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 巷では、自分にとっては「理不尽だー!」と叫びたくなる事もある。 自分の過去の理不尽なことを思い出す。 でも小林正観さん的には、『受け入れ難きを受け入れる』がいいらしい。 



 今日は。

 
 備忘録的なモノもある為、内容が不明であれば申し訳ない。



 当時、私が小1の一学期でもう少しで夏休みという時期に、私にとっては理不尽な事が起こった。
 当時の私は、翌日に学校に持って行く教科書とノートなどを自分のランドセルの中に、前日に準備をしておくのが習慣だった。



 しかし、翌日登校をすると、私が前日に準備をしていた国語の教科書がない。



 私が国語の教科書をランドセルの中に準備をした後に、私の兄弟がランドセルから勝手に、私の国語の教科書を出し、私のランドセルに戻さずにそのまま放置をし、それを全く知らずに翌日登校をした私は、忘れ物をしたという事で、『忘れ物なし皆勤賞』を逃した。



 その時の担任の先生曰く、どんな、いかなる理由であれども、忘れ物は忘れ物だと。



 当時の私は、『忘れ物なし皆勤賞』を狙って居た為、担任や、母に理不尽だと主張をしても、「仕方ないでしょ」で終わり、母は私の兄弟が勝手に、私に黙ってやらかしたせいで、私が『忘れ物なし皆勤賞』を逃した事さえも何も言わず、しかもやらかした原因の兄弟にも特に叱ったりなどもしなかった。

 
 
 未だに、私は上記の内容に対して、当時の担任や、母が私にした事や、私の兄弟がやらかした事に対しても、怒りなどが残って居る事を認識をする。


 あーーーーー。

 思い出すと、むかつくわーーーーー。




  思い切り未熟者です。 

  

  今の私は。




 断捨離をしていると、自分と向き合ったり、過去と向きあったりする事もあるが、その中身の内容や、事柄等に、時には辛かったり、怒りや悲しみ等があったり、理不尽だー!と叫びたくなる事もある。

 

 メンタル的にも、辛い時も、苦しい時などもある。



 小林正観さん流だと、どうやらどんなに自分にとっては理不尽な事でも『受け入れ難きを受け入れる』らしいが、生憎今の私には、まだそんな器はない。

 

 断捨離もそれなりに必要であり、これだけ持ち込んで溜めたのだから、ガラクタやモノ達があるのだ。



 ガラクタやモノ達を溜め込む迄の、それなりの時間も経って居る。
 



 ひたすらコツコツと、断捨離をやるしかない。



 
 後、母が買い物でヒョイヒョイと、相変わらず軽くモノを買うのを何とかしないと、痛い目を見るのは恐らく私だ。






 今日も何かしら頑張ろう。



 今日一日、お疲れ様でした。



 そして、行ってらっしゃい。




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