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「ひかるに会いたい」その言葉に応えられなかった私😭

皆さん、こんばんは。数字の魔術師のひかるです🤗

今回は、数年前に親戚にご不幸があり、急きょ一時帰国した時のお話を書いてみます。

亡くなったのは、母の姉——私にとっての叔母です。

ちょうど今くらいの時期の、ある夜中。
突然、スマホが鳴りました。

「叔母さんが倒れて、緊急入院した」
と言う母の言葉でした😲

その一言で、頭が真っ白になりました。

電話を切ったあと、すぐに航空券を探しましたが、当日や翌日に乗れる便は見つからず…。
やっと取れたのは、2日後の便でした。

翌日、それで「帰れる」と思った私は、先生に事情を説明して帰国の許可をもらい、急いで帰宅。
最低限の荷物だけをスーツケースに詰め込み、準備を進めました。

——でも。

次にかかってきた電話は、叔母が亡くなったという知らせでした。

もともと心臓が弱く、死因は心筋梗塞だったそうです。

電話を持ったまま、立っていられず、その場で泣き崩れました。

あとで聞いた話では、叔母は最期まで「ひかるに会いたい」と話していたそうです。

小さい頃からずっと可愛がってくれていた人でした。
それを思うと、今でもそれが現実だったとは思えません。

最後に元気な姿で会えたのは、私が結婚を決めた時。

世の中がウイルス騒ぎで大変な状況の中、マスクを何重にも重ね、手袋までして——
それでも会いに来てくれました。

私の手を握りながら、涙を流して
「結婚おめでとう」

そう言ってくれたあの光景は、今でも忘れられません。

留学した関係で、それからは、数回しか会えず、
電話で話したのもほんのわずかでした。

何ひとつ恩返しができないまま迎えてしまった別れ。
その後悔は、今も消えません。

「後悔、先に立たず」

この言葉の重みを、これほど実感したことはありませんでした。

危篤の連絡を受けても、すぐに帰れなかったこと。
海外にいる距離の遠さを、これほど恨めしく思ったこともありません。

そして、ようやく帰国できたその日。
それは、お葬式の日でした。

空港から直接お葬式の会場へ向かい、スーツケースを引いたまま参列しました。
もともと喪服を持っていなかったため、母が用意してくれたできるだけ黒い洋服に、会場で着替えました。

叔母の笑顔の遺影を前に、私は——

「間に合わなくて、ごめんね」

そう伝えることしかできませんでした。

私に出来る事は笑顔の遺影の前で涙を流す事だけでした。

皆さんも、もし今会いたい人がいるなら。
後回しにしないでください。

「そのうち」は、来ないことがありますので。

(Hikaru)
#なんのはなしですか

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