※東出の書いた日記を、妻がアップしています。
以下、日記です
3時
起床。
目覚ましは3時50分にかけていたが、起きてしまった。
二度寝するには時間が微妙なので、このまま起きて支度することにする。
今日は足袋を履いて出猟する。
この春まで出猟時はもっぱら登山靴だった。
数年前に地下足袋をワークマンで購入し、それを履いて出猟したこともあったのだが、お店で一番大きな足袋でも28.5cmの私の足には窮屈ですぐに履かなくなってしまった。
しかし、この春に更に大きな足袋がAmazonであった為に5本指靴下と共に購入。
先日の出猟で足音がし難いことに驚き、無事1頭獲れた。
今日は2回目の出猟である。
ホットコーヒーを飲んで、猟具を身につけ、今まで付けていたヘッドライトは玄関脇の壁に刺さった釘に掛ける。
4時過ぎ、出発。
自宅から歩いて山に向かう。
今日向かうポイントは、草っ原。
その土地の下には最近桑の実が成りだし、草地には鹿の好むやわい草も多く生えている。
すぐ隣は食べ物の無い針葉樹の山の為、私が鹿であれば
「明るくなって山入る前に、ギリギリまでそこでご飯を食べよう」と考えたくなるような土地なのだ。
日の出の時間を過ぎた。
間も無く、ポイントに到着する。
足袋はやはり、足音がしない。
しかし今日は、背中のポケットに入れて来たスプレー缶の中の球がカルッ、コルッと嫌な音を立てている。
普段ならば軽トラに入れているスプレー缶だが、ガソリンの残量的に極力軽トラは動かしたくない為、カメラ、スプレー缶、申請用紙、ペン、カメラ、尻尾を入れる袋、全て持って来た。
単独忍びにこれらの道具は"お荷物"だ。
草っ原が見えて来た。
まだ朝の青い光が草花を覆い、切り株や岩の陰が草を食む動物のシルエットに見えたりする。
大きく拓けた土地に獣の姿はない。
緊張を解かず、歩みを進める。
すると、右斜め前方5m先の崖下から、2頭の鹿が出て来た。
私に気付いていなかったが、同じ高さに身体を持ち上げ、瞬時に気付いた。
デカい方の鹿が今来た崖下に跳ぶ。
と同時に、私は薬室に弾を装填する。
もう一頭、
小さい鹿が、私の正面のだだっ広い平地に向かって、ぴょんぴょんと突き進んで行く。
私はしゃがみ込み、膝射の姿勢で鉄砲を構える。
跳ぶ鹿の姿が、倍率3倍のスコープで完全に追えている。
レティクルの中心に上半身が載り続けている。
一瞬「撃とうかっ」と思った。
しかし、止めた。
「もう鹿が立ち止まるか」と、フッとそんな気がしたのだ。
しゃがみ込んだ私を見失った鹿は、やはり立ち止まった。
そして、別の個体がする警戒鳴きの声を聞きながら、「どっちから逃げて合流しようか」考えているようだ。
距離50m
倍率3倍のまま狙うには、少し心許ない
スコープの倍率を上げようかと一瞬銃を引き寄せたが、しかし「もし走り出したら低倍率の方が追いやすい」と思い、3倍のまま銃を構える。
呼吸を鎮める。
レティクルの中心が上半身を捉えている。
撃つ
轟音の中、鹿が倒れた。
近づき、止め刺しをし、事切れるまでの間、さっきの一瞬を考えた。
逃げる姿をスコープで捉えていたのに、撃たなかった。
普段であれば、逃げているところを撃つことも稀にある。
その時はもちろん「イケるっ!」と思って引き金を絞る訳だが、躓いたり立ち止まったり、やけに一歩が大きかったりと、不規則な動きをするランニングターゲットを撃つ難しさも分かっているので、どこかで「当たれっ!」と願うような気持ちもある。
しかしさっきは、レティクルの中心にずっと載っているのに、撃たなかった。
何故か。
多分その逃走の速度で、
「これは立ち止まるのを待った方が良い」と推測したのだ。
逆に、もっと早く逃げる鹿だったら、引き金を絞っていた可能性が高い。
この、獣の呼吸を汲み取り、自分がどう動くかを瞬時に考えるのが、狩猟の楽しさなのだろう。
確かにあの一瞬、あの一連、私は鹿の気持ちになったようだった。
若い個体だ。体の大きさから昨年生まれだろう。
山の中で解体を終えると、もう頭上では2羽の鷹が旋回していた。
5時
帰宅。シーちゃんの散歩。
5時30分
流石に岡部さん家(猟友会支部)に尻尾を届けるのは早過ぎるので、ひき肉作り。
もうこの生活の暗さに慣れたが、朝の台所はやはり暗い。
舐達磨の『BUDS MONTAGE』のPVの花が生けてある部屋より暗い。
6時
「流石にまだ早いか。」と、今度は玉ねぎをみじん切りにして炒める。
タマネギを飴色にするのは30分くらいかかる。
しかし、炒めの足りないシャキシャキのタマネギだと、まとまりづらくハンバーグのタネにした時にボロボロと崩れ易くなってしまう。
今日は完璧なハンバーグを目指したい。
だから妥協せず、クニャクニャの飴色を目指す(キリッ)。
7時
タマネギを最高な飴色に炒め終え、朝食にポトフを食べ、ゴミ出しも終える。
狩猟道具の手入れをする。
狩猟ベストに弾、申請書、ビニール袋等を補充。
銃口の先に付けてあったビニールテープを外し、新しく巻き付けて蓋にする。これは、銃口内に枝や泥などの不純物が入ったまま発砲し、暴発する事故を防ぐ為だ。
足袋や猟装を干す。
今日は返り血を浴びていない為、全然汚れなかった。
ストーブの前でコーヒーを飲みながら日記をつける。
8時
岡部さん宅へ向けて出発。
朝の風は冷たい為、半袖短パンの下にレギンスとロンTを着た。
ロードバイクの運転にも慣れ、音もなく流れる風景を楽しむ。
8時30分
岡部さんのところで尻尾を提出。
持参したコーヒーでお茶をし、最近の近隣の猟友会事情についてのお話しを聞く。
私は今の猟友会に令和5年に入会したのだが、令和8年の今、猟師が猟師を紹介し、会員が総勢46人になった。
しかし、
「でっくんが入る前、令和4年、17人だったんだぞ」と言われ、
「ええっ!そんなに増えたんですか!?」と我が耳を疑った。
「だからウチの猟友会は、他んとこからやっかまれてる事も多い」と岡部さんが続ける。
だが、他所の猟友会では
「俺らの掟に従わねえと許さねぇ」みたいな、独善的な事を若手に吹き込むオッチャンも多いと聞く。
「〇〇(猟友会の支部名)なんて、『県外者は入れん。』『土地のもんじゃねぇと入れねぇ。』だと。
そんなこと言ってたら、若い奴が育たんじゃんねぇ。
東京や埼玉から通いでも良いだよ。
たまの週末来て、鉄砲撃って、鹿獲って帰ってくれるじゃあ、鹿も減るし、猟師も増えるし。
そうじゃねぇと、田舎なんて誰もいなくなっちまうだ。」
と岡部さん。
帰り際に「これ初物だ」と桃を2つ下さった。

9時
岡部さんのご自宅を出て、さらに下って里へ向かう。
狩猟の書類関係で官舎へ行かねばならぬ。
道中、アケミさんのご自宅の前を通ると、停められた軽トラの前に立つオッチャンと立ち話するアケミさんが。
「アケミさーん!」と手を振ると、
「あれ、でっくん、寄ってけしー(寄っていきなさい:命令形)」
アケミさんはお料理上手なオバちゃんで、私のお袋と同世代くらいだろうか。
"惚れた腫れた"を人生の内で大層繰り返したらしく、若い女の子の後輩を捕まえては「あんたね〜、男を惚れさせるっちゅうのはね〜」と色々指南をして下さる。
ある日後輩が
「アケミさんから『これ読めし(読みなさい:命令形)』って、頂いたんですけど。」と差し出した本のタイトルには
『男の止まり木』と書いてあった。
「でっく〜ん、久しぶりじゃ〜ん。自転車なんて乗って、何してるだぁ?」
「私今、大地震とかで被災したことを想定して一ヶ月過ごしてまして、ちょっと市内(駅前)に出ないといけないので向かってるとこなんです!」
「あらやだぁ、またでっくぅんハングリーなことしてぇ」
朝なのに、タバコの煙の漂うスナックの色っぽさを感じる
「これ持ってけしぃ(持っていきなさい)」
軽トラのオッチャンがプラム農家さんらしく、荷台にいっぱいのプラムが載っかっている。
「でっくぅん、ちょっと待ってね、今袋持ち行って(取りに行って)くるから」
オッチャンと2人になると
「珍しい名前だね」
「あ、東出と申します」
「珍しいよ、名字が。お父さんどこの人?」
「和歌山です」
「あ、やっぱりそうかぁ。西はね、歴史があるからね、やっぱり色んな名字があるんだよぉ。和歌山とか三重なんてのはねぇ、台風が通るでしょ。でもね、ちゃんと温暖でね、それだけ土地が豊かなんだよねぇ。だから西は文化が育つんだねぇ」
「父も伊勢湾台風を経験したと話しておりました」
「あ、そう。もうそんなお歳なの。いや、この土地もねぇ、信玄さんとか、他にも歴史はあるからねぇ、それにまつわる」などと話していると
「オッチャン長話やめろしー、でっくん、暇じゃねーんだからぁ」とアケミさんが会話を制しながら、袋を持って来て下さった。
「子供ちゃん大っきくなっただぁ?」
「はい、今度連れて来ます!」
「またみんなで飲もっ、料理作って待ってるからぁ」
「はーい、ありがとうございまーす!またー!」
そう言って手を振りながら、また坂を下り始めた。
「"被災生活中"なのに、こんなに果物頂いちゃっていいのかしらん」と考えたが。
次の瞬間「でも"本当に被災"してても、下さるだろうなぁ」と思った。
東京を離れ、こっちに移り住み、私自身の中で一番変わったものが、"将来への不安感"だ。
東京の時は、金が必要だった。
だから、役者と言う仕事をしていながら、
「もし予期せぬ事故に遭って顔に傷でも出来たら、全てが終わる」くらいに思っていた。
こちらに移住し、ただ過ごす生活の中で、東京にいた頃と比較すればとてつもない数の人々と出会い、お茶を飲み、酒を酌み交わし、語らい、可愛がって頂いた。
今、もし顔に傷が出来ても、例え私が大病を患い、寝つき、金銭収入が無くなって家計が逼迫しても、
きっと、いや必ず、みんなが助けてくれる、子供を育ててくれると思う。
プラムの袋を入れたリュックが肩に食い込む。
「もし本当に被災したら」
きっとアケミさんは
「でっくん、これ子供に食べさせろし。あたしなんかもう歳であっち行くばっかりだから、子供に食べさせた方が良いだ」と、仰る気がする。
里はどうにも熱い。
流石の盆地で、自宅付近とは10℃くらい違うのではなかろうか。
そして陽射しの種類が変わるような気がする。
頭がカンカンに熱くなる熱線だ。
「うだるような暑さ」というが、あれの元の言葉は
"ゆだる"なのか、
"うなだれる"的な何かなのか、
はたまた"ウッ、ダル"みたいな感嘆詞から生まれたのか、
などと、延々と続くなだらかな坂道を立ち漕ぎしながら、ヘルメットの中のモウモウとする頭髪の下で、頭が使えていない也の事を考えていた。
諸用を済ませ、帰路に就く。
全体の坂道の8分の1を過ぎた辺りの民家前に、箱に入った大根が並んでいた。

「最高だぜ」と、熱でパッパラパーになった頭の中で、青春のような口調で感謝していた。
有り難く、中ぶりの大根を一本頂戴する。
11時30分
先日も来た渓谷に到着。
着衣のままドボンっと飛び込む。
最っっっ高に気持ちいい!!
川が深く水が青くなっているところへジャバジャバ泳いで、
持って来たタオルで身体をゴシゴシ洗って、
今まで着てた服をザブザブ洗濯し、

岩に乗ってさっき頂いたプラムを食べた。
唾液がジュワッと出てくるほどに酸っぱいが、クエン酸的な美味しさだろうか。疲れた身体を爽やかに癒す味。
川の流れと小鳥の声だけがする。
野生動物追いかけて、果物手に入れて、自転車でヒーヒー言いながら汗かいて、川に飛び込んで泳いで、
「こう言う生活がしたかった」が詰まっていた。
泳ぎながら、「数えてみれば"被災生活"も今日で折り返しか〜」と考えた。
折り返しの今日、今この川が、一番気持ちが昂っていた。
折り返し記念自撮り、一枚パシャリ。

髭も髪も伸び、日に焼けた。
12時30分
帰宅し、掃除をしたり、お布団を干したり、ペンネを茹でたり。
13時30分
昼食の
ペンネアラビアータ

美味い。
「パスタ屋なら出来そうだな〜」と、ふと考えた。
そして、
「でもスパゲッティーニ、ペンネ、タリアテッレとか、色々種類あるし、それによって茹で時間変わるし、ソースもトマトやクリーム、オイル系とか、色々あるし、別々のをちょっとずつ、何十人前も作りながらお客さんの回転率も良くして、一品一品全部美味しいって言うのは、相当難しいだろうな」と考え、
「やっぱ丼ものか〜。カレーとか、ルーローハンとか。
米にガバッとかけたらすぐに提供出来るような。
それに鹿汁とかセットにして。
峠道にお店があったりしたらどうだろう。
初冬の冷たい風の中走って来たバイカーとか、雪からタイヤを掻き出したあとの長距離トラックの運転手とか、ショウガがたっぷり入って芯から温まるような鹿汁なんか、喜ばれるんじゃなかろうか。
その店、昼は定食屋にして、夜は一般のお客様は完全予約制にして、猟師仲間は顔見知り同士がフラ〜っと立ち寄って、夜な夜な情報交換出来るようなお店にしよう。
店名はどうしようか。
アジトっぽいから『AJITO』。いや、『Agito』の方がそれっぽいか。う〜ん、でも、格好つけ過ぎか。
でも、ちょっと猟師飯の希少性の雰囲気がある『Moguri』とか良いな〜」
などと、ただの妄想を繰り広げていた。
14時30分
妻子が帰って来ない。
犬の散歩がてら、最寄りのバス停に時刻表を見に行く。
16時くらいのが最終か。
16時30分
まだ帰って来ない。
「何かあったんだろうか?」と考えるが、本当に何かあれば遣いをよこすだろう。
今晩も帰って来ないとなると、それは寂しい。
もし帰ってこないようであれば、「自分の分だけハンバーグ焼くのも面倒くさいなぁ〜。強い酒飲んで寝ちゃおうかなぁ〜」などと考えた。
17時
妻子がユウカの車で送ってもらいながら帰って来た。
良かった!
テンションが上がる。
送り届けてくれたユウカから先日の罠の苦情の件などを聞き、
「大変お疲れ様でした。まぁ活動してるとイチャモンつけてくる人いるし、しょうがない」と慰める。
18時30分
親子で食事。夕餉の献立は、
大根とシーチキンマヨネーズのサラダ
鹿ハンバーグ 5つ
炊き立ての2分搗き米
ハンバーグはさっぱりしていて美味かった。
しかし、フードプロセッサーか手で粗挽きにしないと、ボニーのミンサーではスライム肉の様に柔らかく歯応えが感じられなかった。
ミンサーは餃子とかスープとかの時にしよう。
20時
ワインの1本目がなかなか減らないうちから眠くなってきた。
歯を磨いてお布団へ。
21時
お風呂上がりの奥さんに
「昌大さん、鹿の匂いになってきました」
と言われてハッとする
「マジ!?臭い!?」
「いや、臭いって言うんじゃなく、
でも、これって、本当の人の匂いなのかも。草と、土と、太陽の匂い。」
「あと煙の匂いも」
「そうですね。嫌な匂いでは無いんです。懐かしいような」
服部さんと山に行くと、「服部さんは鹿の匂いがするな〜」とよく思う。本当に嫌な匂いではなく、
土と、草と、赤ちゃんから発せられる母乳の甘い香りが混ざったような、そんな匂い。
川で沐浴、洗濯し、デオドラントもシャンプーも香水もしていない私は、2週間で純粋な"ヒトの匂い"になってきたのかも知れない。
21時30分
就寝
今日読んだ本
告白
今日一番食べたかった物
水浴びの後の川縁の岩の上で、エスプレッソダブル飲みながらタバコ吸いたかった
