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短編小説『春の去る音』#診察#1026文字


とうとう桜が散った。
若葉は太陽の光を柔らかく通して、木漏れ日を作っている。中庭の花壇には色とりどりのチューリップが並び、冬には無い鮮やかな彩りを装っていた。その穏やかな春の陽気を窓越しに眺めながら、私は白衣のポケットに入っているボールペンをカチカチと手持ち無沙汰に触る。

「なにもこんな所に診察室作らんでもねぇ…」
「先生、それは野暮です」
「いや、こんな綺麗な景色が近くにあるのに、仕事なんてやってられんやろ。指くわえて、延々と患者診るこっちの身にもなってほし…」
 言いかけたところで、看護師が次の患者を無理矢理呼び入れた。患者越しに看護師と目が合う。『この忙しい時に、お前の愚痴なんぞ聞いてられない。さっさと捌け。』と、言われているような気がした。この小さな診療所の影の城主は彼女だ。逆らうものは、飲み会で延々と説教される。私は大人しく患者の前に姿勢を正した。

「さてと、今日は、どうされました?」
「ここ1週間みぞおちの辺りが痛くて」
「それは何か兆候はあります?例えば食後だとか食前だとか、歩いた後だとか…」
「歩いた後ですねぇ」
「痛みを10段階にするとして。0が痛くない、10が死ぬほど痛いとすれば、どのくらいです?」
「6.5やねぇ」
「ハハハ。そしたらどういう痛みですか?締めつけるような?ジンジンするような?刺されたような?」
「締めつけるかなぁ」

 なるほどと、既往を確認しファーストチョイスを電子カルテに打ち込んだ。
「心電図とレントゲンと血液検査をしましょう。場合によれば何個か検査を追加します。念の為ですがしっかり調べた方がいいかもしれませんね」
「そやねぇ。年も年やし。他に用もないし、ちゃんと診てもらいますわ。にしても、今日寒いねぇ」
 患者は分厚いコートに手を擦り、椅子から立ち上がった。年齢を確認する為、カルテに目を移す。基礎代謝が落ちていることを頭の隅に置いた。
「お大事に」
診察室のドアがゆっくりと閉まった。

「そんな寒いかなぁ?」
「いや、寒いですよ〜。女性は特に冷えやすいんです!先生だって白衣長袖じゃないですか」
 そう言われれば、そうかもしれない。私は再び窓の外へ思いを馳せた。人間より、自然の方が感受性が高いのだろう。
「もう外は春なのにねぇ」
「寒の戻りですかねぇ」
 桜も散っているというのに、人間の肌は中々春を感じない。しかし、目は楽しんでいる。それでいいじゃないか。

勝手に解決させたところで、次の患者が勢いよくドアをあけた。半袖半パンビーチサンダル。高齢の男性は大きな声で私に言う。

「まいど!!!!!!」

私も看護師も思わず声を上げて笑った。


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