[タル・ベーラ監督追悼]上映時間7時間18分の傑作映画『サタンタンゴ』を観るべき「10」の理由(ネタバレなし感想と助言)

※タル・ベーラ監督が2026年1月6日に亡くなりました。2019年9月に「カゲヒナタの映画レビューブログ」で掲載した記事を修正・追記をした上で再掲します。この記事は完全に無料で読めます。

あなたはご存知でしょうか?上映時間が7時間18分もあるという、とんでもない映画があることを。 そんなわけで、今回は『サタンタンゴ』を紹介します。

個人的評価:9/10 一言感想:唯一無二の映画体験をあなたに

経済的に疲弊して疑心暗鬼が蔓延した村に救世主がやってきます。

あらすじ

まず、箇条書きで端的にこの『サタンタンゴ』のアピールポイント……いや、“観る前の心構え”を示しておきましょう。


この心構えが必要である


1:途中2回15分休憩あり(劇場によっては2回目が25分休憩になるらしい)
2:鑑賞料金は3900円(前売り券だと3600円)(でも観終わると安く感じるよ!本当だよ!)
3:映画としてマジで傑作(米映画批評サービスのRotten Tomatoesでは100%、IMDbでは8.5点)
4:今のところ各映画館では1日1回のみの上映(この上映時間だから仕方がない)
5:疲れるどころか疲れがとれるセラピー効果あり

『サタンタンゴ』を観る前の心構え6ヵ条

特に6.を強く訴えておきます。 どうしたって1日仕事になってしまう尋常ではない上映時間であり、「それは幾ら何でもキツい」「わざわざ疲れる思いをしたくない」と思う方もいるでしょうが、なんか鑑賞後は元気になっていましたから。(そのセラピー効果がある具体的な理由は後に記します)

あと、休憩時のために軽食を用意したほうがいいですね。 上映中の(他店舗の持込による)食事は当然マナー上NGですが、渋谷・イメージフォーラムではロビーでは食べてもOKという張り紙もあるようです。 オススメは食べこぼしなどがなくなるであろうゼリータイプの栄養機能食品ですね。

もう1つ助言として、休憩時には軽くストレッチした方がいいでしょう。 長い時間座っているわけですから、下手をすればセラピーどころか腰などを痛める可能性があります。しっかり身体をほぐしておきましょう。

また、劇場では満席が相次いでいるので予約推奨ということです。 劇場の数がそもそも少ない上に、1日1回上映なのでそれも当然ですね。 <劇場情報はこちら> ※各劇場の公開期間も非常に短いので注意しましょう。

あと、この上映時間なので寝てしまわないかと心配になる方もいるとは思いますが、なんなら少し寝て休憩しても別にいいと思う。 寝るのは作品に失礼と、勿体無いというご意見ももっともなのですが、さすがにこの上映時間だとね……(白状すると自分も2回ほど軽く意識が飛びました)。

そんな訳で、上映時間でも鑑賞料金でも、色々な意味で観るハードルが高い『サタンタンゴ』ですが、それでも観て欲しい理由を以下に記して行きましょう。

こんなにも長い『サタンタンゴ』を観てほしい10の理由

1:みんなでマラソン的感覚が味わえる唯一無二の映画体験だから

前述した通り本作『サタンタンゴ』には途中2回の15分休憩があります。自分の試写で観た時の実況ツイートがこちら。

※リプにある「まだ2時間」は「もう2時間」の間違いです。ごめん。

また、参加者たちの休憩時の反応を聞くだけでけっこう楽しい案件で、30〜40代くらいの女性2人から1回目の休憩の時「全然いけるわね!」「余裕!」と言った会話も聞こえたりしていました(自分も同じ気持ちです)。 この休憩を含めれば8時間近い時間をみんなで一緒に体験するという、ある意味でマラソン的な感覚が味わえるのもこの『サタンタンゴ』の大きな魅力と言えるでしょう。

2:内容を端的に紹介すると面白くなさそうなのに不思議と面白いから

『サタンタンゴ』の物語を端的に記すと、「経済的に行き詰まって疑心暗鬼が蔓延している村に救世主がやってくる」というものです。 しかし、その救世主がやってくるのは映画の終盤。つまりは4時間くらいは鬱々とした村の様子を映し出すことになるのです。

聞くだけでゲッソリしそうなところですが、実際に観てみるとこれがぜんぜん飽きないし、なんなら面白く感じられるのですから不思議です。

さらなる『サタンタンゴ』のもう1つの大きな特徴は、カットを割らずに映し続ける「長回し」がとても多いということ。 実はこの上映時間であるのにカット数は150しかないんですよ。

単純計算で1カットの平均は約3分間になります。 例えば、太ったおじさんがすっ転んで起き上がろうとするだけでめちゃくちゃ長〜く映していますからね。 そんな映画が面白いのかよ!と言われそうですが、本当に面白いんですって!めちゃくちゃ続きが気になるんですって!

3:コミュニティが崩壊していく物語であるから

『サタンタンゴ』の内容を端的に紹介すると面白くなさそうなのに不思議と面白いという、その具体的な理由は、非常に言語化が難しいのですが……1つ挙げるであれば「コミュニティが崩壊していく様子をじっくりと映しているから」ということでしょうか。

村人たちそれぞれは胸に秘めた想いがあり、次第に彼らは望まずして破滅の道を辿っていく……しかし、彼らなりに希望や未来を信じている(それは幻想かもしれない)ということが、じっくりと時間をかけて描かれているんですね。

いきなり1つのコミュニティが崩壊することはめったにないけれど、あらゆる要素がゆっくりとゆっくりと積み重なると、その崩壊は起こりうる……。 それは現代社会の風刺とも言えるでしょう

4:気が遠くなるほどの長回しこそに“意味”があると思わせるから

前述した長回しで映しているのは、人が歩く姿であったり、酒場で踊る人々であったり、牛のゆっくりとした歩みであったり、それだけ切り取るとストーリーとは直接は関係ないように“見える”ものです。

しかし、その長回しには村人たちの住む“世界”の“閉塞感”や、それだけではない“何か”が存分に見えてきます。 画面の端々に映る動物や、彼らの行動の全てに“意味”があるかのようにも思えてくる……これはただダラダラと映しているのでは到底あり得ない、映画としての豊かさでしょう。

5:モノクロームの画の1つ1つが贅沢な芸術作品のように美しいから

基本的に雨の降り続けるジメジメした村を映しているのにも関わらず、画の1つ1つにはポストカードにしたいくらいの統制された美しさをみることができました。

しかも今回は4Kデジタル・レストア版であり、なんと300時間以上もかけて傷や汚れを取り除きながら、オリジナルフィルムの質感を可能な限り残して製作されたのだとか。 モノクロームの画の1つ1つが贅沢な芸術作品のよう。だからこそ、劇場で堪能してほしいのです。

6:“蜘蛛の糸”のような構成も手が込んでいるから

本作は全12章からなる物語であり、「前半の6章は複数の視点で1日の出来事」を、「後半の6章は救世主が村に戻ってきてから」を描くという構成になっています。

この構成はタイトルにある“タンゴ”の踊りのステップである「6歩前に、6歩後へ」を元にしたものです。 さらには、その前半の6章では時系列が入れ替わって展開しており、同じ場所の出来事を複数の視点で見せるという『パルプ・フィクション』や『羅生門』的な構成にもなってるのです。

「あの時の○○が別の視点では○○になっている」ということに驚きがありますし、ミステリーとしてもしっかり興味を引く内容になっています。

この構成は例えるなら“蜘蛛の糸”。その糸は過去はや未来にも繋がっていて、登場人物をがんじがらめにしてしまうかのようです。 章のタイトルに「蜘蛛の仕事 その1」「蜘蛛の仕事 その2」とあるのも、そのことを暗示しているのでしょう。

7:深読みができる面白さもあるから

本作には具体的な説明セリフはほとんどなく、“何が起こっているのか”さえも不明瞭です。 でも、不条理な出来事に翻弄されまくる人々の姿と、全体を包む不穏な空気のおかげで理解ができなくても面白いですし、何よりもゆったりとしたテンポのおかげで「いろいろと考えながら観る余白」があるのです。

途中から登場する“救世主”の正体についても……いろいろと思慮を巡らせてみても面白いでしょう。 また、ネタバレになるので詳しくは書かないんですが、終盤で「えっ?」と驚く“ある視点”で語られる場面があるんですよ。 トリッキーでもあり、またとんでもない皮肉にも思えるこのシーンにも味わい深いものがあります。

また、1つ豆知識を。 かつてハンガリー王国はオスマントルコ帝国の欧州侵攻を食い止める防波堤として何百年も戦ってきており、劇中の教会の鐘はそのトルコ軍が攻めて来ることの文字通りの“警鐘”なのだそうです。 しかし劇中の舞台は1980年代なので、言うまでもなくトルコ軍など攻めてきません。では、何を警鐘しているのか……?と考えてみても、また面白いでしょう。

8:達成感が半端ないから

この“達成感”こそが、『サタンタンゴ』において最も重要と言っても過言ではないかもしれません。 7時間18分、休憩を含めれば8時間近い時間を乗り切った、やったぞ俺……!と自分を褒めたたえたくなるんですよ。

ラストシーン、「これは…終わるぞ、終わるのか?いや終わるだろ!終わったー!やったー!」という、映画本編とは違うところでの感動がありましたから。 これについてはプロレスラーであるスーパー・ササダンゴ・マシンのコメントが素晴らしいですね。いや本当、自分も履歴書に「『サタンタンゴ』を完走しました」って書きたいもん!

ジム・ジャームッシュやマーティン・スコセッシや有田芳生などに連なり、スーパーササダンゴマシンのコメントが載っているのは間違いなく名前が理由というのが素敵ですね。

9:明日元気に過ごすためのセラピー効果が得られるから

初めに掲げたようなセラピー効果があるのも、その達成感が主な理由なのだと思います。 ただ座って映画を観ているだけなのに、何かを成し遂げたという自信は心を軽くしてくれる……そんな精神的なプラスの効果が『サタンタンゴ』には確実にあるのです。

さらに、前述した通り本作は「コミュニティが崩壊していく」という後ろ向きで暗い物語が紡がれているのですが、むしろその退廃的な内容にどっぷりと浸かることで、現実で前向きに生きる勇気と希望がもらえる内容でもあると思うのですよ。

『サタンタンゴ』を観た翌日は肌ツヤが心なしか良く、ずっと元気に過ごすことができました。 明るく過ごすためには、一度思いっきり暗い何かに触れてみるのもいい……『サタンタンゴ』は逆説的にそんなことを教えてくれるのかもしれません。

余談ですが、このセラピー効果は絶賛の嵐だったインド映画『バーフバリ』を思い出しました。みんな「体調がいい」「肌の調子がいい」などと健康報告をしていましたからね。

10:『ヘルボーイ』の「サウナ試写会」よりはぜんぜんハードルが低いから

突然ですが、先日9月27日公開予定の『ヘルボーイ』のサウナ試写会というどうかしている(褒めてる)企画に参加してきたんですよ。

結果としてはもう本当無理だったんですが、同時にこう思いました。 上映時間7時間18分の『サタンタンゴ』(15分休憩2回)なんてぜんぜん余裕!なんならもっと観たい!と 休憩含めて2時間30分の『ヘルボーイ』in サウナ(3分休憩10回)はその250倍はしんどいぞと!

いいですか、『ヘルボーイ』の地獄のサウナ試写会に比べれば、『サタンタンゴ』なんて天国の体験なんですよ! だからみんな!上映時間に躊躇せず観よう!

補足いろいろ

この『サタンタンゴ』に1つ似ている映画を挙げるのであれば、Netflixで配信中の『ROMA』でしょうか。

『ROMA』と『サタンタンゴ』は、モノクローム映画、ゆったりしたテンポ、統制された美しい画、ミクロな視点でマクロな価値観を寓話として訴えている、劇場でこそ観たい内容など、共通点が多くみられますね。

また、『サタンタンゴ』の公式Twitterが優しいんですよ。 何しろ、観た人のツイート1つ1つに「お疲れ様でした」というねぎらいの言葉で引用リツイートをしていますから。8時間近い映画を、高いお金を払って観てくれたもんな……。

さらには有志で「#サタンタンゴアンバサダー」というハッシュタグ(非公式)が登場。映画を楽しみにしているファンが応援する流れができているのも素敵ですね。 なお、『サタンタンゴ』には英文学賞ブッカー国際賞を受賞した原作小説があります。残念ながら日本語翻訳版はない様子ですね。

さらに、『サタンタンゴ』を上映している渋谷シアターイメージフォーラムでは総上映時間が6時間21分という『アラビアンナイト』(全3部)も公開されています。

次回の『アラビアンナイト』の上映は9月23日(秋分の日)とのことなので、ぜひチャレンジしてみてはいかがでしょうか↓ ImageForumFestival2019|イメージフォーラム・フェスティバル2019

そして…上映時間が3時間54分の映画『象は静かに座っている』も11月2日(土)に公開予定となっております。

この映画を撮影したフー・ボー監督はなんと『サタンタンゴ』のタル・ベーラ監督のお弟子さんで、これが長編映画初監督作品であり、29歳の若さで亡
くなったために遺作にもなっているんですね……。

もはや『サタンタンゴ』の7時間18分を余裕でクリアーした自分にとっては、約4時間なんて何も怖くない。もちろん大期待して観に行きますよ。

【再掲載において追記】その『象は静かに座っている』を含めた以下のレビューを書きました。



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