2000フォロワーよりも、120万ビューよりも。どろ団子をつくることが趣味そういえる世界。
先日、noteのフォロワーさんが2000人
そして全体ビュー数が120万を超えました。
限られた時間のなかで、私のnoteを
見つけて読んでくださった皆さん。
本当に、本当にありがとうございます。
心からの感謝の気持ちでいっぱいです。
フォロワー数やビュー数のことを
書いてなんなのですが…
私は「何かの数字をすごく増やしたい」と
思ってはいなくて。
どちらかというと
数字や競争から離れたところで
生きていたいと思っています。
現実には「資本主義ぬけます〜」
なんて簡単にはいかないけれど。
もしも数字が増えることで
誰かの書く気持ちを
削いでしまうのなら
米津さんの歌みたいに
石ころにでもなれたらいいなって
思ってしまいます。
「何者かになりたい」その先に
noteを続けたその先に
「何かになりたい」と
思っているかというと
それもあまりなくて。
かつての私は
「何者かにならなくちゃ」と思い込んで
苦しくなってしまった時期がありました。
でもその苦しみの先で
本当に望んでいたのは――
「何者になること」ではなくて
「何ものでもない私」でいられる
優しい場所でした。
どんな私でも
そのままでいられる
あたたかな場所です。
気づいたらいつのまにか
優しい場所にいました。
noteを始めてから
「何者でもない私で書いていく」
という気持ち。
その想いは、今も変わることなく。
noteには、優しい場所もあれば
そうでない場所もあるのかなって思います。
それでも、私のnoteは
私自身にとっても
読んでくださるあなたにとっても
少しでも優しい場所で
ありますようにと願っています。
私にとっては
優しい場所になりました。
誰かの優しさに支えられて
『水車小屋のネネ』という本を読んで
印象に残った一節がありました。
「自分が元から持っているものはたぶん何もなくて、
そうやって出会った人が分けてくれた
いい部分で自分はたぶん生きてるって。
だから誰かの役に立ちたいって思うことは、
はじめから何でも持ってる人が持っている自由からしたら
制約に見えたりするのかもしれない。
けれどもそのことは自分に道みたいなものを示してくれたし、
幸せなことだと思います」
私自身、noteを続けて
いろんな数字は増えているけれど
上を見たらきりがありません。
私は文章が上手なわけでもなくて
すごく得意があるわけでもないけれど
みなさんの優しさに
支えられてきたと感じています。
以前「フォロー、フォロワーを増やしたくない。」って
書いたのですが、その気持ちは変わっていません。
誰もが「生きやすい」世界へ
学校へ行けなくても、
働けなくても、生きやすく。
「何者か」「何者でもない」
関係なく、誰もが少しでも
生きやすくなったらいいなって。
何かの数字が増えるよりも
生きづらさを抱えている人が
少しでも生きやすくなったら――。
「ピカピカのどろ団子を
つくることが趣味です」って
堂々と言えるような
そんな優しい世界に
なったらいいなって思います。
夢物語かもしれないけれど
思ったり書くのは自由ですよね。
noteの世界のなかでなら
それはきっと叶えられます。
なぜなら
「ピカピカのどろ団子を
つくることが趣味そう言える世界」
noterさんの書いた1ページにお金を払いたいと
スキやチップやコメントで
気持ちを伝えられたから。
嬉しいことがありました。
そういえば最近、しばらく投稿が
途切れていたnoterさんが
またnoteの世界に戻ってきてくれました。
noteを続けていると
離れていく人も多いけれど
数週間、時には数カ月、あるいは
一年ぶりに戻ってくる方もいて
また好きなnoterさんの記事を読める
日常が訪れること。
それから、心のリズムを崩していた
noterさんが少しでも良くなったら。
それは、私にとって――
2000フォロワーよりも
120万ビューよりも
嬉しいことです。
最後までお読みいただき
ありがとうございます。
あなたのピカピカの泥だんごが
素晴らしいものでありますように。

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最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございます!
少しでも、あなたの心に残ったのなら嬉しいです。