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 〜 参謀 〜について

 私は、精神に障害を持っている。だからなのかは、分からないが、医療の専門職の精神科医の主治医、心療心理士、内科の医師や管理栄養士など、相談できる人がいる。
 その他に、就労の支援員や、勤めている会社の上司の管理者などにも、相談できる。
 また、何でも話せる、高校時代の友達、趣味で知り合った人たち、友達でも、恋愛ならこの人、パソコンならこの人、勉強ならこの人など、相談することは、多い。
 問題が起こった時、複数の相談者の意見を聴きながら、意見の取捨選択をしながら、自分の考えをまとめていく。

 徳川家康は、そういうタイプだった。
初期は酒井忠次、井伊直政らを参謀に持ち、家康の晩年は、本多正信が参謀であった。
 特に家康と正信は、関ヶ原の戦いから、豊臣家の討滅戦の大坂冬の陣・夏の陣まで一心同体だった。
 まさに水と魚との関係に似ていた。切っても切れぬもの。
 織田信長には、家康のような水魚の交わりをしていた、参謀のようなものはいない。羽柴秀吉、柴田勝家、明智光秀などの意見などを吸い上げてはいたが、信長は、自分の頭脳で所事、決めていたようだ。
 豊臣秀吉は、若き頃、『両兵衛』と呼ばれる、竹中半兵衛、黒田官兵衛という、頭脳を駆使し、天下取りに邁進してきた。豊臣政権ができてからは、石田三成などの経済官僚を参謀としていた。
 
 私は家康のような水魚の交わりであった本多正信のような参謀といえる人物は、知り合いは多いが、一人だけだ。お互いに昔を知っていて、苦楽を共にした仲だ。でも、家康のような主従ではなく、立場は対等である。
 逆に友達の参謀、相談相手になっている人は、何人かいる。
 その時は、自分を、出さずに相手に話をしてもらう。そして、自分の感じたことを言う、そのようにしている。
 
 〜参謀〜何か惹かれる言葉であり、役割であるが、黒田官兵衛、本多正信を見てもわかるが、根は正直で誠実であるからこそ、謀(はかりごと)が上手くいくように感じる。


索引 戦国の参謀たち 小和田哲男 著
   

 

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