見出し画像

【36歳からの人生の作り方】#24 15年越しの夢が形になる直前、編集者から届いた「恐怖のメール」

note創作大賞2026 オールカテゴリ部門 応募作品

36歳まで、わたしは「趣味で絵を描いていた専業主婦」に過ぎなかった。

それがイラストレーターになり、46歳で漫画家になり、51歳でインタビューライターになった。気づけば4冊の本を出し、NHKで教え新聞やテレビ媒体でコラムを書くまでになったのだ。

そして、36歳で離婚し、39歳で9歳年下の男性と再婚した。

36歳の自分に20年後の自分の話をしても、おそらく信じないだろう。

今までわたしが心がけてきたこと、やってきたこと、やらなかったことを、少しずつ書いていきたいと思う。

この冒頭から始まる記事も、今回で24本目となる。

最初の記事はこちらから

前回の記事はこちらから

10秒で読める「前回までの話」

20年前、趣味で絵を描いていた専業主婦のわたし。ライター講座をきっかけになぜかイラストレーターへ。36歳で離婚し、9歳年下男子Yと39歳で再婚。

Yの持病・アトピーが悪化し、退職してわたしの名古屋の実家へ引っ越す。Yはカメラマンに転身し、母との同居生活を経て独立。「ナゴヤ本」の執筆依頼が届き、15年越しの企画がモノになろうとしていた。

コロナ禍の2020年9月にリニューアルした
ナゴヤのシンボル・中部電力MIRAI TOWER(旧名古屋テレビ塔)
2022年、テレビ塔としては初めて重要文化財に指定


殺人的スケジュールに真っ青


6月中旬に届いたのは、本の担当編集・O氏からのメールだった。

陽菜ひなさん、本の出版予定は10月でしたが、コロナの第2波が来る前に出してしまおうということになり、1カ月前倒しすることになりました。原稿の進捗はいかがですか?」

顔から血の気がサーーーーッと引いた。

見本原稿として企画書と一緒に提出した4本以外には、10本ほど書いただけ。全部で50本完成せねばならないのに、まだ15本も書き上げていなかったのだ。

企画が通って、すでに4カ月が経過していた。

9月発売ということは、8月いっぱいはゲラチェックになる。つまり、7月下旬には原稿をすべて仕上げねばならない。残り1カ月ちょっとで35本ですと…???

原稿だけでもとんでもない量である。しかもわたしは、イラストや漫画も描かねばならないのだ。

不眠不休で描いても、間に合わんのではないか…。

そこで、ふと思った。

一冊丸ごとイラストを請け負うときって、ゲラ(入稿データを印刷所で印刷したもの)を読んで描くけど、あれは初校が出てるってこと?

「ということは、初校の段階ではまだ絵が完成してなくていいんですよね?ね?」と編集O氏に確認すると、その認識で合っているらしい。

それなら何とか間に合うかも。いや、間に合わせるしかないのだ。


3年前の化石から原稿を書く


それでも厳しいスケジュールであることに変わりはない。わたしは、怒涛の執筆を開始した。

まず、相手があることなので、取材を優先し、アポを入れた。まだわたしはZoomを使ったことがなく、ほぼ対面取材、一部メールのやりとりで進めた。

最初の取材から3年が経っていた。恐ろしいことに、当時は録音すらしていなかった。メモだけが残され、まとめてもいない。今だったらそんな雑なことは絶対にしない。

それなのに、メモを見た瞬間、3年前の熱い会話が生き生きと脳裏に蘇った。原稿は、|堰せき《》を切ったようにすらすらと書けた。

わたしはこのとき、自分が取材に向いているのではないか、と初めて感じた。


昼も夜もなかった2カ月


6月から8月は、大げさでなく、ベッドで眠った日がなかった。

眠くなるとそのままリビングでパタッと眠り、朝も昼も夜も関係ない生活。この頃から我が家では、家事のメイン担当がオットになった。

目覚めると体にはブランケットがかけられ、食事の支度ができていた。わたしが執筆に集中できるように、彼は全力でサポートしてくれたのだ。

甲斐甲斐しい彼の支えで、わたしは筆だけでなく命も繋げられた。

こうして、7月末までに、残り35本の原稿を書き上げた。8月に入ると、今度は怒涛のイラスト描きが続いた。

編集O氏からは「陽菜さん、本当に大丈夫ですか?間に合いそうになかったら早めに言ってください」と何度も訊かれた。

しかし、わたしはイラストに関しては幾度も修羅場をくぐってきている。

イラストはわたしの土俵だ。文章さえ無事に入稿されれば、もう何の心配も必要なかった。15年のイラスト歴をなめんなよ。

4度の入稿のたびにイラストは増えていった。わたしとオットと編集さんと校正さんの4人で内容のチェックも済んで、無事に本は完成した。

9月に入ると、今度は書店に置いていただくための色紙を描いて描いて描きまくった。

こうして出版された3冊目の本のおかげで、わたしの人生はさらに大きく変化していくこととなる。


苦節15年の本がコチラ。

現在、Kindle Unlimited会員特典に含まれているので(笑)、会員の方は追加料金なしで読めます。よかったらDLしてガンガン読んでね💕


おまけ:わたしの作ったゲラもどき


取材の際に見本として、書き進めている原稿を見せたら、何人かの取材相手に「こんなことまで一人でやってるなんて!!」と驚かれた。

というのも、わたしの本は、ページによってイラストの大きさや漫画のあるなしがあり、文字数も異なる。

自分のイメージ通りの紙面にするため、デザイナーさんが作ってくれたレイアウトに、毎ページ必要な要素を落とし込んで原稿を作っていた。文章、イラスト、写真、漫画のラフまで、全部だ。

と文章で書くだけではわかりにくいので、実物を載せてみる。

これが、デザイナーさんの作ったフォーマットに合わせて、わたしがPhotoshopで仮に作った原稿。(赤字はDTPへのコメント)

わたしが作った「仮原稿」
見出しとなごやん、4コマ漫画は仮で入れているだけで
全部、8月に新しく描き下ろした


たぶんここまでやる著者はほとんどいないだろう。単に自分がやらないと気が済まないだけなんだけど。

意外と完璧主義なのだ。

でも、これのおかげでDTPがスムーズだったと編集部に喜ばれたので、よしとしよう。

この仮原稿を「ゲラ」と呼んだ取材相手がいた。もちろん、これはゲラではない。けれど、確かにどこからどう見てもゲラにしか見えない。

こちらが実際にDTPで組んだもの(ゲラ)。最終版のイラストが全部入った最終形(4校)。

実際の本のゲラの最終稿、つまり書店に並ぶのと同じバージョン


日記を読み返したら、執筆時に感じていた不安が書いてあった。ちょっと長いけど引用する。

まだ物書きとして日の浅いわたしは、書店に並ぶ本を見ると、ここに自分の本が並べられて、同じように闘うのだという事実に気が遠くなりそうになる。

それはWebなどで、好きなことを好きなように書き散らかすのとは、全く重みが異なる世界だ。

自分の書いたことが誰かに与える影響や、どう評価されるかなど考えると、足がすくんで動けなくなる。そう考えると、何十年も作家を続け、評価されることを受け入れ続けている方々は、本当に尊敬する。

そんなときにわたしの背中を押してくれるのは、数年前に「ひよこは好きなことどんどん書いちゃっていいよ、そういうのが許されるキャラだから」とおっしゃった、デザイナーM氏の言葉だ。

ご本人はこうおっしゃったことすら覚えてないかもしれないけど、この言葉に何度も気持ちが救われてきたし、そう評価されていることが本当にうれしかった。

とにかく好きなように、とことん書いてみるしかない。負けるなひよこ。
(2020.06.10 Wednesday)

当時のわたしは、こんな風に自分を鼓舞して不安を紛らせていた。あの時のわたしに教えてやりたい。大丈夫、ちゃんと形になるし、その本が、次の扉を開けることになるよ、と。

つづきはコチラ

20年間のフリーランスとして培ったノウハウを余すことなく書いたnoteを集めたマガジン

出版するためにどうすればいいか?について書いたnoteをまとめたマガジン

このシリーズをまとめたマガジンです。


いいなと思ったら応援しよう!

陽菜ひよ子 / インタビューライター&イラストレーター もし、この記事を読んで「面白い」「役に立った」と感じたら、ぜひサポートをお願い致します。頂いたご支援は、今後もこのような記事を書くために、大切に使わせていただきます。