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勝手に久留島クイズ

久留島武彦(1874-1960)は、明治から昭和にかけて活躍した児童文学者であり、「日本のアンデルセン」と称される人物です。
1950年から玖珠町で「日本童話祭」をおこなうきっかけとなった人物です。
面白い人物なので勝手にクイズを作ってみました。
皆さんも挑戦してみて下さい。



第1問:久留島武彦の別名は?
① 童話の神様
② 日本のアンデルセン
③ お話のおじいさん


答え:② 日本のアンデルセン

(解説:世界中に童話を広めたアンデルセンのように、日本全国を回って子どもたちに夢を与えたことからそう呼ばれています。)

第2問:久留島武彦が口演童話の際に、子どもたちの注目を集めるために使っていた独特な道具は何?
① 巨大なハリセン
② 魔法の杖
③ 手作りの紙芝居


答え:① 巨大なハリセン

(解説:大きなハリセンで机を「パン!」と叩いて、子どもたちの関心を一気に引きつけ、お話の世界に引き込みました。これは彼のトレードマークの一つでした。)

第3問:久留島武彦が、1950年に「こどもの日」を祝うために始めた、現在も玖珠町で行われているお祭りは?
① 玖珠川イカダ下り
② 日本童話祭
③ 巨大凧揚げ大会


答え:② 日本童話祭

(解説:毎年5月5日に開催され、巨大な鯉のぼりが空を泳ぐことでも有名です。)


第4問:久留島武彦が、お話をする時に着ていた特徴的な衣装は?

① 燕尾服(えんびふく)
② 紋付袴(もんつきはかま)
③ 探検家の服


答え:① 燕尾服(えんびふく)

(解説:正装である燕尾服をビシッと着こなし、子どもたちに対して敬意を持って接していました。)

第5問:久留島武彦が、子どもたちに一番伝えたかったメッセージは次のうちどれ?
① 「勉強をしなさい」
② 「世界一になりなさい」
③ 「継続は力なり(続けていくことが大事)」


答え:③ 「継続は力なり」
(解説:彼自身が50年以上口演を続けた姿を通して、あきらめずに続けることの大切さを伝えました。)

第6問:久留島武彦が、お話の最後によく言っていた有名な決まり文句は?
① 「めでたし、めでたし」
② 「ハッピー、ハッピー、ハッピー」
③ 「くるしま、くるしま、おもしろい」


答え:② 「ハッピー、ハッピー、ハッピー」

(解説:お話を聞いた子どもたちが幸せな気持ちになれるよう、この言葉を添えていました。)


第7問:久留島武彦が日本で初めて開催した、子どもたちが楽しみにしている行事は?
① 林間学校
② 読書感想文コンクール
③ 子どもの日

答え:① 林間学校
(解説:1904年に大分県九重町で日本初の「林間学校」を開きました。自然の中で学ぶ大切さを伝えました。)


第8問:久留島武彦が「お話」を届けるために、50年以上も続けていた活動は何?

① 魔法の馬車で旅をした
② 全国を回る「口演(こうえん)童話」
③ 毎日100通の手紙を書いた


答え:② 全国を回る「口演童話」
(解説:ただ本を読むだけでなく、表情豊かに語りかける「口演」というスタイルで、全国の子どもたちにお話を届けました。)


第9問:久留島武彦が、子どもたちのために「端午の節句」を「こどもの日」にしようと提唱した際、大切にしていた考え方は?
① 子どもにプレゼントをあげる日
② 子どもの人格を重んじ、幸福をはかる日
③ 読み聞かせを一日中行う日


答え:② 子どもの人格を重んじ、幸福をはかる日

(解説:久留島は「こどもの日」制定の提唱者の一人です。単なるお祝いの日ではなく、子どもを一人の人間として尊重する日として普及に尽力しました。)


第10問:久留島武彦が、デンマークにあるアンデルセンの生家を訪れた際、あるものを持ち帰って日本に広めました。それは何?

① アンデルセンの靴のレプリカ
② 切り絵の技術
③ 庭に咲いていたバラの株


答え:③ 庭に咲いていたバラの株

(解説:1926年にデンマークを訪れた際、アンデルセン生家のバラを持ち帰りました。現在もその末裔が「アンデルセンのバラ」として各地で大切に育てられています。)


第11問:久留島武彦の出身地はどこ?
① 大分県玖珠町
② 熊本県阿蘇市
③ 福岡県柳川市

答え:① 大分県玖珠町
(解説:玖珠町は「童話の里」として知られ、現在も久留島武彦記念館があります。)


第12問:久留島武彦の先祖は、瀬戸内海で活躍した有名な集団ですが、それは何?

① 忍者
② 村上水軍(海賊)
③ 刀鍛冶


答え:② 村上水軍(海賊)

(解説:伊予(愛媛県)の村上水軍の血筋を引く、森藩(玖珠)の家系に生まれました。)


第13問:久留島武彦が、ボーイスカウト運動において日本で初めて作った組織は何?
① 少年団
② 少女隊
③ カブスカウト(年少者向けの部門)


答え:③ カブスカウト

(解説:年少の子どもたちの教育にも力を入れ、日本のカブスカウトの先駆者となりました。)


第14問:久留島武彦が、アンデルセンの母国デンマークから贈られた称号は何?
① 童話の王様
② デンマーク・ダネブロー勲章
③ 世界一のおじいさん


答え:② デンマーク・ダネブロー勲章

(解説:アンデルセンの精神を日本に広めた功績が認められ、デンマーク国王から授与されました。)


第15問:久留島武彦が、子どもたちに「お話」を届けるために旅をした期間は合計で何年?
① 約10年
② 約30年
③ 約50年以上


答え:③ 約50年以上

(解説:明治から昭和にかけて、生涯をかけて全国の子どもたちにお話を届け続けました。)


第16問:久留島武彦が、お話の途中で子どもたちが飽きないように取り入れていた「遊び」は何?

① 影絵
② 指遊びや手遊び
③ 縄跳び


答え:② 指遊びや手遊び

(解説:お話の合間に手遊びを入れ、子どもたちを飽きさせない工夫を凝らしていました。)

大分県玖珠町の出身で、村上水軍の血を引く森藩士の家系に生まれました。

彼の最大の功績は、50年以上にわたって全国各地を巡り、子どもたちに直接物語を語り聞かせる「口演童話」を普及させたことです。正装の燕尾服をまとい、巨大なハリセンで机を叩いて注目を集める独特のスタイルで、多くの子どもたちを魅了しました。

また、教育者としても先駆的な役割を果たしました。1904年には日本初の「林間学校」を開催し、自然の中での学びを提唱。さらに、ボーイスカウト運動の発展にも尽力し、年少部門である「カブスカウト」の基礎を築きました。

「こどもの日」の制定にも深く関わり、単なるお祝いの日ではなく「子どもの人格を重んじ、幸福をはかる日」という理念を広めました。お話の最後に「ハッピー、ハッピー、ハッピー」と唱え、子どもたちの幸せを願い続けた彼の精神は、現在も故郷・玖珠町の「日本童話祭」や久留島武彦記念館を通じて、次世代へと受け継がれています。




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