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第一次世界大戦の「血筋」――3人の皇帝はなぜそっくりだったのか



ニコライ2世とジョージ5世の写真を並べたことはあるだろうか。

双子と言われても疑わない。ところがこの2人、別の国の君主だ。そして、もう1人"似ていない"従兄弟がいる。


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写真の謎から始まる

1910年代、ロシア帝国の最後の皇帝・ニコライ2世と、イギリス国王ジョージ5世の写真が残っている。

並べると、不自然なほどよく似ている。

ジョージ5世(右)と従兄弟ロシアのニコライ2世1913年5月

双子ではない。国も違う。血統も、表向きは別の家系だ。

ではなぜ、ここまで顔が一致するのか。

答えは母方の血にあるとされる。ニコライとジョージ、この2人の母親は姉妹だった。男は母方に似る、という傾向がある。そこで生じる問いがひとつ。

同じ「母の血」で繋がった君主たちが、なぜ戦争をしたのか。


3人目の「従兄弟」

ニコライとジョージには、もう1人の従兄弟がいる。

ドイツ皇帝・ヴィルヘルム2世だ。

ドイツ皇帝・ヴィルヘルム2世

ビスマルクの緻密な外交を全部ひっくり返して、ヨーロッパを第一次世界大戦に引き込んだとされる人物。

ただし、彼は「似ていない」。顔が違う。なぜか。

繋がっている血が、母方ではなく父方だからだという。父系で繋がった場合、顔の類似は薄れる傾向があるとされる。

この3人が示す構図は単純だ。

ロシア、イギリス、ドイツ。20世紀初頭の世界を二分したとされる大戦の中心にいた3カ国の君主が、実質的に「ひとつの家族」だった。


ウィーン会議という「答え合わせ」

1814年。ナポレオン戦争後のヨーロッパで、一度だけ大規模な領土決定が行われた。

ウィーン会議だ。

場所はハプスブルク家の帝国内、オーストリア。紋章もハプスブルクのものが刻まれていたとされる。

ここで決まった領土配分が、驚くほどそのまま「戦争後の地図」と一致しているという指摘がある。

つまり、第一次世界大戦で多くの人が死に、国家が疲弊したにもかかわらず、最終的な領土はウィーン会議の取り決めとほぼ変わっていない、と。

奇妙ではないか。

何のために戦ったのか、という問いを少しだけ引き受けてみると、別の解釈が浮かんでくる。


「茶番」という可能性

もちろん、実際に多くの人が命を落とした。それは疑いようのない事実だ。

ただ、こういう見方もできる。

支配階級の親族同士が「戦争をした」ように見えても、利益の構造が両陣営の背後で同一だったとしたら?

例えば、第一次世界大戦の戦勝国・敗戦国、両方の金融的な窓口を担っていたのがウォーバーグ家(西と東に分かれていたとされる)だったという話がある。

戦争を終えて賠償金が生まれる。その賠償金のビジネス構造を組んだのは誰か。

戦争が始まる前に自分たちの資産を「別の場所」に移しておいたのは誰か。

現時点では断言できない。ただ、偶然にしては出来すぎているとも思う。


ロマノフの「もう一つの血」

さらに深い話がある。

ゲオルギー・ミハイロヴィチ・ロマノフという人物がいる。

ゲオルギー・ミハイロヴィチ・ロマノフ

ロマノフ家の流れを汲む現代の人物で、同時にプロイセン王子の称号も持つとされる。ロシアの王統でありながら、ドイツの称号を持っている。

その理由をたどっていくと、18世紀にさかのぼる。

ピョートル3世がプロイセンを溺愛し、オーストリアとの関係を切ってプロイセンについた。それに激怒した妻のエカチェリーナ2世がピョートルを幽閉(一説には暗殺)し、その後クリミア半島を手に入れた。

ロシア語でクリミア――クリム・ハン国を名前ごと塗り替えた歴史の上に、現代のウクライナ戦争が起きているとも言える。

歴史は終わっていない。地名が変わっただけで、問題の輪郭は残り続けている。


ロマノフはどこから来たのか

もう少し遡ると、ロマノフ朝の起源自体が興味深い。

17世紀初頭、ミハイル・ロマノフという人物がルクセンブルクから移民してきて、ロシア貴族の娘との婚姻関係を通じて王族の傍系に入り込んだとされる。

ルクセンブルクはブルボン王朝と繋がり、ブルボン王朝はスペインにも根を張り、スペインはハプスブルクとも交差する。

そしてルクセンブルクには、日本の上場企業株式の管理口座があるとも言われている。現代の金融インフラと、中世ヨーロッパ貴族の系譜が、同じ住所に重なっているとしたら――それは単なる偶然だろうか。


不審な死と「継承権」

2018年2月、カルロス・パトリック・フォン・ホーエンツォレルン(ドイツ皇帝家の血統とされる人物)がフランクフルトのインターコンチネンタルホテルの屋上テラスから転落して亡くなっている。

その日は釈放された当日だったとも伝えられており、しかも約320kmを車で運転した後にホテルにチェックインし、屋上に向かったとされる。

判定は「自殺」だが、長距離運転の後に屋上へ登る動機がどこにあるのかは、公式には説明されていない。

この種の「不審な死」が、金融・貴族・秘密結社周辺で50人以上記録されているという指摘もある。


フリーメーソンと市松模様

ホーエンツォレルン家の紋章に、市松模様が使われているという話がある。

フリーメーソンのシンボルに使われる柄と同じだという。

ホーエンツォレルン家の紋章

偶然かもしれない。ただ、こういったシンボルの一致が複数の家系に重なって現れるとき、それを「単なるデザインの流行」として処理していいのかどうか、少し立ち止まる余地はある。


現代への接続

ドイツ銀行が欧州の自動車産業の最大出資者であり、2030年の電気自動車への転換を主導したとされている。

そのドイツ銀行を動かしていたのがメルケル政権だったとも言われる。

ドイツ国民は今も「ナチスの戦争責任」として賠償を負い続けている。一方、実際に金融を動かした家系は、国家の枠組みを超えて継続している、という構図がある。

あるいは。

日本の主要上場企業の株式の多くが、カストディアン制度を通じてルクセンブルクの口座に管理されているという話がある。三菱、ソニー、東芝、テレビ局――「日本カストディ銀行」という名前で調べると、それぞれの有価証券報告書に出てくる大株主名がある。

第一次世界大戦から100年以上が過ぎた。王政は崩壊し、皇帝たちは退位した。

それでも「支配の線」は、形を変えながら続いているのかもしれない。


あなたが今日使った金融サービス、その株主を一度だけ調べてみてほしい。

そこに見知らぬ名前があったとき、今回の話が少しだけ違う意味を持つはずだ。


詳しくはYoutubeのアーカイブをご覧ください。


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