク大好き人間には、十二分にその世界を堪能できる一作だった。

◆「しあわせな選択」(NO OTHER CHOICE)
(2025年 韓国)(上映時間2時間19分)
監督・脚本:パク・チャヌク
出演:イ・ビョンホン、ソン・イェジン、ヨム・ヘラン、パク・ヒスン、イ・ソンミン、チャ・スンウォン、キム・ウスン、チェ・ソユル、イ・ヨンニョ、オ・グァンノク
*TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開中
公式ホームページ 
https://nootherchoice.jp/
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●鑑賞データ
2026年3月12日(木)ユナイテッド・シネマとしまえんにて。午前11時20分より鑑賞(スクリーン9/F-11)

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