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ゴキブリホイホイ

キッチンの冷蔵庫の横に、電子レンジやトースターを乗せている棚がある。その棚の下、5cmほどの隙間に、ゴキブリホイホイが置かれている。妻は大のゴキブリ嫌いで、数か月前、寝室でゴキブリを一匹目撃したと言うのだ。その時は、ヤツはクローゼットの中に消えていったという。捜索したが、捕獲はできなかった。そこで後日、寝室のクローゼット、キッチン、洗面台の下など、ヤツらが出てきそうな場所、複数個所にゴキブリホイホイを設置していたのだ。

今朝、妻が、「かかってるっぽい」と私に言った。見てみてと言うので、かがみこんで、キッチンの棚の下を覗き込む。設置していたゴキブリホイホイに、影のようなふくらみが確認できた。うん、確かにかかっている。しかし、その影は、ゴキブリにしてはなんだかぷっくり、こんもりしている。暗くてはっきり見えなかったので、携帯のライトで照らしてみた。一匹かかっていた。しかし、ゴキブリではない。ゴキブリホイホイを引っ張り出して、中を覗き込んだ。

カナブンだ。

一匹のブロンズ色のカナブンが、ゴキブリホイホイの横窓のすぐ近くで、動かなくなっていた。その目はまん丸で、ちょこんと手をそろえてお辞儀をしているように私には見えた。

「何だった?」と妻が聞いた。

「うん、カナブンだった」と私は答えた。

うちでは富助という犬を飼っている。可愛いオスのポメラニアンだ。そのカナブンの小さな目は、大きさこそ全然違うが、富助のまん丸い黒い目と同じ目をしていた。少なくとも私にはそう感じられた。ああ、カナブンやん…… 私はなんてことをしてしまったのだろうと思った。カナブンもゴキブリと同じ虫なので、部屋の中に迷い込んで、匂いに誘われ、ゴキブリホイホイの中に入っていってしまったのだろう。そして、身動きとれなくなり、やがてひとりで死んでしまったのだろう。

お腹空いてたやろうな。暗い場所でひとり、餓死したんやもんな。もがいたんかな。それとも、粘着が強すぎてもがくこともできず、ただじっとしていたんかな。死ぬまで。富助と同じ目をしたこの可愛らしいカナブンを、意図的ではないにせよ、自分が設置したゴキブリホイホイで殺してしまったのだ。そう思うと、どうしようも説明できない気持ちになった。

でも、待てよ。じゃあかかっていたのがゴキブリだったらよかったのか。もともとゴキブリが部屋に出現しないようにとこれを設置したわけだから。かかっていたのがゴキブリだったら、「ああ、よかった、一匹捕まえれたね」となっていたのか。う〜ん、正直わからない。が、多分なっていなかったんじゃないだろうか。カナブンだったらかわいそう。だって可愛いから。ゴキブリだったらかわいそうじゃないのか。キモいから?そんな道理はないだろう。おかしいだろう。

その日の夜は、妻と冷凍の焼き鳥をフライパンで焼いて、しこたま食べた。これも命だ。ゴキブリホイホイにかかって死んだカナブンはかわいそうで、夜は焼き鳥を食べる。イカ焼きも食べたな。

勝手なもんだ。自分とはどこまで矛盾した存在なのか。顛倒した存在なのか。こんなの、何の弁明もできないではないか。自分という存在が悲しくなった。

翌朝、私は設置していたすべてのゴキブリホイホイをゴミ箱に捨てた。他のゴキブリホイホイには、何もかかっていなかった。カナブンがかかっていたゴキブリホイホイも、そのままゴミ箱に捨てた。それから、富助の朝の散歩に行った。


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