アラフォーでやりたいことに集中できるようになった理由
私は「作る人間」だ。社会に出てから何人もの人に「アーティスト気質だね」と言われているうちは納得できなかった。「やることなすことが常にまとまりがない人」と言われているような気がするからだ。今はどんなラベルを貼られようが、作り続けられるんならありがたく受け取ろうと考えている。
気がつけば作っていた。物を見るときは「これはどうやって作ったのか、どうしたら作れるか」が視点だった。
だから物事から受ける情報量が膨大だった。
形、素材、構造、影、光、色、その物が持っているコンセプト、作り上げられるまでのバックストーリー、物を選ぶ人の思いと人生、使い方、古びていく過程……物事を存在させている全てが知りたかったし、知るべきだと思っていた。
当然ものすごく疲れた。常に疲れていた。
全てが知りたいと思っていたので、「作る人」になる必要はなかった。「知りたい」がまず先にあった。知れればそれで満足だった。20代から、30代中盤……つまりついこないだまで、自分でも訳がわからないほど知りたかった。物についても、事についても、人についても知りたかった。
一定のラインまでは来たと思う。つまりわかった事がある一定まで達し、まだまだ知らないことの方が当然大半だけれど、それでもある一定の果てまではきた。これ以上は知りすぎか、知り尽くすには人生を捧げてもまだ足りない。
「知りたい」を優先させてきたので、身の回りには「作る人」がほとんどいなくなっていた。学生時代までは当たり前のようにいたのに。
生きること自体クリエイティブなことだと思うし、実際そうだと思うけど、私がそもそも作ることを行動原理にしているように、何か別なことを中心軸に据えて生きている人も、「作る人」と同様に、またそれ以上に多いのだ。
作りたいから知りたかった。でも知識には限界がある。
「作る」という価値観が全てだと思っていたけど、そうじゃない価値観もある。すでに作られた物事を素直に受け取って楽しむ、という時間の使い方もある。価値観Aと価値観Bに優劣はなく、共存しているけれど、区別されている。ならば、私は本来いるべき世界に帰ったほうがいい。
こうして私は作る人に帰ってくることにした。
アラフォーという年代で、作る人としてはまだ何者でもないわけで、「一体私は何をしているんだろう?」と思う時もある。20年はスタートが遅れた気がする。20年ぶん長く活動するつもりだけど。流石に20年の流浪は長かったなと骨身に滲みないでもない。諦める理由にするには十分な時間、私は作る人ではなかった。
18歳の自分や28歳の自分を振り返ってみるに、どう考えても、あの時の精神状態や生活環境で、作る人にはなれなかったな、と思うしかない。その時その時で課題はあって、解決方法は、何かを作ることではなかった。
いい加減作るしかない気持ちになっている。次のことを自分に言い聞かせている。
「これ以上突き詰めてももう何も出てこない。知るだけのことは知った。作る人と使う人、それぞれに対し、私はなんで私以外の何者にもなれないのか? と聞いても誰も答えられはしない。私は好きなことをする。なぜ好きなことをしていていいのか、理由が知りたがる人は出てくるかもしれない。でも、おそらく私がアラフォーまで費やして知った深みを、答えとして受け取りたい人はほとんどいない気がする。そこには残酷さと痛みを伴って、さらには普遍化さえできないことだから。たいがいの人は、私が知ってる10のことの、1とか2あたりのレベルの答えで満足するだろう。私が作ったもので、感動したり、楽しめるかどうか、そういうようなことを。そこまでが唯一、人と人が共通言語としてやりとりできる部分なのだ。3〜10の部分はオプションで、他人にとっては見えなくていい部分だ。でも私の全ては見えない部分が支えている。これがある限り、私は簡単には斃れない。作ることに関して、どうこじつけたとしても諦めないということこそが、実は大事な部分なのだ。」
「作る人」に戻ると決める前も、決めてからしばらくしても、「集中力のなさ」を課題として持っていた。今は集中できるようになってきた。
というか、自分が持っているものが少ないから、必然的に使う時間とかエネルギーが集中してる、ということなのかもしれない。集中は能力じゃなくて段取りの問題なんじゃないだろうか。視界に入るものや、持ち物自体が少なくなれば、集中せざるを得ないみたいな。
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