1520ルーメンの暗い常盤 ④
「最近、常盤と優太、仲いいよな~なんでなんで?」
常盤と僕の席に来た仁が、そう言った。
新学期が落ち着いたと思ったとたんに始まる、中間考査が終わった日。全員がすっきりした顔になっている休み時間だった。
——ビブリオバトルの日以来、僕は常盤に本を読んでもらうことに、すっかりはまっていた。
常盤に読んでもらうと、本当に本の世界に入り込んだみたいな気分になる。気のせいではなかった。さながらVR体験だ。
汽車の窓から美しい景色を見る、銀河の旅。魔法が使える世界での学園生活。
「本に出てくる憧れの食べもの」も、ジャムトーストのときみたいに、常盤が細かく描写してくれると、実際に食べたみたいな満足感がある。再現レシピよりもずっといい。
「やっぱりすげーよ、特技と言っていいんじゃない? もっと皆に自慢して披露すればいいのに!」と僕がいうと、
「いや別に。他の人には特に言わないで良い」と常盤はそっけなく返した。
もったいないなと思いつつ、ヘソを曲げられて読んでもらえなくなるのも嫌なので、僕はそれ以上は言わなかった。
「読んで読んで!って、おまえは小さな子か」とか言いながら、常盤もまんざらでもないらしい。
週に一度の放課後、図書委員の仕事である、図書室当番。誰も来なくて暇なときに、本を読んでもらっている。
そんなわけで僕と常盤は自然と一緒にいる時間が増えていた——
「あー、まあな。図書委員だし。本の話とか」
本を読んでもらってる、とは言いづらくて、ちょっと気取って仁に答える。
「ふーん? でも優太って漫画しか読まないじゃん。まぁ正直、仲いいっていうか、優太が一方的に懐いてる感じ」
「誰がお兄さんに懐いてる子どもだ」
「子どもっていうか……犬?」
ぶふっと、常盤が吹き出した。顔を反らしているので表情は見えない。
「ほら、飼い主はペットに似るっていうだろ」
「逆だろ! それにマメはペットじゃなくて家族だ」
「マメ?」
「優太んちの柴犬だよ。めっちゃ可愛いよなー。優太そっくりで」
「へぇ柴犬いるんだ……いいな」
「お、常盤は犬好き? 今度マメに会いに来いよ」
いいの、と常盤が嬉しそうな顔をした。
ここ最近、常盤を見ていて分かったことがある。常盤は、人間関係を避けがちだけど、完全に拒絶するわけじゃない。
授業のグループワークでもちゃんと発言するし、体育の球技でも普通に動く。話しかけられれば、こうして会話に混ざることもある。
ただ、出しゃばらないだけだ。打ち解けてきたというより、不自然な動きで目立たないようにしている、のほうが近い気がする。
「確かに羽村は柴犬っぽいかもな」
「だろー!」
仁が嬉しそうに笑う。常盤も、軽く笑っている。
まぁ、どちらにしても。自然と笑顔が出るようになったのは良かったよな…とぼんやり思いつつ。
……誰が柴犬だ。と僕はふたりを睨んだ。
ホットケーキ
その日の放課後。今日は待ちわびていた図書室当番の水曜日だ。
実はこないだから、常盤に読んでもらいたい本があった。小さい頃に大好きだった絵本。可愛いくまがホットケーキをつくる話。絵はごくごくシンプルなのに、ホットケーキが出来上がる工程が丁寧に描かれていて、ワクワクしながら眺めていたのを覚えている。
そして最後に、お皿に高く積み上げられるホットケーキ!
あれをまた、細かく描写してもらって、「空想食べ」させてほしい。
さすがに中学校の図書室に絵本はないかな、と思ってこないだ探してみたら、なんとあったのだ。
思わず「あるう!」と叫んでしまい、図書委員担当の鈴木先生に笑われた。
「2年生は3学期に、職業体験があるでしょう。うちの学校は毎年、保育園に行く子がいるから、そのために絵本も揃えてるのよ」
なるほど、と納得した僕は、次の図書室当番の時間に、常盤に食べさせてもらおう(読んでもらおう)と心に決めていたのだ。
僕は密かに、常盤は能力者なのでは、と睨んでいる。
バトル漫画に出てくるような派手な力じゃなくてもいい。特殊な力というのは、実際にある。僕自身がそうだから。
しかし、もし能力バトルだったとしても、常盤の力は結構強いと思う。本の世界に引き込んで、油断させる。うん、少なくとも僕の電球よりは役に立ちそうだ。
そんなことを考えながら、常盤と並んで図書室へ入った。
中を見渡すと、今日も利用者はいなかった。放課後の30分なんて、みんな部活か帰宅で忙しい。
「誰もいないな。今日も暇そう」
僕はチャンスだと思って、すぐに本題に入った。
「なあ常盤。実はさ、小さい頃からずっと食べてみたいと思ってた、絵本に出てくる食べ物があるんだ。こないだこの図書室にあるの見つけてさ。一緒に読まない?」
一緒に読まない? の本当の意味は、「読んで、あの感じで説明してくれ」だ。
「絵本か。本当に子どもだな。……まあ、誰も来なさそうだし、別にいいけど」
「ほんと!? 持ってくる! たぶん常盤も知ってるやつだと思う!」
僕は絵本コーナーに走り、本を手に取って戻ってきた。
「これこれ! このホットケーキ、マジで美味そうなんだよな! 憧れの食べ物!」
常盤は本を受け取って、ぱらぱらとページをめくる。そして、
「ごめん、ホットケーキは……食べたこと、ないから」
そう言って、絵本をテーブルに置き、そのままカウンターの中に入って座ってしまった。
なんとなく気まずくなって、僕はその場に座り、絵本を開いた。くまが一生懸命にホットケーキを焼いていく様子を、ぼんやり眺める。
常盤が本の食べ物を説明するときは、たぶん実体験がベースになっている。食べたときの記憶を思い出しながら、本の描写と重ねて話しているから、あんなにリアルなんだろう。
だから、食べたことがないものは、うまく再現できない。
——それは、分かる。でも。
ホットケーキを食べたことがない、なんてこと、あるだろうか。
僕が初めて食べたのは、たしか幼稚園の頃だった。おやつにお母さんが焼いてくれて、ふわふわで、ほんのり甘くて、あったかくて。思わず隣にいたお姉に「おいしいね!」って話しかけたのを覚えている。
お姉は頷きながら、「優太、ホットケーキデビューだね」と笑っていた。
それから、たまにおやつとして出てくるホットケーキが楽しみになった。
「羽村、帰ろう。誰も来なかったな」
気づけば、当番として、図書室に居なきゃいけない30分が過ぎていた。
「えー! ホットケーキを食べたことないなんてある? 小麦粉アレルギーだから?」なんて
、気軽に聞いてしまえばよかったのに、僕はそれを飲みこんだ。
常盤は給食のパンを普通に食べていたのを知っているから。聞いてしまうと、何かが変わってしまう気がした。
常盤は帰る準備をして、借りるための本を何冊か手に取っている。
「これも借りる?」とさっきの絵本を差し出してみたけど、常盤は首を横に振った。
