【考察】「有言実行」と「不言実行」、リーダーとしてどちらが正しいのか
昨年COOに就任する前では、「このゴール(マイルストーン)に向かって皆で向かおう」と、多様多種なメンバーを率いて前に進む、ということをしてきませんでした。
今回はそのゴール(マイルストーン)を言葉にして、繰り返して、実行することで、言霊的なエネルギーも以て、目標を達成することが出来たと思います。所謂「有言実行」のやり方を取りました。
一方、リーダーシップや組織に関する勉強を進めていくと、「言う」ことのデメリットも見えてきて、「不言実行」の優位性を感じるところもあります。
今回は、「有言実行と不言実行」という対立するスタイルについて自分の考えを書き連ねていく「お悩みnote」です。そんな内容で良ければ、是非最後まで読んでください。そして、皆様の意見もぜひ伺えたらうれしいです。
原典である「リーダーシップの旅」の解説
リーダーシップについては、古典から最新の論文まで多岐に亘る考え方や整理がありますが、私の原典は「リーダーシップの旅」なので、少しその解説をしてから始めたいと思います。
全ては「リード・ザ・セルフ」から始まる
この本の考え方の根底をまとめると、以下の通りです。
・リーダーシップの旅はたった一人で始まる。とある人が「他人に見えないもの」を見て、それに向かって動いたら、その時点で「リーダー」である(=リード・ザ・セルフ)
・そのリーダーにフォロワーが生まれると、「リード・ザ・ピープル」の段階に入る。一般的にはこれが「リーダー」と言われるが、そうではなく、その前段階の時点で「リーダー」である。
・そのフォロワーの規模感が「社会」になると、第三段階である「リード・ザ・ソサエティ」に入る。
そして、リーダーが他者の力を得る時の重要な要素は、「私の夢はこうだ」というだけで、「夢を見てください」や「夢を見なさい」と言わないことだ、と述べます。
例えば、ガンジーの「塩の行進」では、ガンジーは最後まで「ついてこい」とは言わなかった。ただ、「ついていきたい」と思った人々がついていっただけ。キング牧師は「我々の夢」や「黒人の夢」ではなく、「私には夢がある」と語った。
このように、あくまで主語・主体は「自分」であるのがリーダーであり、フォロワーは、そのリーダーが見る「見えないもの」を「見よう」として、その夢を応援している状態、というのがこの本の考え方になります。
ガンジーもキング牧師も「ゴール」は語っていない
上記の例からもお分かりいただける通り、二人は周囲からは見えない、「自分のビジョン」を語り続けたり、それに向けて行動していただけで、ゴールやマイルストーンは口にしていません。
塩の行進はアフマダーバードからダーンディー海岸までの行程でしたが、「こういうビジョンがある。なので、ダーンディー海岸まで歩きましょう」とは言っていません。
つまり、これだけを捉えると、少なくとも「リーダーシップの旅」で規定するリーダーは「不言実行」に近いものがあるように思えます。
足元のインフレが示す、「期待」「予測」の力
思念が業を作る。期待がインフレを作った
私の2025年No.1書籍にノミネートされているのが「物価を考える デフレの謎、インフレの謎」なのですが、この本で一番驚き、そして学んだことは「人の期待・予測の力の大きさ」でした。
是非本書を読んでいただきたいのですが、今日本でようやくインフレが始まっているのは「人々がインフレになるだろうな、と思ったから」に尽きるというのです。
つまり、「起きてから感じた」のではなく、「思ったから起きた」わけです。
過去20年にわたって、あらゆる人がTryして実現できなかったこと(=継続的なインフレ)が、「皆が思った」ら実現してしまった、ということです。
これは仏教でいう「思念が業を作る」にそのままつながる話であり、この「思念」がどうやったら生まれるのか、が一つ重要な論点であると思います。
インフレーション・ターゲットが機能した米国
日本のインフレの場合は完全に「偶然性」に依って立ったもので、日銀や政府のガイダンスによるものではない、というのが本書の立ち位置ですが、米国に関しては異なります。
コロナのパンデミック期間中、米国インフレ率は9%に到達します。にも拘わらず、国民の「インフレ予想」は一貫して低位であり続けました。
これは、連邦準備制度理事会(FRB)がインフレーション・ターゲティング(中央銀行が予めインフレ率目標値を公表して、その実現を目指すと約束する仕組み)を適時適切に行ったことで、国民が「今は高いけど、ちゃんと落ち着くのだろう」と信じることが出来ました。
これは、インフレ率が15%を超えた1970年代のGreat Inflationの反省を生かしたもので、当時出来なかった「期待のコントロール」を全力で行った結果、と言えます。
少し「リーダーシップ」から話が逸れてしまいましたが、「期待を作る、統一する」ことが、世界経済そのものを動かすほどのものである、ということをこの章ではお伝えしたかったものでした。
「言葉にすることの力」
「リーダーシップの旅」に従って言えば、とにかく自分が「リード・ザ・セルフ」に行動し、フォロワーの誕生を待ち続ければよい、ということになりますが、「言葉にして導く」ことのメリットは以下のように十分にあると思っており、それとのバランスが悩ましいと思っています。
①(対個人)「感情的緊張」を和らげる効果がある⇒諦めづらくなる
名著「学習する組織」から私が学んだ大切なものの一つが、「創造的緊張」と「感情的緊張」という概念でした。
創造的緊張(クリエイティブ・テンション):ビジョンと今の現実の乖離。
感情的緊張(エモーショナル・テンション):その乖離から不安が生じ、その不安が生む悲しみ、落胆、絶望、心配といった感情
この概念は、私がこちらの記事で引用したブルーロックで示された「不安・FLOW状態・退屈」のマップとも通じる部分があります。

つまり、以下のように整理できると思います。
一定程度の緊張(テンション)があると人はFLOW状態に入り、それ自体がモチベーションの源泉となる。しかし、余りにそれが大きくなると、感情的緊張に支配され、動けなくなってしまう。そして、ビジョンを引き下げてしまう。
私は「目標を言語化し、繰り返す」という行為は、それが「当たり前に目指すものである」という感覚を作り、そして感情的緊張を和らげる効果があると信じています。
②(対集団)「連帯感」、そして「組織効力感」を生める
そして、その目標を皆が口にすることで、「あ、この高い目標を本気で目指しているのは自分だけじゃないんだ」という安心感、そして「こいつらと一緒にやっている」という連帯感、さらには「こいつらとならやれる」という組織効力感を生みます。
「組織効力感」とは、カナダ出身の心理学者・バンデューラが唱えた概念で、「私たちならやれる」「この組織なら目標を達成できる」という、組織やチームが持つ共通の自信や信念のことを意味します。
③(対集団)「Why」以外の4W1Hに集中出来ることでの、生産性の向上
そうなると、「その目標を目指す」ことが「前提」になるので、「そもそも」の所の議論が全てすっ飛ばせます。
これは実は非常に大切で、10人の会議をやっていても、たった一人だけ目標に対して合意していなかったり、斜に構えていたりすると、その会議の生産性は著しく落ち、残りの9人のエンゲージメントやモチベーションは大いに下がります。
「そのゴールが当たり前」の組織になることは、気持ちの良い組織を作ることにもつながるのです。
④周囲の協力を得やすくなる
人は、本来的に「自分に寄せられた期待に対して答えたい」という強い願望を持っています。
上記の目標を顧客を中心としたステークホルダーに対しても掲げていくと、その人達の内の何人か、それも相応の比率が「その達成のために、何か出来ることはないか」と考えてくれるようになります。
直近の私のケースでいえば、途方もない目標に見えた「10月1,000オーダー」という目標を皆が口にしたことで、自発的にサポートしてくださるステークホルダーが複数発生し、その方々のご支援によって達成することが出来ました。
他者のことは、その人が口に出してくれなければ殆どのことはわかりません。その組織全体が躊躇なく「目標」を口にすることは、想定外の支援を得られる可能性を飛躍的に高めます(「計画的偶然性」を狙っているとも言えます)。
目標よりも、行動規範の方が大事?
フォーティナイナーズ・奇跡の復活ストーリー
1979年、ビル・ウォルシュはNFLのサンフランシスコ・フォーティナイナーズHCに就任しました。前年に2勝14敗の歴史的に最悪の結果を残したチームでしたが、就任後2年後には、チーム初のスーパーボウル優勝を成し遂げました。
しかし、ウォルシュは一度も「スーパーボウル優勝」などといった目標は掲げずに、以下のような「行動規範」の浸透に集中しました。
・選手は練習グラウンドに座り込んではいけない
・コーチはネクタイを締め、シャツは中に入れる
・チーム一丸となって練習に全力で取り組む
・ロッカールームはきちんと清潔にしておく…etc
このエピソードを紹介している「エゴを抑える技術」では、「ビジョンを掲げて、それを成し遂げた」という考え方を、「夢想」であり「過去の出来事から物語をこしらえる、人間の衝動によるもの」と切って捨てます。
つまり、出来ることはあくまで日々の積み上げであり、結果が出るのは「運命の女神がたまたま微笑んだ時だけ」という考え方です。
この「結果が出るかどうかは運任せ」という考え方は、「リーダーシップの旅」にも通じるものがあります。
「神は細部に宿る」「不敗」にも通じるものがある
私が戦略を描く時のベースにしている孫子において、特に重要な一文は以下の「不敗」の部分だと思っています。
百戦百勝は善の善なる者に非ざるなり。戦わずして人の兵を屈するは善の善なる者なり
また、私が心から尊敬する岡田武史監督も「とにかく日々をどれだけ自分に厳しく過ごせるか。最後は、勝負の神は細部に宿る」という考えであり、目標に対する一体感、といった内容はあまり口にされません。
現時点の結論:「状況によって使い分ける」
なんともまあしょうもない結論ですが、結局はそういうことかなと思いました。
超シード段階の小さいベンチャーなのか、歴史あるが伸び悩んでいる中小企業なのか、大企業なのか。潤沢なCashがあるのか、Burn rateが一年切ってる危機的な状況なのか。競争相手がいるのかいないのか。現有戦力の質が高いのか、低いのか、、、、
私は「有言」の力を信じていますが、一方でそれは「脳死」を引き起こす副作用があることは認めます。つまり、その「言葉」を盲目的に是として信じてしまい、Whyを考えない人が増えかねない、ということです。
一方、短期で結果を出すには確実に「有言」の方が良いでしょう。つまり、結局は状況によってしまうということです。
大事なのは「有言」「不言」のメリット・デメリットをちゃんと理解し、状況や場面に応じてうまく使い分けること、なのでしょう。
私はこのままだと「常に有言」で行きそうだったので、このタイミングで整理できたことはよかったです。
冒頭の通り、こんな「お悩みnote」に付き合わせてしまってすみません。ここまで読んでくださった方に、何かお渡しできていたら嬉しいです。
それでは、次の記事でお会いしましょう。
細田 薫
