妄想世界地図と、120km歩いた記憶
自主制作ファンタジー小説の自力コミカライズをするにあたり、一年前に作った地図を清書した。ツールはAdobe Illustratorだ。
デザイン関係者にしか知られてないことだと思うが、Adobe系ソフトはサブスクリプションプランで、とてもざっくり言うと一ヶ月8,000円くらいする。円安の影響か、この数年で倍近く値上がりした。もはや個人が趣味で使う領域じゃないけれど、Adobe Illustratorのイメージ画像がヴィーナスだった頃からのユーザとしては、Adobeを開いてるだけで心の居場所が定まって精神が安定する。
たいがい、何か文章が書きたいとなったときは短編に始まり、中編で肩慣らしをし、満を持して長編に挑むのかもしれないが、私は思いついたかのようにいきなり大長編が書きたくなった。
とはいえ、全く知られていないながらもストーリーテリングに挑戦したことは何回かあり、始まって終わることがどういうことが、わからないでもなかった。
私は基礎がだいたいわかるといきなり応用編に飛び移って盛大に勝負を仕掛けたくなる。当然のように失敗するんだけど、「こうするとうまくいかないから、うまくいかないことをしなければ、次はもっとうまくいく」という記憶をたくさん作りながら前に進むタイプなんだと思う。
私は失敗したい。立ち止まってたくさん考えたい。寝ても覚めても考え続けたい。壊れるまでこねくり回して実験したい。その段階で口出しされたり、怒られたりしたくない。上達しに行くと同時に、完璧さが来るのを待ちたい。社会で生きていくには9割方重荷になり、理解されないとしても、私はそういうことが大好きだし、自分を信じている。
ファンタジーと地理
ファンタジーは世界観を創造するものなので、地図を作るまではいかなくても、地理感覚はほぼ必須になってくる気がする。
単純に、街Aは国Bより西にあるとか、そこから南に下ると洞窟Cがあるとか。北とか山の上に行くと寒くなるとかいう話題が、ごく自然に物語中に登場するはずだ。ごく自然に登場するんだけど、その整合性をとる作家としては、頭から毛が抜けるほど苦労が多い作業を、下地としてすることになる。
一年前、物語を作ると決めた時も、文章を書き始める前に地図を作った。地図を作るために都市の研究をしたりもした。スピロ・コストフの『都市の歴史』は、世界観を構築する作業自体にものすごく萌える、という人にとって、都市とは何か、本質的なところまで迫っているのでとても面白いと思う。参考までにリンクを張るが、私は図書館で借りた。
「作る」ということは、「どこまで完成させるか」を自分で決定することでもある。『都市の歴史』には、以下のようにある。
グランドプラン(当初の形)がいかに完璧であろうとも、都市は決して完成することなく、決して静止しない。人々の日常の行動が、ゆっくりと、着実に都市を変えていく
つまり、物語の中に登場する都市の姿は、ある時間と空間を切り取ったものだけど、切り取った時点でも都市は成長し続ける過程にあるということだ。都市は常に動いている、と考えることで、ガチガチに設定を固めないといけないと思うプレッシャーが少し楽になった。……まあ、こんなこと考える人は多くない気もするが。
最初期の地図
小難しく専門書など読んでいるが、私がどこから地図づくりを開始したかご覧いただくと、ハードルがすごく下がると思う。

へえ……と思った方が大半だと思うが、創作の開始地点、ペンを紙に置いた瞬間って、こんなもんだと思う。でも、これが本当に大事な一歩だと思う。B地点はA地点より南、若干西寄り。Cという島は本土の南にある、さらに、大陸全体の形は逆三角形……みたいなことを、苦しまぎれに描いてみるのだ。仮説段階だけど、これはこうあってほしい、ということをとにかく描いてみる。
小説の段階で使っていた地図
最終的に、小説を書ける程度まで作り上げた地図はこんなふうになった。

当時は手書きだ。大陸全体は逆三角形、大陸南部に島、主要な都市の配置、これらを初回のイメージから引き継ぎつつ、物語の展開に必要な地理的条件を盛り込んだ。物語の主要舞台になる弓大陸の全貌が浮かび上がった。弓のように反り返った形をしているから弓大陸。単純である。
書いてるうちに微妙に変化する
縮尺するとよくわからないが、弓大陸は東西で6,000kmほどある。アメリカ大陸が東西4,500kmらしいから、それよりも大きい。「距離感」はEschatologiaで重要な要素だが、物語では数時間で移動してた距離が、地図上で何百キロも離れてあったりするなど、ところどころ適当だったりする。手書きの地図を書き直すのは面倒なので、物語の中で微調整するとして、地図はあくまで目安の資料として使う範囲にとどまっていた。
漫画作品を作るとなった時に、すべての資料をテコ入れすることにして、地図もより完璧だと思える状態まで作り込むことにした。

地名の書体などで、地図帳に載ってそうな雰囲気を演出した。
一番変わったところは、大陸南部の島の形や位置関係だ。Illustrator上だと、大陸移動もパスをちょいと動かすだけなので、涙が出るほど楽である。
手書きに現れる心理的重要性
小説を書いた時には、物語に登場する各都市の地図を目安程度に作ってあったのだが、すべて、より厳密な距離感を反映し、人に見せられる完成度に高めていくことにした。かつての資料を見返していると発見があった。例えばある都市部の地図だ。まず完成形がこうだ。

フェリシティという街の北西部に、王宮と行政区がある。そこそこ敷地は広いが、許容範囲のはずだ。
初期の地図を見ると

自分の中で重要な位置を占める王宮と行政区を、地図上で縦幅50kmくらいの大きさにしてしまった。王宮よりたくさんの人が住んでいるはずの都市部より、何十倍も大きい。王様が庁舎に行くだけで一日がかりだ。
地図の中の距離感と、移動手段との関係
地図の中の距離を決定するのは大変な作業だ。ファンタジーSFのジャンルだったら、テクノロジーによって距離感を一切無視できる状態にするか、技術的な制約のある状態にするか、ある程度2択に別れると思う。Eschatologiaでいうと、後者にあたる。というか技術的にはスチームパンクに近い、技術のパッチワーク状態を想定しているので、車のような機械に乗る人、馬車を使う人、歩く人が混在する。そのなかで現実的な距離感でストーリーの舞台になる地域を繋いでいく必要がある。
一方で、Eschatologiaのエレベーターピッチにあるように、
不死の王、88歳の庭師、温室育ちの天才音楽家。全く違う人生を生きてきた、いびつな男女3人が、マッドサイエンティストの起こしたしょうもない事件によって出会い、無二の親友になる話。
Eschatologiaは全く違う世界で生きてきた人たちが、ある事件を契機につながっていく話なので、開始時点では、それまでの人生では一切交わりようがないくらいの距離感にいることが望ましい。一切交わりようがない。でも繋がろうと思えば導火線に火がついたように次々つながっていく距離感とか位置関係。これを考えるのに骨が折れたというか実際に抜け毛が増えた。
実感として距離を掴む
「距離感」を考える上で、基準にしたのは、スペイン北西部の巡礼路「カミーノデサンティアゴ」を歩いた記憶である。本来はフランス国境あたりから1,200kmも伸びている道だが、時間と体力とおさいふ事情で、わたしは終盤の120kmを一週間程度で歩くことにした。




カミーノでは、一日25km前後を歩く。30kmを超える日もあった。朝6時に起き、巡礼者用の宿泊施設アルベルゲを出て、休憩を挟みつつ、夕方頃に次のアルベルゲに着く距離が、だいたい25kmだ。昔の人はよく歩いたというが、アルベルゲごとの距離感からいって、人間が一日に歩く距離というのがこれくらいなのだと思う。
だから、地図制作の話に戻ると、都市部と田舎の距離を考える時に、よく歩く人なら一日で行けるけど、わりと大変でもある距離、車や馬車や自転車だったら楽になる距離ということで、50kmを設定したのはそういう理由があるのだ。
単に、街と村とに距離をあけたい……じゃ、100キロくらいでいいか(それなら2〜3日の旅を設定しなければならない)、とか、中世のような小規模共同体を想定するなら20キロくらい距離(……は多分近所くらいの感覚)をあけておけば十分か、とはならない。
カミーノデサンティアゴを歩いた時は、ファンタジーを制作するなんて夢にも思ってなかったけれど、意外なところで役にたった。
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