彼方からの風——遥奈——(幻想小説)
《シリーズ遥奈・第一篇》
バイク乗りの女性・諸星遥奈(もろぼし はるな)。
彼女は、2024年5月の中頃、カワサキZ900RS ——大型のネイキッドバイクを操り、伊勢へ走る。
——その夜、ホテルの部屋で、不意に届いた遠い過去からの気配……。
……
あるInstagramのプロフィール写真……。
それは、雨の夜——街灯が濡れた路面を滲ませながら黄金色に染めている写真だった。
——ただ、そこに映るひとりの見知らぬ若い女性の後ろ姿……それは、どこかで見たような、懐かしい既視感のある女性の写真だった。
……
バイク——時としてもういないはずの何かを呼び寄せる。その妖艶なまでの危うさゆえに。
彼女は、いま、長い時を超えて届く切ないまでの想いに、静かに触れて行く。
———
———
第一章 旅立ちの日
五月も半ば、温かい陽差しが茶褐色の長い髪を金色に燦めかせていた。
荷物は積み込んだ。
黒革のワンショルダーバッグを左肩にかけ、ジェット型ヘルメットにグローブを入れ、あご紐を持ってバイクへ向かう。
今日、ひと月ほど、バイクで旅に出る。
——彼女は諸星遥奈(もろぼし はるな)。
……
今年の誕生日が来れば、二十八歳になる。
——大学の英文科を卒業し、二十五歳のとき編集仕事での人間関係が嫌だったのと海外生活の経験をしておきたかったので、ワーキングホリデーを利用して、一年間あまりオーストラリアを旅していた。
費用は父がかなり援助をしてくれた。
帰国してからは、編集者時代の伝手も頼ってフリーランスの翻訳家やライターをしている。
英語も堪能であり、一年間あまりの海外生活で書き溜めた原稿もかなりあった。
文章が繊細で情景的なだけではなく、父親似の面立ちのせいか——と父はいつも力強く言っているが——以前、雑誌で「美し過ぎる女流作家」と紹介されたこともあって、仕事も多い。
……
両親は、離婚はしてはいないが別居している。そんなに離れているわけではなくて、電車で一駅程度だ。
遥奈はどちらの家にも自由に出入りしている。鍵も持っている。
……
父親似のせいかバイクが好きだ。
ただ、あの日まで、さほど興味などなかった。
あのとき、どうしても乗らなくてはならないというような感覚が突き上げてきた。
高校一年生の六月中頃だった。
まだ十五歳だった——誕生日は十月六日だ。
梅雨の晴れ間の夕方の帰りの途——女性がバイクを操る姿を見たのがきっかけだったと思っている。
……
女性ライダーが跨がるバイクが、信号待ちで停止していた。
——白色のタンクには濃さが異なるブルーのストライプ模様が斜めに走っていた。
夕陽にヘルメットの襟足から流れる髪が反射して金色に燦めいている。
その妖艶とも言える美しい佇まいに、思わず惹き込まれた。
どこかで見た懐かしい既視感があった。
まるで自分の姿を見ているようだった。
いまも、「あれは誰だったのだろう」と考えることがあった。
……
信号が変わって発進した彼女は、見惚れている遥奈に向かって、左手をグリップから離し、すっと手を下にかざして走り去った。
長い髪を金色に靡かせて……。
……
ひとりで考えていた。
絶対にこれまで見たことなどないのに、妙に懐かしい気持ちにさせる、あの女性ライダーの佇まいや仕草が心から離れなかった。
あの日に見た光景も含め、父に打ち明けた。
母にも告げたが、母は俯いて黙ったままだった。
気のせいかもしれなかったが、なぜか華奢な肩が少し震えているように思えた。
——(何も、そんな神経質に過敏にならなくても……)
……
意外にも、父は、十六歳の誕生日がくる前から教習所に通うことを許してくれ、誕生日を迎えて直ぐ、普通自動二輪免許を取った。
あのとき、父は、一瞬、表情を固くし、明らかに戸惑っているかのような様子だった。
何か言葉を探しているようだった。
かなり長い時間、黙って考え込んでいた。
てっきり猛反対されるものと思った。
……
やがて、諦めたのか、呆れたかのように、微笑みながら、十六歳の誕生日がくる前から教習所に通ったり、免許を取ることに賛成してくれた。
その代わり、教習費用を出す条件をいくつか示してきた——単なる憧れだけでは済まされない、覚悟のほどを試すようなものだった。
「教習が始まるまでよく考えろ」という父の思いがうかがえたが、あのときの女性のバイク乗りの姿が離れなかった——自分が投げ出すことは、あの女性(ひと)をひどく傷つけるように感じられた。
——もう二度と彼女に会うことがないにしても……。
……
普通自動二輪免許を取ってからは、父のCBR250RR(通称「ニダボ」)を乗り回していた。
——現代風で、風防のあるフルカウルの「スーパースポーツ」と呼ばれるタイプだった。
……
遥奈がニダボを乗り回すようになったこともあって、母と別居してからだったが、父はヤマハのネイキッドバイク——XSR700——を買った。
カウルがないエンジンが剥き出しになったものだった。
——なんとなく古風な雰囲気のタイプだった。
……
あれは、遥奈がまだ大学生のときだった。
父は、XSR700を見ながら、目を伏せて「ヤマハは美しいんだ」と言っただけだった。
ただ、遥奈も、見た瞬間に、これに乗りたくなった。
女性らしい繊細な雰囲気を持つバイクだった。
思わず、教習所に通って大型自動二輪免許まで取った。
繊細な曲線を描くフレームから剥き出しになったエンジンが覗く姿が妖艶に感じられた。
高校生のときに見たあの光景が甦った。
これをかなり乗り回した。
……
遥奈がXSR700の横に立ち、ジェット型ヘルメットを被り、グローブを嵌めていた。
——傍らで、その仕草を見ていた父は、顔を赤らめ、戸惑った表情で「似合っているじゃないか……気をつけろよ」と言ったきりだった。
——娘を見て顔を赤らめるなんて、この人、変態なのかなと思った——少しショックだった。
……
遥奈がオーストラリアに行っている間、父はニダボを手放し、XSR700に乗り続けていた。
フリーライターの仕事も軌道に乗り出し、遥奈はバイクを買った。
カワサキのネイキッドバイク——Z900RS——だ。
この逞しい無骨な雰囲気に強く惹かれた。
———
第二章 旅の理由(わけ)
三鷹通り沿いにある、ひとりで暮らすマンションの車用エントランスに少し大きめのリアバッグとサイドバッグを装着したバイクを停めてあった。
その横で、茶褐色の髪を後ろで束ねて金地のシュシュで留め、ヘルメットをかぶり、グローブを付ける。
ヘルメットの襟足から、髪が流れている。
……
作家のようなクリエイターにとって、バイクは相性がいいと感じていた。
バイクは全神経を集中させる。
車と異なり、「コーヒーを飲みながら」などということは絶対にない。
このことが感性を鋭敏にし、繊細にした。
……
一年ほど前から、旅行雑誌「トラベルメイト」という月刊誌で連載エッセイを始めるようになった。
編集担当者の和田さんとは編集方針や推敲方針をめぐってよく対立した。
編集長の石川さんが間に入って収まったことが幾度もあった。
和田さんとのやり取りも疲れ、生成AIに誤字や脱字のチェックなどの校正作業を手伝わせた。
ただ、そこまでが限界だった。
これとても、統計的な確率での要約読みが基本のため完璧ではなかった。
疲れはした。
——大規模言語モデルとかLLM……と呼ばれているものだった。
……
ただ、校正作業以上に、筆致というか文体、あるいは余韻をどこに残すのかは、AIにはまるっきり苦手のようだった。
能力がない。
一字一句を読むことや事実経過の把握もだ。
殊にテキスト(文章)の文字数が多いときの事実経過の把握、回想的表現での時系列把握など、酷いとしか言えなかった。
……
テキストに書いてあるからと言って、正しく読めているわけではなかった。
物事と物事の因果関係を勝手に推測して、誤った因果の流れを捏って(つくって)平然と要約する読み方だった。
大規模言語モデルというAIの技術的仕組みや技術的仕様からすれば、必然としての能力限界だった……。
言ってみれば、ある映画や本のあらすじだけをWikipediaで見ただけの人が、さも、実際に観たような、読んだような感じで、こっちが聞いてもいないのに饒舌に感想を語るような……あまり好きな、男性のタイプではなかった。
……
統計的な平均値で勝手な事実を推論したり、もっともらしい要約をして理解しているに過ぎなかった。
与えられたテキストの読み方も、人が読む行為とはまったく異なる。
統計的な確率が高い組み合せでの要約把握に基づく以上、絶対的な意味の正確性には、構造的に辿り着けない……永遠に。
だから、人なら「読めば判るよね」ということができない。
……
とんちんかんな、余計な修飾語のような付け足しをしたり、妙に文章を端折った修正を提案してくる。
文と文の間の余白、文の中で敢えて触れていない空白に、勝手な推論の言葉を執拗に足したがる。
結果、文章があり得ないほど——恥ずかしいほど——気取ったものになったり、逆に平板なものになる。
道具としては致命的だった。
人の感性が不可欠だった。
……
それでも、誤字や脱字の訂正、表記のゆれの統一といった校正作業だけはそれなりに捗り、和田さんとのやり取りも減り、その後、和田さんは退職した。
いまは、吉祥寺にあるキャバクラで店長をしているという。
意外に近所だった——いや、意外に近所にいた。
——「Club Literacy」(クラブ・リテラシー)というお店みたいだ。
高級店のようだった。
行ってみようとまでは思わなかった。
きっと、いまごろは、女性たちの気持ちや彼女たちが心に抱く空白を、AIなどよりも遥かに繊細に汲み取られているのだろう。
たぶん……きっと……。
……
そんな疲れや忙しさで、ついついバイクで走る機会も減っていたので、思い切って、ひと月ほどバイクで旅に出ることにした。
見知らぬ地を訪れ、何か新しい感性やテーマを得るヒントも得たいと思った。
執筆の方は、MacBook Pro14インチを持って行くから問題はなかった。
これまでに書き溜めた素材もあり、旅の途中でも書くつもりだった。
……
サイドスタンドをかけたままシートに跨がった。
エンジンキーを回し、電気系統をオンにする。
クラッチを握り、ギアをニュートラルに入れ、イグニッションスイッチを押した。
セルモーターが回るキュルキュルキュルという金属音とともに、エンジンが始動した重低音が響く。
シートに跨がったまま2000回転ほどに上がった回転が少し落ち着くのを待ちながら、周囲の状況を確認する。
……
200キロを超える車体重量だ。
もっとも力を使う所作——シートに跨がったまま、車体を垂直に立てる。
サイドスタンドを左足の踵で払って、ギアを一速に入れる。
ゆっくりエントランスから出て、左足を下ろしたまま、ゆるゆると歩道と車道の境まで動かして行く。
三鷹通りを南に進み、東八道路の方角に向かうつもりだった。
……
右足をステップに乗せ後輪ブレーキペダルを踏み、左足だけを地面に付けた佇まいで待機する。
右手人差し指と中指の二本が、フロントブレーキレバーに自然に掛かっていた。
右側からも、左側からも、車や自転車や人が来ないことを確認し、三鷹通りに出た。
——旅立ちだった。
ヘルメットの襟元から風に靡く髪が、深緑の陽に反射し、金色に燦めいていた。
———
第三章 あの日の影
今日、何処に向かうかまでは決めてはいなかった。
東八道路を走り、中の橋交差点で環状八号線に出て、瀬田交差点の方に向かっていた。
このとき、ふと「伊勢に行きたい」と思い立った。
遥奈が高校生のころ、両親と三人で車で行ったことがあった。
片道で六時間あまりかかったが、父がひとりで運転していた家族旅行だった。
父は渋滞や混雑に巻き込まれないように運転していた。
……
母は若いころから過呼吸を患っていて、高速道路などの逃げ場がない場所で渋滞に巻き込まれたら発作を起こすおそれもあった。
本人もそうした状態になることに怯え、心ならずも苛立って父を責めるような言葉を発してしまうことも少なからずあった。
ただ、普段、母が父を見る眼差しは、同性の遥奈からすれば、好きな男性を見つめるものに感じられた。
家族三人での旅行はあれが最後だった。
……
遥奈が大学に進学した後、両親は別居した。
——母の精神状態を慮って、父が母や当時は遥奈も住んでいたマンションを出て、さほど遠くない、吉祥寺駅近くで暮らすようになったものだった。
両親には離婚までする気持ちはないようだった。
母は、遥奈が幼いころから、父が遥奈と仲良くしている光景を目にするのが、どこか寂しげな、つらく息苦しそうだった。
いつも何かの影に怯えているようで、そのことで却って苛立っては父につらく当たっているようにも思えた。
それがなんであるのか、遥奈にはわからなかったが……。
ただ、母に聞く勇気まではなかった。
考えてみれば、これまで、母からも、父からも、ふたりの馴れ初めを聞かされたこともなかった——ごく普通の恋愛だったんだろうとしか思っていなかった。
……
母は若いころからよく本を読んでいた。
遥奈が幼いころも、本を読んでくれたり、一緒に音楽を聴かせてくれた。
物語の登場人物の気持ちなども、遥奈にもわかるようによく話してくれた。
こうした母の話を聴くのが好きだった。
——ただ、時としてその繊細過ぎる感性には自らが疲れ果ててしまうのではと、心配なときもあった。
……
父にはひと月ほどバイクで旅に出ることを伝えた。
「気をつけなさい」「プロテクターは絶対つけなさい」とだけ言って、微笑んでくれた。
母には告げていない。反対しかしないからだ。
ただ、途中でまめに電話やLINEをしようとは思っている。
母は、年齢の割に占いや方位取りに縋るようなところもあり、家族の行動を縛ろうとする傾向があった。
ただ、それとても、大切な家族の幸せを考えてのことだろうと思っていた。
……
ひとり娘の母は遥奈が一歳になるかならないかのうちに母親も亡くし、両親をともに失っており、母の寂しさは理解できた。
遥奈は、母方の祖父母の顔も知らなかった。
家族で住んでいて、いまは母がひとりで住んでいるマンションにはアルバムのようなものもなかった。
どうも、母方の祖母は、堀北真希という女優さんのような名前だったらしい……らしくなく、少し笑ってしまったが。
……
遥奈もひとり娘だった。
もしも、今、両親がいなくなったらと思うと、母の寂しさは身を切られる思いだった。
ただ、母の寂しげな怯えは、それだけが理由のようには思えなかった。
———
第四章 変なおじさん
環八東名入口から東名高速道路に乗った。
さほど大きなカーブはなく、車は多いが順調に流れていた。
海老名サービスエリアを通り過ぎ、厚木の辺りまで来た。
前方の右方向に濃い緑色になった山々が近づいてくる。
ジェット型ヘルメットのバイザーは、上げてあった。
深緑の風が顔にあたり、風の匂いがひと足早い夏の訪れを感じさせた。
(……父への連絡は、伊勢に着いてからでいいだろう)
……
父は、母と別居してから、よくカメラを持ってバイクで出かけているようだった。
遥奈がオーストラリアに行く前ころ、父は「Instagram」という写真投稿SNSを始めたようで、「真理子」という女性のニックネームで投稿しているようだ。
おじさんが「真理子」なんて言っていること自体、吹き出しそうだった。
少し古風で、なぜ昭和の流行りのような名を使っているのかもわからなかった。
興味もなかったので、これまで父のInstagramなど見たこともなかった。
一度だけ、父がスマートフォンでInstagramに投稿しているのを、隣で覗いたことがあった。
フォロワーが二千人近くもいて驚いた。
……
その時だったが、「真理子って誰なのか」を聞いた記憶がある。
一瞬、戸惑った様子だったが、どうも中学校時代の同級生の女の子で、父の方が一方的に好きな子だったようだ。
口を濁してはいたが、美人みたいだ。
冗談っぽく「ママには言うなよ」とも言っていたっけ。
大昔の傷口に粗目の塩を塗ったのかもしれないが。
ただ、今は絶対おばさんだ。
……
娘としてはさほど感じないが、父は若い女性にはそれなりに好かれているようだ。
と言って何かあるわけでもなさそうだ。
父は、行きつけの美容師さんから
「諸星さんはダンディーだからお店の女の子に人気あるんですよ」
と言われたなどと自慢をしてくる。
娘に言うことかとは思っている。
やはり変だ——思わず、思い出し笑いをしていた。
———
第五章 あの時へ走って
大井松田インターチェンジを過ぎたころ、車も減り、右ルート方面に入った。
カーブも増えてきた。
爪先から踝までも使ってエンジンを挟み込み、さらに両下肢全体でバイクをホールドして、上半身は脱力させながら、しなやかにカーブをかわしていた。
右ルート方面と左ルート方面が合流した。
足柄サービスエリアで休憩を取るため、左後方を目視確認して、最も左側の車線に滑らかに変位して行く。
……
甘いホットコーヒーを飲みながら、東名高速をそのまま走るか、新東名高速に入るかを考えていた。
——この先の御殿場インターチェンジを過ぎると新東名高速の入り口がある。
あの時は、母が「新東名高速は時速120キロだから危ない」と言い張り、確か東名高速にしたと思い出した。
とにかく父はいつも母を気遣っているようで、優しかった。
何か負い目があるのというほどだった。
……
東名高速を走ることにした。
東名高速は狭く路面もあまり良くないから走りにくい。
ただ、新東名よりはカーブも多いのでバイク乗りとしては面白い。
それでも、安全と速度を考え、一番左側の第一走行車線をわざと走っていた。
……
二時間ほどで浜名湖サービスエリアに到着した。
海面を撫でながら静かに流れてくる風が、長い髪を揺らしていた。
室内のテーブル席で少しうとうとした。
伊勢路は走り出してから思い立ったので、今夜泊まるホテルを予約していなかった。
スマートフォンで伊勢市街のさほど値も張らないビジネスホテルを探した。
予約はすぐに取れた。
ゴールデンウイークも明けて空いており、あの時のように、外宮に参拝して、おかげ横丁や内宮もゆっくり歩きたかったので、予約を二日間入れた。
外宮近くのビジネスホテルだ。
……
あの日、母と遥奈が肩を並べて歩き、そのすぐ後ろをニコニコしながらカメラを持つ父が付いてきていたなと思い出し笑いをしてしまった。
お土産屋さんに並んでいた「伊賀の組紐」のストラップが綺麗で、母とふたりで見惚れていた記憶がずっとあった。
今夜のホテルを押さえられた安心感もあり、再びうつらうつらしていた。
……
ヘルメットとグローブを装着しサイドスタンドを払ってバックで押し出そうとしたら、バイク乗りのおじさんらが通路に出て誘導してくれた。
純粋な仲間意識でやってくれている感じだった。
おじさんらに「ありがとうございます」と伝えサイドスタンドを出してシートに跨がると、通路に出て誘導してくれたおじさんが「お姉ちゃん、気をつけてな。ご安全に」と声をかけてくれた。
会釈をしながら「ありがとうございます」と再び伝え、左足ブーツの踵でサイドスタンドを払って、エンジンを始動させ発進させた。
親切で優しかった——噂の「ナンシーおじさん」ではなかった。
……
この先の三ヶ日ジャンクションで新東名高速道路と合流する。
ここからは、東名阪自動車道の御在所サービスエリアまで、一気に走り抜けるつもりだ。
遠くを見据え、スロットルを僅かに回し、上体を少し前屈みにした。
ヘルメットの襟足から茶褐色の髪が後ろに靡いて、金色に燦めいていた。
———
第六章 伊勢路
伊勢湾岸自動車道に入った。
東海インターチェンジのあたりから、前方に大きな二等辺三角形の橋桁が見えてくる。
左前方の彼方先(かなたさき)に名古屋港の海面が燦めいていた。
青い空を横に長い三筋(みすじ)の雲が渡っていた。
名港トリトンと呼ばれる三つの大きな吊り橋のような橋——斜張橋——が続く。
緩やかな登りだった。
……
あの時は、父が運転する車だったから、後部シートで名古屋港や午後の陽に燦めく湾外へと続く海をゆっくり眺められた。
今回はバイクであり、海へ吸い込まれそうな高さも不気味に感じられ、さすがにそこまでの余裕はなかった。
左手は伊勢湾であり、海から吹きつける強い横風に煽られないよう、爪先から踝、そして下肢全体でバイクをホールドし、ギアを少し落とし、上体を前屈みにして走った。
順調だった。
……
バイクの運転には慣れていたが、父からはいつも
「バイクを舐めるなよ」
「ツーリングでは技量は向上しない」
「右折車は曲がって来ると思え」
「考えて走れ」
などと言われ続けてきた。
——これまでも、危なげな運転や驕った無理は絶対にして来なかった。
普通自動二輪免許を取ったとき、父に連れられて浜名湖のライディングスクールに幾度も通った。
教習費用を出してもらう条件だった。
……
バイクの運転技量が免許を取っただけではいかに足りないかをまざまざと実感した。
練習を重ねるごとに、バイクの操作がいかに奥深いものかを思い知らされた。
——フロントブレーキレバーへの右手指の掛け方ひとつにしても、自然に変わってきた。
教習所では、右手の人差し指から小指四本をブレーキレバーに掛けることを推奨する。
ただ、これだと、セルフステアを殺してしまうことがある。
……
セルフステア——バイクのみならず、自転車も含む二輪車共通の機械的特性だ——車体が傾いた方向に自然と舵(ステアリング)が切れ込み、車体のバランスを取る特性だ。
バイクはセルフステアで曲がってゆく。
……
実際にフロントブレーキを使ってセルフステアを効かせた旋回をするとき——特に左旋回のとき、右腕がアウト(外側)になって肘を伸ばすため——グリップやブレーキレバーを握り込み過ぎたり、逆にスロットルを不用意に回してしまい、これらがセルフステアを殺し、ラインが大回りになり、タイトな旋回に失敗した。
……
グリップを強く握り込まず、スロットルも不用意に回さず、フロントブレーキを繊細に効かせるため、右手人差し指と親指の付け根あたりでスロットル操作をし、フロントブレーキレバーを、人差し指と中指で、或いはそのいずれか一本で、操作することに自然に辿り着いた。
……
旋回時のフロントブレーキレバーの操作は、右手の人差し指と中指の二本——或いは、いずれかの指一本——をブレーキレバーに軽くポーンと繊細に当て続けることが必要だった——遥奈は中指一本を好んだ。
中指一本派だった。
練習を重ねるごとに、こうしたクローズドコースでの走行が楽しくなり、公道を走るときも心の余裕ができた。
……
長い海沿いの道も終わり、みえ川越インターチェンジ前の大きな右カーブを、バイクの傾きと同じ角度で上体をしなやかに傾ける綺麗なリーンウィズで走り抜け、四日市ジャンクションで東名阪自動車道に入った。
午後の陽が、ヘルメットの襟足から靡く髪を燦めかせていた。
遥奈という名——上品な風のように自由にどこまでも生きてほしい——両親がそう願って名付けてくれた風のように。
……
ほどなくして御在所サービスエリアがあり、ここでも室内のテーブル席でうつらうつらしていた。
とにかく、無理をしないでしっかり休憩を取るようにした。
スマートフォンでルートも確認し、ここから伊勢市街はもう一息だった。
バイク用のナビアプリは、外宮近くにあるビジネスホテルを目的地として設定してある。
小一時間休み、出発した。
元々の出発時刻が遅かったので、もう午後三時を回っていた。
伊勢西インターチェンジを降りたときは午後四時半頃で、市街を走って予約したビジネスホテルに着いたのは午後五時近かった。
———
第七章 眠りの縁(ふち)
バイク専用の駐車場があり、そこに停めることができた。
チェックイン手続を済ませ、カードキーを渡され、部屋に入る。
サイドバッグと大きなリアバッグをバイクから取り外して部屋に持ち込んだ。ヘルメットもだ。
サイドバッグに入れていたMacBook Proをスリーブケースから取り出して天板を開いた。
電源が入る。
ビジネスホテルだから無線LANでインターネット接続が可能だ。
画面に部屋のネットワークアドレスが表示される。
机の上に置かれたカードに記載されているパスワードを入力する。
つながった。
来る途中、休憩の度にスマートフォンでメールの確認をしているから、急ぐ用向きのメールがないことはわかっていた。
取り敢えず受信だけはしておこうと思った。
……
父にLINEで伊勢のホテルに無事にチェックインをしたことだけは伝えた。
すぐに既読が付いた。
ほどなくして父からスタンプが送られてきた。
開くと、髪の長い綺麗なお姉さんが「お疲れ様です」と言いながらお盆に載せたお茶を出すイラストのスタンプだった。
このオヤジはやはりバカなのだろうか。
娘に送るようなスタンプじゃないだろうが……。
……
疲れたので、バスタブに湯を張り、強張った身体を沈める。
後で化粧を落としてもう一度入浴し直すつもりだったが、今はとにかく湯に浸かりたかった。
長い髪を後ろでアップし、大きなクリップ型のバレッタで留めてある。
顔が濡れないように気をつけながら、首から上を出してバスタブで身体を伸ばした。
うつらうつらしながら、それでも十五分ほどは温めの湯に浸かっていた。
バスローブを纏って、ベッドの上に横になった。
……
小一時間ほど眠ったのだろうか。
未だ夜の七時頃だった。
疲れたせいか食欲もあまりない。
ベッドの上で、伊勢の後はどこに行こうかと考えたり、今夜の夕食をどうしようかと悩んでいた。
(……木次線の亀嵩駅に行ってみようかな……)
——奥出雲だった。
高校生のとき夏休みの宿題で、感想文を書くため母から勧められて観た映画——『砂の器』——の舞台だ。
昭和四十年代終わり頃の古い映画だった。
DVDで観た。
——昭和二十年よりも前、当時、不治とされていた父親の病が理由で村を追われ、あてどのない旅を続ける父と幼い男の子——それが親子のつらく悲しい宿命のように……。
野宿をしている雨の降る夜、父と子で粥を分け合って食べていた。
男の子が嬉しそうに父親の口元に運んだ粥が熱かったらしく、父子が笑いながらふざけ合っていた。
きっと、その子にとって、つらい旅の中であっても、どんなに時が経とうと、忘れ得ない父親との幸せな出来事のひとつだったのだろう。
——当時、涙が止まらなかった。
いつの日か、この物語の縁(ゆかり)の地を訪れたいと思っていた。
……
遥奈は、母はもちろん、父も好きだった——少し変だとしても。
両親の間に何があるのかは、わからなかった。
さりとて、父に別の女性がいるようにも思えなかった。
——本人は女の子に騒がれるんだと自慢げに言っているが。
娘に自慢しているようでは絶対にいないだろう。変だし。
(何かがあった……)
(あたしの知らない……空白のような……)
考えているうちに、再び眠り込んでしまった。
———
第八章 風の名
目が覚めた。
よく眠った気がした。
スマートフォンで確認すると夜十時前頃だった。
二時間以上眠っていたのだと思った。
いくら駅の近くとは言え、この時刻になるとさすがに外も静かだ。
遠くでクラクションが鳴る音がかすかに聞こえた。
喉の渇きを覚え、冷蔵庫で冷やしておいたミネラルウォーターを取り出し、ひと口飲んだ。
ふとスマートフォンの画面を見ると、Instagramのアイコンに通知がひとつ付いていた。
……
遥奈自身はInstagramで投稿などはしていないが、アカウントは持っていた。
いわゆる閲覧垢と呼ばれているものだ。
もちろん、父のアカウントなどフォローしていない。
だいたい親のInstagramなど見る気も起きない。
……
アプリをタップして開くと、ダイレクトメッセージが一通、届いていた。
誰もフォローなどしていないのに、ビジネス勧誘かなと思いながら、メッセージを開いた。
——「遥奈、気をつけてあなたの道を走りなさい。風のように。お父さんとお母さんを、お願いね。娘だったかもしれないあなたへ。——堀北真理子」と書かれていた。
(……誰なの?)
(なんで名前まで知っているの……)
(ツーリングをしていることも……)
一瞬、鳥肌が立った。
(どこかで見られているの……)
(無視しとこうか……ブロックしようか……)
心あたりは父だけだった。
ただ、父はふざけた人だが、こういうメッセージを娘に送るような悪ふざけはしないように思えた。
——変だけど。
……
そのメッセージ画面の上部には、英数字が並べられたアカウントIDの一部が表示されているだけだった。
ニックネームも、プロフィール写真もなかった。
メッセージ画面には、アカウントIDの一部とメッセージ文が表示されているだけだった。
どうしても、遥奈には父が内緒でやっているかもしれない、別の秘密のInstagramアカウントのようにしか思えなかった——いや、そう思いたかった。
少し腹が立ってきた。
……
確証を掴んで、後で叱りつけようと、表示されているアカウントIDの一部をタップした。
いくらタップしても画面が遷移しなかった。
フリーズでもない。
詐欺メッセージとも違うようで、そのことが逆に気味が悪く、指先が少し震えた。
送り主のプロフィール画面へ飛ぶことはもちろん、そのメッセージ画面からはどこにも遷移しない。
ブロックさえもできない。
まるで、「メッセージだけを見て」と言われているようだった。
父に電話をかけようと思ったが、かろうじて思いとどまった。
……
遥奈が以前に覗いた父のInstagramアカウントは、「真理子」というニックネームだった。
もうだいぶ前になるが、フォロワーが二千人近くもいた。
後で、絶対、父に怒りをぶつけようと考え、「真理子」というニックネームで父のアカウントを検索してみようと思った。
メッセージの送り主として書かれている「堀北真理子」に結びつくものは、「真理子」というニックネームでの父のInstagramアカウントしかなかった。
不思議に検索画面は普通に動いた。
そのことすら、不気味であり、苛立たせた。
……
「堀北真理子」というニックネームによる検索では、数名のアカウントが表示された。
ただ、いずれも、プロフィール写真が付いており、アカウントIDも単なる英数字の羅列ではなく、メッセージの送り主のものはなかった。
父のアカウントらしきものも見当たらなかった。
——確か、プロフィール写真が全体として黒っぽい金色に光っている印象だった。
……
「真理子」というニックネームで検索をかけた。数名の同じニックネームが表示された。
その中に、ひとつだけ見覚えのある印象のプロフィール写真があった。
やはり、以前に見た写真全体が暗い金色に光った雰囲気のものだった。
アカウントIDは——@mariko0615——だった。
ただ、これも、不可解なメッセージの送り主のアカウントID——単なる英数字の羅列——ではなかった。
……
父のアカウントらしきもの——@mariko0615——をタップして、そのアカウントページを開いた。
金色のプロフィール写真は……
雨の夜——街灯が濡れた路面を滲ませながら黄金色(こがねいろ)に光らせていたものだった。
ただ、小さなプロフィール写真をよく見ると、ハイヒールの足元から腰下あたりへと切り取られた、ワンピース姿の若い女性の後ろ姿が映っていた。
それが誰なのかはわからない。
ただ、なぜか、どこかで目にしたこともある感覚もあった。
……
ニックネームやプロフィール写真は、見覚えのある父のアカウントに間違いなかった。
フォロワーの数も二千人近くであり、紛れもなく、父のアカウントだと思えた。
……
ただ、その黄金色のプロフィール写真は、そこに映る女性とこうした写真を撮れる親しい間柄なのだと、見た瞬間、感じさせるものだった。
若い感じの女性で、とても親しい間柄だと……。
(げぇーっ……女の人がいるの……変なのに……?)
今度は、「どういうことなの……誰なの……」という疑念が過ぎった。
気忙しい夜だった。
……
思わず、投稿されている写真を追っていた。
数は八十枚程度だからさほど多くもない。
今日も花の写真が投稿されていた。
プロフィール画面のトップだった。
つい、二時間ほど前、夜の八時頃の投稿だった。
鎌倉のどこかのお寺で撮った都忘れだ。
野菊のようで、紫色の花弁の儚げな花だった。
キャプションの最後に書かれた文字に目が留まった。
——「今日、娘がバイク旅に出た。無事を見守ってくれ」
(えっ……)
(どういうこと……いったい、誰に……)
いつの間にか、苛立ちや疑念を忘れ、一枚ずつに見入っていた。
ほとんどが花の写真だった。
季節ごとの……。
桜もあれば、紫蘭、睡蓮、コスモスもあり、芙蓉や薔薇もあった。
薄紫色の一輪の紫蘭は儚げだった。
いずれも、目を留めるほどに美しかった。
時折、灯台の写真もあった。
——城ヶ島だった。
それぞれの季節の、灯りが燈り始める夕方頃のものだった。
……
ほとんどが毎月十五日の投稿だった。
十五日には、必ず花の写真が投稿されていた。
これまで、遥奈は、父がこれほど幻想的で美しい花の写真を撮っていたことなどまったく知らなかった。
どこか悲しみを漂わせた、切ない感じの写真ばかりだった。
そして、どの写真にも共通する、あるひとつのハッシュタグが振られている。
「#いまも君が現にいるようで」というものだった。
「現」という字は「ここ」と読むようだった。
……
父がInstagramを始めた最初の頃の写真に、ちょうど遥奈と同い年くらいの若い女性の写真があった。
だいぶ昔に撮ったフィルム写真をデジタル化したものらしく古びた感じだった。
キャプションには「堀北真理子」という名が書かれていた。
メッセージの送り主と同じ名前だった。
……
この写真の投稿日は、遥奈がまだオーストラリアへ発つ前の――二十四歳のときの――六月十五日だった。
吸い寄せられるように、キャプションを読んでいた。
……
——三十年あまりも前のその日、この堀北真理子という女性はバイク事故で亡くなっていた。
一瞬、背筋が冷たくなった。
……
その日のことが綴られていた。
右直事故(うちょくじこ)であり、交差点で急に無理に右折しようとした車が真理子さんが運転するバイクの進路を塞ぎ、衝突した事故だった。
右直事故——それは、車側の錯視——バイク車体が小さいことによる距離感と速度感の錯覚——とバイク側が抱きがちな直進優先への過度な信頼がもたらす、バイク運転者にとって致命的になりかねない事故だ。
父や母の実家の近くの交差点のようだ。
真理子さんは二十七歳だった。
……
真理子さんと父は中学校の同級生だったらしく、ふたりは結婚の約束をしていたようだった。
父は彼女が亡くなった後で連絡を受け、搬送された病院に駆け付けたようだが、生きている真理子さんに会うことはできなかった。
……
——真理子さんがバイクに乗るようになったきっかけは、彼女が愛した父の何気ない言葉のようだった——父の詫びている言葉が添えられていた。
以前、遥奈が「真理子」というニックネームをからかったとき、一瞬戸惑った父の表情が過ぎった。
頭の中で、バイクに乗るようになってから、父が口うるさいほど言っていた言葉が聞こえてきた。
右折車は曲がって来ると思え——よく聞かされた言葉だった。
父の言葉の陰にあったもの——相手の車はバイクを見落としている——は、痛まし過ぎる過去の出来事から血を吐くような思いで絞り出されたものだった。
高校生のころ父と一緒に幾度も通った、浜名湖のライディングスクールでの練習の光景が思い起こされた。
——父のバイクに対する厳しさの真の理由と娘への深い想いに触れた気がした。
これまで、父と結婚するはずだった女性が死んだ話など聞かされたことはなかった。
——父はいつもふざけてばかりで、そんなことを微塵も感じさせなかった。
涙が滲んできた。
……
(「堀北」って……確か……ママの旧姓と同じ……)
とても偶然には思えなかった。
母からはずっとひとり娘だと聞かされていた。
父も何も言わなかった。
ただ、写真は古びてはいたが、映っている女性の面立ちは、明らかに母の若い頃を思わせる面影があったばかりか、今の遥奈だった。
(……あたし?……)
そう見間違うほど、似ていた。
……
母が住む家にある仏壇には位牌が三つあった。
幼いころから見てはいた。
ただ、顔も知らない祖父母とその御先祖様の誰かなんだろうとの印象しかなかった。
お彼岸のお墓参り——高校生のときまで両親と一緒に出向いた湘南霊園だった——の際も気づかなかった。
……
以前、父が冗談っぽく「ママには言うなよ」と言った言葉……。
(……そう言えば)
幼いころ、母が留守のとき、父が仏壇の前に座って手を合わせていたのを見た朧げな記憶があった。
(もしかして……ママのお姉さん?)
との思いが過ぎった。
どうして、ずっと言わなかったのだろう……。
父ばかりか、母までもが。
……
母は父の実家に行こうとしなかったし、父の両親にも私をあまり会わせたくないようだった。
父も、母の気持ちを無視してまで、私を父方の祖父母に会わせようとはしなかった。
何かが——真理子さんのことが——私の耳に入るのを避けようとしていたとも感じられた。
(……痛ましい想いを背負わせたくなかったの……)
……
母はずっと何かの影に怯えているようでもあり、父の何か——そう、心の奥底を疑っているかのような、ちょっとしたことで苛立っては、父を責めるようなことばかりだった。
(実の姉の婚約者だった人と結婚したから……)
……
ただ、メッセージには悪意のようなものは感じられなかった。
むしろ、自分が知らない誰かに、これまでも、ずっと、遠くから優しく見守られていたような気がした。
古い記憶の断片が少しずつ繋がり、曖昧ではあったが輪郭らしきものが、うっすらと浮かび上がってきた。
(……だからと言って……それでは真理子さんが……あまりにも……)
……
事故がなかったら——真理子さんが生きていたら——自分は彼女と父の間で生まれていたのかもしれなかった。
真理子さんが母だったら……。
(でも、そうだったら、ママは……どうなって……)
(もし、あたしが知っちゃっていたら、いったい……)
……言葉が続かなかった。
……
いつも、どこか寂しげだった母の顔が過ぎった……。
幼いころ、物語を聴かせてくれた母の優しい声が浮かんだ……。
(……ママは……ママよ……)
耐えられなかった。
涙を抑えられず、とめどもなく込み上げてきた。
……
そのときだった。
閉めきられている部屋の空気が静かに動いた。
何処からともなく流れる風が遥奈の涙を優しく拭うかのように、彼女の頬を撫で、長い髪をそっと揺らした。
……
夕暮れ遅く、西の空を覆っていた雲が消え、遠くで惑星——夕星(ゆふづつ)——がひとつ静かに光り出したようだった。
……
スクリーンショットでメッセージを残そうとしたが、いつの間にかメッセージは跡形もなく消えていた。
ただ、遥奈の頬を撫で髪を揺らす風の温もりだけがいつまでも彼女を包んでいた。
―――
エピローグ
この日、捧げられていたのは、長谷・光則寺で撮った紫の都忘れ。
「また逢う日まで」という意味もあるようだった。
風は、きっと——彼方からの「ありがとう」。
「それでいいのよ……」と娘を慈しむかのように。
遺憾ながら、遥奈の美しさは、少なくとも父親似ではなかった……口惜しそうな父の顔が浮かんだ——残念そうだった。
——風は、まだ名を持たない。

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——生明 ひかり(Azami Hikari)
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第一篇のあとがきに代えて
バイクは、その剥き出しの危うさゆえに、時として彼岸にいるはずの何かを呼び寄せてしまうことがあるように感じます。
遥奈が触れた黄金色に滲んだ想いが、読んでくださった方の心に少しだけでも残れば幸いです。
――『夕星(ゆふづつ)――いまも君が現(ここ)にいるようで』・第一篇
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――生明 ひかり(Azami Hikari)
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御礼
ピックアップしていただき、ご紹介していただきました。
心から御礼申し上げます。。。💖💙💛
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次回予告
《美しいおふざけ掌篇随筆シリーズ》・第二篇。
——『いまも吹く万葉の風——お姉さんは、いつも同じだった』
今世紀最大の新発見ではないだろうかと思えなくもない、「既読無視」に関する初の歴史的考察を古都・金沢で綴った迷鳥——もとい迷著かと……。
——「返信は、読んだら軽くしておきたい」。
続きまして、もう一首。
——「なんでもかんでも、スタンプに任せてしまいたい」。
『いまも吹く万葉の風——お姉さんは、いつも同じだった』は、創作大賞2026・エッセイ部門への応募作品です。
きっと、いつか電子出版するであろう写真随筆集『いまも君が現(ここ)にいるようで』(今のところ下巻に収録予定)より。
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