『冷蔵庫の光』
# 冷蔵庫の前で
疲れた足を引きずって帰宅した時、既に午前2時を回っていた。残業という名の悪習慣が、またしても私の生活を蝕んでいく。玄関で靴を脱ぎ、机の上に置いた母からのLINEに気付く。「具合はどう?無理しすぎないでね」
返信する元気もなく、スマートフォンを置いた。体は疲労で重く、心は空っぽなのに、胃だけが虚しく鳴る。やっと立ち上がって冷蔵庫に向かう。扉を開けると、冷たい光が暗い台所に溢れ出した。
昨日の夜に作り置きしたおかずと、コンビニで買った惣菜が、ただそこにある。食べなければ。でも、箸を取る気力すら湧いてこない。光は床に流れ、私の影を伸ばしていく。
疲労と空腹の狭間で、ただ立ち尽くす。時計の秒針だけが、この静寂を刻んでいく。
そんな時、スマートフォンが震えた。画面には再び母からのメッセージ。
「お弁当作ったから、明日の朝届けるね。今日も頑張ったでしょう?」
添付された写真には、小さな卵焼きと、ミニトマト。子供の頃から変わらない母の愛情弁当。目に涙が滲んだ。
冷蔵庫から昨日の惣菜を取り出し、電子レンジのスイッチを入れる。温かい湯気が立ち上る。久しぶりに、心から「いただきます」と言った。
明日は、少し早く帰ろう。母とゆっくり話がしたい。温かいご飯を、ちゃんと座って食べたい。
小さな決意は、疲れ切った心に、確かな明日への希望を灯した。冷蔵庫の冷たい光は、いつの間にか優しい月明かりのように感じられた。
(終)
