一線を越えている――高校生暴行動画を見て思うこと🤔
皆さん、おはようございます🌞数字の魔術師のひかるです(。・ω・。)ノ
先日から、日本のYouTubeやXで拡散されている、高校生がトイレ内で同級生を殴る、蹴る動画について書きます。
はっきり言います。
これは「いじめ」ではありません。
暴行であり、完全な犯罪行為です。
グーで顔を何度も殴り、相手の後頭部付近を蹴る。
この行為がどれほど危険か、高校生にもなって想像できないのでしょうか。
……想像できないからやるのでしょうけどね😠頭悪!
一歩間違えれば、後遺症が残る可能性がある。
最悪の場合、命を落としてもおかしくない行為です。
もしそれを「高校生だから」「将来があるから」で済ませるのであれば、それは教育ではありません。ただの加害者擁護です。
加害者は事実を認めているそうですが、事実を認めたから、何なのでしょうか。
いじめる人間なんかみんなそんな程度ですから😡
謝っても暴力を振るった事実は消えません。
被害者が受けた恐怖、屈辱、トラウマは、一生残る可能性があります。
謝れば全て許されるとでも思っているのでしょうか🤔
こう言う事をやる人間は謝れば事が穏便に済むと思っているんですよ。謝っても腹の中では笑っている事でしょう。
一部では「警察関係者の家族」という情報も出ていますが、だから何なのでしょうか。
虎の威を借る狐レベルの高校生では。
それにも関わらず、日本ではこうした事件が起きるたびに「将来を考慮して」「更生の可能性を考えて」という言葉が並びます。
では、被害者の将来は誰が考えるのでしょうか。
そして、ここで一つ、どうしても触れなければならない問題があります。
教育者の責任です。
学校は「教育の場」である以前に、子どもの安全を守る場所でなければなりません。
にもかかわらず、暴力やいじめが起きた後に「指導が足りなかった」「注意はしていた」はたまた、「いじめや暴力は無かった」と言いますが。責任の所在を曖昧にする言葉が並ぶことが多すぎ、または教育者の得意技の見て見ぬふり!と責任逃れのオンパレード!
今回の暴力を「いじめ」という言葉に置き換え、問題を矮小化するのは、教育ではありません。
それは問題から目を背ける行為です。
本当に教育者であるなら、
「なぜここまでの暴力に至ったのか」
「なぜ止められなかったのか」
その問いから逃げてはいけないはずです。
一部のメディアではこの学生はこう言う事を日常的にやっていたとも書かれています。にも関わらずこう言う事が起こった、いや表面化した事に関わらずあたかも初知りと言わんばかりの教育者達の態度にも驚きますけどね。
教育委員会の人達の会見も知事に言われたからやりました感たっぷりでしたね。危機感も責任感もひとかけらも感じられませんでした。
日本の学校や社会は、いじめや暴力に対して本当に歪んでいます。
被害者には「我慢しろ」「お前にも原因がある」と言い、加害者には「反省しているから」「未成年だから」と甘い。
USではこんな事が起きれば確実に訴えられて裁判にかけられますね。
そして防げなかった学校にもそれなりのペナルティーも課せられます。
そして教育者は、その歪んだ構造の中で、結果的に加害者を守り、被害者を孤立させてきたのではないでしょうか。
だから悲しい結果になる事が多い!
その結果、こうした暴力行為を「やっても何とかなる」「誤れば簡単に済む」と思わせる土壌が作られているのだと、私は思います。
繰り返します。
これはいじめではありません。
明確な暴力事件です。
ここで曖昧な処分を下すなら、それは次の被害者を生むだけです。
教育者も、学校も、社会も、「守るべき相手」を間違えてはいけない。
私はそう強く思います。
私の言葉で言うのであれば「こんな人間は撃って良い事」にして欲しいですね。
いじめ被害者の一人としての言葉でもあります。
Special Thanks!
(Hikaru)
