私が仕事を辞めて、取り戻したかったもの
退職を決めた理由はいくつかあります。
収入のこと、働き方のこと、これからの生き方のこと。
たくさん悩み、たくさん考えて出した結論でした。
その中の一つに、
「もっと丁寧に暮らしたい」という思いがあります。
今日は、そのことについて書いてみようと思います。
教員時代は、とにかく忙しい毎日でした。
朝から夜まで時間に追われ、やることに追われ、
まるで毎日が綱渡りのような感覚。
一日をなんとか走り切って家に帰るころには、もうヘトヘト。
そこから家事をする気力は、ほとんど残っていませんでした。
だから夕食も、手の込んだものを作る余裕はなく、
帰り道にファーストフードを買ったり、
お弁当やお惣菜に頼る日も多くありました。
それが悪いことだとは思っていません。
そのときの私は、それしかできなかったから。
夫も子どもも、誰も文句は言いませんでした。
私が忙しいことを、ちゃんとわかってくれていたからです。
それでもふとしたときに、
「こんな母親でいいのだろうか」と思うことがありました。
子どもにファーストフードを夕食として出している自分。
そして、年齢を重ねる中で感じる体の変化。
40代を過ぎて、明らかに太りやすくなっていく体に対して、
夜にファーストフードやお弁当が続く生活は、
やはり良いものではないと感じていました。
「もう少し、ちゃんと暮らしたい」
そんな思いが、少しずつ心の中に積み重なっていきました。
そして、退職して初めて迎えた日の夕食。
私はユーリンチーを作りました。
今までの私なら、平日の夜に揚げ物をするなんて、
考えられないことでした。
でも、その日は違いました。
心にも、時間にも、余裕があったのです。
鶏肉に片栗粉をまぶし、油でカラッと揚げる。
ジュワッという音とともに、こんがりと色づいていく鶏肉。
そこに、ネギをたっぷり入れた甘酸っぱいタレをかけて、
ユーリンチーの完成です。
特別な料理ではないかもしれません。
でも、その一品には、これまでの私にはなかった「余白」がありました。
食卓に並べると、子どもたちは「おいしい!」と笑顔で、
モリモリと食べてくれました。
その姿を見て、胸の奥がじんわりとあたたかくなりました。
「ああ、こういう時間が欲しかったんだな」
そう感じた瞬間でした。
忙しさの中で見えなくなっていたもの。
後回しにしてきたもの。
それは、こんなふうに家族とゆっくり食卓を囲み、
「おいしいね」と笑い合う、何気ない時間でした。
私はこの日、確かに「幸せ」を感じていました。
特別なことではないけれど、
こうして家族と食卓を囲み、心に余裕を持って過ごす時間。
私にとっての「丁寧な暮らし」とは、
きっと、こういう何気ない瞬間の積み重ねなのだと思います。
忙しさの中では見えなくなっていた大切なものを、
これからは一つひとつ、ちゃんと感じながら暮らしていきたい。
そう思えたことが、
私が退職という選択をした、大きな理由の一つです。
