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世界はいつも、少しだけ狂っている

この世界は
それなりに体裁を整えて
なんとなく秩序があるようなふりをして
存在している。

スマホに届く嫌なニュースすら
「嫌なニュース」というきれいな
ラベルを貼られて発信者の意図通りに
私たちの心に足跡をつける。

誰かが発信した情報を
誰かの意図通りに受け取って。

誰かが放った言葉を
字面のとおりに解釈して。

そうやって生きることが
たぶん一番「楽」なのだと思う。

そこにあるものを
ただそのまま感じていればいいだけだから。

だけど私は
そうやって世界と
関わることがずっとできないでいる。

世界の裏側や
人々が隠した本音を
常に探りながら生きてしまっている。

そうやって見つけ出した
空想の「真実」でなんとか
世界を正しく形作っていたはずなのに、
最近になってその世界は
静かに壊れていってしまった。

そして今、私の目に映るものは全部
ほんの少し狂って見える。

世界も、人も、全部。

少しだけ、狂って見える。

世の中の事象は
ある程度理解できるのだと信じていた。

なにも、「宇宙の理」みたいな
壮大な話を始めようとしているのではない。

例えば

なんで株価が上がったか?

どうして空は青いのか?

全部何かしらの理由があって
全部、説明がつけられる。

理解できない物事なんて
この世にはなくて
時間をかけて努力さえすれば
ある程度のことは納得できるのだろうと
そう、信じていた。

でもどうやらそうでもないらしい。

世の中にはどんなに頑張っても
理解できないことがある。

特に「人」のことなんて
考えても、考えてもわからない。



例えば「いじめ」

について考えてみたい。

いじめのきっかけは様々だろうが、
いじめる側の思考の中には
何かしらの理由が存在しているはず。

日々の鬱憤の解消のための憂さ晴らし

復讐のようなもの

それから

「なんとなく」

「なんとなく」が理由だなんて言ったら
憤慨する人も中にはいるだろう。

でも人の行動になんて
理由が存在しないことだってきっとある。

それなのに「なんとなく」という答えに
納得がいかない第三者は、
「そんなはずはない」と
躍起になって理由探しを始めたりする。

例えばいじめる側の家庭環境や
性格に焦点を当て、精神疾患や
心の病を疑ってみたりなんかして。

「なんとなく」で人は動かない。

「なんとなく」で
いじめなんてあってたまるか。

そうやって自分たちが
納得のいく理由を探して
人々は考察を繰り返す。

理由があったほうが安心できるから。

本当はそんなもの
どこにもないかもしれないのに。

私は他人のことを分析しがちだ。

分析を繰り返しては
この人はこういう人
という何らかのレッテルを
関わる全ての人にはっている。

この人は神経質だから
余計なことは話さない。

この人は人を見下したような
目で見てくるから下出に行こう

この人は人を評価しないから
気軽に話せる。

こんな風に、
貼り付けたレッテルを元に
その人との関わり方を決めている。

その方が楽だから。

その方が安全だから。

分析なしに人と関わるのは
裸で外に出るのと同じこと。

それくらい、他人を分析して
レッテルを貼ることは
私にとって重要なことだった。

だけどそれが
通用しないこともあるのだと
最近になってようやく気がついた。

半年ほど前から
好きかもしれない、と思う人がいた。

私はその人に会ってすぐ、
「話しやすい人」だと認識し
そのレッテルを貼った。

それからはメッセージのやり取りをしたり
会って話したりするほどに
彼のことを好きになった。

時々彼が吐く弱音や愚痴に
なんだか嬉しくなった。

その言葉が、彼は私に似て
少し弱い人なのだと思わせた。

私の思い描く彼の姿は
「いつもクリーンで爽やかだけど、本当は
少なからず闇を抱えている」
というもの。

いろんな情報を元に私が空想した
理想の彼は、いつの間にかほとんど
事実として私の脳に認識されていた。

出会いがエロ垢だったとしても。

浮気に誘って来るような人だったとしても。

私は私の頭の中にある
彼の理想像を崩さなかった。

少しずつ、
理想の彼に近づけていると思っていた。

エロ垢はもうやらないと言っていたし、
普通の雑談をメッセージで送っても
ちゃんと返事をしてくれる。

彼の趣味について話したら
興味をもってくれて嬉しいと
喜んでくれた。

性的な関係だけでなく
いくらかは人として
仲良くなれたと思っていた。

彼と接する中で
小さな違和感や不快な感情を
全く感じていなかったわけではない。

だけど

時間がいつか解決する。

今は生きるフェーズが違うから仕方ない。

そうやって違和感から
目をそらし続けていた。

私たちは似ている、
私たちは同類なのだと、
いつか気がついてくれるはずだ。

その時にはきっと、
もっと分かりあえるはず。

そう思っていたのに
今更になって理想の彼など
どこにもいないのだという認識に
かわり始めてしまっている。

彼が最近になって復活させたエロ垢は
理想の彼の姿とはかけ離れたものだったから。

彼のエロ垢は自分の自慰行為の動画を
投稿するというものだった。

私は正直言って
その行為を理解することはできなかった。

だって自分だったら
そんなこと恥ずかしくてできないし
そもそもそれで興奮するような性癖は
持ち合わせていない。

でもなぜか
受け入れることはできると思った。

きっと自分のセクシャリティを隠して生きることによる抑圧をそこで発散しているのだろう。

とか

ストレス解消法として
やむを得ず身につけたことなのだろう。

とか。

自分が納得のいく物語を作り上げて、
彼の行為を尊重しようとした。

だって自分だって似たようなものだし。

私はずっと、満たされない孤独感を
不特定多数とのセックスというかたちで
満たそうとして来た。

孤独感から目をそらすために、
知らない人とでも簡単に肌を重ね合った。

一瞬の温もりさえ感じられれば
心の繋がりなんていらないと思っていた。

そんな自分の心の構造と
彼のエロ垢運用の理由は
同じものなのではないか?

彼にも並々ならぬ理由があって
エロ垢を運用しているのではないか?

そんなことを、心の底から信じていた。 

本当はただ「なんとなく」
やっていただけかもしれないのに。

私は私が安心するために
彼の行動の理由を常に探し続けていた。

彼のエロ垢は復活を遂げてから
どんどん過激になっていった。

モザイクをかけているとはいえ
顔を映した動画を投稿したり、

自慰行為中の声が
収録されたままの動画を載せたり
するようになった。

投稿の頻度は増していき、
プロフィールの内容は頻繁に更新された。

年齢や肩書、住んでいる場所が
いちいち変わるがもはやその理由の
仮説を立てることすらできない。

投稿のたびに増えるフォロワー数。

過激なほどに多くつくいいね。

それらにどれほどの価値があるのか
私には想像ができなかった。

それに彼は有名人というわけではないが
趣味の特性上、
誰でも見られるSNSやインターネット上に
結構な数の写真や動画が上がっている。

かなりはっきりと顔が写っているし、
大勢の前で話をしている動画なんかもある。

明らかに身バレリスクは
一般の人より高そうに見える。

なのにどうして、そんなリスクを追ってまで
エロ垢の運用を続けるのだろう?

私が聞いた彼の目指している職業が
事実なのだとしたら
あまりにも都合が悪すぎる。

もはや理解の範疇を超えている。

何も考えていないだけなのかもしれないが
そうだとしたら浅はかすぎる。

私の描いた理想の彼の姿が
少しずつ崩れていく音が聞こえた気がした。

「なんとなく」でもリスクを負って
己の欲求を満たす人がいるのかもしれないと
ようやく理解ができた。

まだ子供だからなのかもしれない。

それを言い訳にできるほど
私と彼は年齢も社会的立ち位置も
生きるフェーズも違うのだ。

これが唯一の救い。

そもそも立っているステージが
違うのなら理解なんかできなくても
当たり前だからだ。

どう頑張っても理解できないものは
確かにそこにある。

その言葉を約半年の時をかけて
私はようやく腑に落とすことができた。

私が彼に貼ったレッテルは、
わけのわからない
自我と欲求にはねのけられた。

どんなに理解した気になっても
私の常識通りに、彼は動かない。

かわいい笑顔の彼の姿が
エロ垢のアイコンに覆い隠されて
もうそれが誰なのか
わからなくなってしまった。

もしかしたら、彼だけじゃないのかも。

私がこれまで貼ってきたレッテルは
ただの妄想でしかなくて他人の本質なんて
何もわかっていなかったのかもしれない。

なんとなく正しいと信じた社会そのものも
裏では多分、別の常識が動いているのだろう。

正しいと信じたものが
そうでなかったかもしれないと
突きつけられたとき
意味もなく涙が流れるのだと
この年齢になって初めて知った。

やっぱり世界はいつも少しだけ狂っている。

世界だけじゃない、
自分自身だって
本当は少なからず狂っている。

それなのに涼しい顔をして
さも「普通」のような態度で
正しそうに、ここに存在してる。

理解は時々、
私たちのことを裏切っては嘲笑う。

だったら私は、誰にも理解されなくていい。
それでもいつも通り生きていくだけだから。

この世の全てを理解できなくてもいい。
わからないことがあったって
分からないままで、生きていけるから。

だって世界も、

私も、

こんなにも狂っている。














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