見出し画像

心の掃除

私は、私という人間を実は全然理解出来ていないらしい。
その事実に気づいたのはここ最近。

今までの人生、他者からよく相談をされる事が多かった。
相談に対し、相手の立場になり考えたり少し別の視点から見て考えたり、自分なりに真剣に受け止めてきたと思う。
その結果、ありがたい事に「相談して良かった」と感謝される事が多く、あと「目の付け所が斬新、鋭い」などと言って貰う事も多かった。
(念の為、自慢しているのではない)

確かに、自分でも分析力はある方だとは思う。(分野によるが)
人の事は特に、客観的に見えている所はあるかもしれない。

しかし、自分の事となると、素晴らしい程にポンコツなのだ。
いや、ポンコツだったという事実に最近気づいた。

私は、私自身が日頃から一体何を考えながら生きているのか?
私は、私自身が何に対して嬉しいと感じているのか?
私は、私自身が何に対して悲しいと感じているのか?

表面だけを見て知っている氣になっていただけで、その真髄は理解していなかった。
ただ、何となく「あぁ、そうなんだ」と感じていただけに過ぎなかった。

自分自身の内側の深い深い奥底から湧き上がってくる感情・感覚と、真剣に向き合うという事をして来なかったから。
その感情・感覚をしっかりと見つめ、受け止めて、受け入れ意味を知ろうとして来なかったから。

そもそも、【自分】という人間について、どう思っているかなんて考えた事もなかった。

私は、私にずっと無視されてきていたのだなと感じた。

長年無視され続けてきた鬱憤は、あらゆる形で噴出していた。
一番は、自分以外の他者へ
『自分を認めて貰いたい』という承認欲求という形で出ていたと思う。

しかし、それはもう一人の自分が私自身へ向けた行き場の無い感情な訳で。
それに気付かず、暴走していた様は、実に目も当てられなかったと思う。
結果的に人を振り回し愛の無い行動ばかりの連続だった。

どこにいても、誰といても居心地が悪い。
常に人の目を意識してばかりいる。
息が出来ない、苦しい。
惨め、自分が大嫌い。存在価値が見出せない。
人を不幸にする事しか出来ない。

こんなに苦しいのに
自分を苦しめている正体は、自分。

その事実に絶望するしかなかった。

次第にどんどん無気力になっていき、自分でもドン低く程のダメ人間になり下がった。
多分、めちゃめちゃ嫌われ者になっていたと思う。


ダメ人間になり底辺を這いずり回っていると、面白いくらい全てが裏目に出る。
何もかもが上手くいかない。上手くいく氣がしない。
人生に何の希望も見出せない状況になり、いよいよ無気力も極まっていく中
『これは、一朝一夕でどうにかなるものではない。自分の中にある【核】の部分を見直さないと、何も変わらない氣がする』
と強く感じるようになった。

こうして、強制的に自分自身を内省せざるを得ない状況になり。
結果的に、自身の心の奥底にある本音と向き合う事がやっとでき。
今、やっと、少しずつダメ人間な自分自身を受け入れ、前向きに進めるようになってきた。

内省するのは正直、簡単ではなかった。
ここまで来る道のりはもの凄く長かった。
自身と向き合っていくと見たく無い事、思い出したく無い事と対峙しなければいけない。

自分と向き合い、受け入れていくのにはそれなりの【勇気】と【覚悟】が必要なのだと思った。

しかし、その勇気と覚悟の先にあったのは。

自分がずっと求め続けてきた癒しであり、【愛】だった。
愛を求めるのならば、先ずは自分が自分を愛す。
そんな当たり前の事が、もの凄く難しく感じた。
(愛の履き違えも、数え切れない程あった)


秘密のたからばこの中では、内省の事が『心の掃除』と書かれているのだが、今回の掃除は自分の中ではかなりの大掃除だった。
でも、完璧ではないにしても、まず着手できただけでも自分にとっては喜びになった。

逃げずに向き合い、丁寧に掃除していき、自分自身を本質的に愛していきたいと思う。
そして、今度は人に愛を与えられる人間になりたいと思う。




いいなと思ったら応援しよう!