CALIFORNIA DREAMIN` 第十話
夜になると炭鉱夫たちが町へ繰り出してきて一大歓楽街になった。
そこかしこから聞こえる酔っ払いたちの騒ぐ声、争う声を三階の部屋の窓から見下ろした。
「お前は飲みに行かないのか?」とシャバル。
お前が居るから飲みに行けないのだ。禁酒中でもあったが。話に付き合うと長くなりそうだったので積極的に無視した。
「どうして俺が此処へ案内したと思う?」ベッドに括り付けられたシャバルが訊いてきた。
無視する。
「なあ」
「黙ってろ。一番近くの病院を紹介したかったって事でいいじゃねえか」
「本当にそれで…」
もう邪魔くさいので言葉を遮った。「仲間が助けに来るんだろ」
シャバルが黙った。
「初めは自警団の中に仲間がいるのかと思ったが、あのスミスって爺さんは融通は利かないが律儀な昔気質の西部の男って感じがする。だから曲がった事は一切しないだろうし、あの人の部下にもそれは許さないだろう。となると炭鉱夫の中に、って考えるのが真っ当な想像力の行使と言えねえか?」
「ほう」
「本当の事言うとできればお前の事、四千幾らで売って自警団に押し付けられれば良かったんだがな」
「合ってるかどうかは差し置いて、そこまで予想してて、なんでお前ら此処に泊ったんだ?」
「うちの頭領がこの建物見て決めたんだ。野営してるトコに来られるよりは、この部屋にいた方が入ってくる経路は限られるから仕事が楽だってね。だから来てくれても構わねえ。階段の上で待ってりゃいいだけだからな」
「それじゃあ七面鳥撃ちじゃねえか」
「それより簡単かも。勿論、恩赦は無えぜ」
「イカれ過ぎだろ、ピンカートン」
「だからピンカートンなのかもな」言って自戒した。確かにイカれた作戦過ぎる。テメエが囮でもあるし、実入りも無いのに虎穴に入り過ぎだ。
夜も宴もたけなわという時間になって、主人の出身地から取ったのか『ダコタグランドホテル』と屋号の付いた俺たちのいる宿屋に男たちが五人、一つしかない入り口から入って来るのを三階窓から確認した。
やっと来た、そんな感じだった。正体不明の五人。徒党を組んで、という感じだった。炭鉱夫なのか、それとも森で会ったシャバルの手下か、毛皮を脱いでいるので分からない。
兎に角、旅の者ではなかった。格好が軽装だ。今日は女は居ない、となるとこの町に家のある土着の者には宿屋は用は無い場所の筈である。
導き出した答えに則って、廊下へ出て隣の部屋へノック三回。出やがらない。多分、飲みに行っている。一切合切任せた、という事。
舌打ちして階段の前へ。手摺から身を乗り出して階下を見下ろした。
男たちがぞろぞろと上がってくる。
今、撃てば七面鳥撃ちだが、ただ階段を上がってくる奴をテメエ勝手に撃つ事は憚られた。それはガンマンの流儀だ。ガンファイターのそれではない。
ガンファイターとガンマン、二つは違う。
ガンファイターの定義ってもんは銃を自分の法律とし、いざという時その使用を躊躇わない男の事だ。ガンマンはただの無法者。職業的殺し屋を指す。要するに政治家と詐欺師くらいの決定的だが薄氷の差がある。どちらが氷の上で、どちらが氷の下で溺れているかは知らないが。
薄氷の上である。どっちにしろ長く乗っかってれば、底が抜けて溺れ死ぬのだから、どちらに属してようが気にすることは無い。が、当人たちにとっては大きな違いで、俺もガンファイターの世界の住人である事に誇りを持っていた。法を遵守し、させるのだ。どこの誰の法かはその時に決めればいい。
だから俺はガンファイターの自己流儀に従い警告した。わざと銃が見えるようにして階下の彼らに話しかけた。「アンタら何処に行く気だい?」と。
階下からの一斉砲撃を受けた。見事なまでに全員が全員、銃を抜き放ち俺にぶっ放してきやがった。
やっぱり敵だ、と認識。何とか寸での所で三階踊り場から飛び退いた。
銃弾が天井に、体重を預ける薄い床板に抉るようにめり込んだ。床板を突き抜ける物もあった。安普請を呪う。
二丁拳銃。弾は合わせて十二発。五人を倒すのには十分な物量。あとは腕と度胸だ。
そろりと手摺脇に近づき、階下に一発ぶち込んだ。途端にまた一斉放火を浴びせられ、階段上から退いた。
こんな事なら黙って七面鳥撃ちをしておけばよかった。五発撃って仕舞いの仕事だった。なのに銃火の中、終わりが見えない。格好をつけた報いだ。
務めて冷静に分析。奴等の狙いはシャバルの奪還。俺はそれを防げばいい。打って出る必要など丸で無いのだ。
奴等には時間の制約もある。とっととシャバルを奪還してずらからないと、銃声を聞いたスミスら自警団の参戦も許してしまいかねない。
だから俺は待てばいいのだ。
直ぐに奴らが焦れて動き出した。階段を一段上がるたびに踏み面が軋んで鳴った。俺に到来を知らせてくれた。音は徐々に大きくなり大きくなり。安普請の恩恵を得る。
俺は柱の陰から左手をクロスして台座替わりにして銃を握る右手を置いた。狙いを定め、姿が現れるのを待つ。
やがて先頭の男の姿が露になる。右手に構えた銃。
できれば殺生はしたくはない。男の右手に狙いを定めて引金を引いた。
轟く銃声。男の右手から銃が跳ね上がり、体は階段を転げ落ちていった。巻き添いを喰らい一緒に階下の踊り場まで同道した者もいた様でドタドタと騒いだ後、階上への一斉射撃が敢行された。
当たるわけがないし、そもそも彼らの銃撃が当たる場所に俺は居なかった。
職業的でない好事家的な襲撃に思えた。
少なくとも五人のうち一人は攻撃不能にした。さて後は、残った彼らがまだ旺盛な意欲を保っているかどうかである。
意欲が霧散無消していれば退散して仕舞い、となる。
まだ血気盛んなら…邪魔くさい。
階下の彼らに道理を説いた。「もうやめとけ。お前ら素人じゃ無理だ。まだやるんだったら今度は腕じゃなく、急所をぶち抜くぞ」まるで苦み走った玄人の様な言い様だった。
返事の銃声が鳴った。まだ旺盛である、との意思表示。
そういえば、こちらはまだ名乗っていなかった事を思い出した。きっと名乗れば効果があるはずだ。「お前らよく聞け。俺達はピンカートン探偵社の者だ。理解できたか? 情け容赦は無しだ。家へ帰るのか、地獄へ行くのか今すぐ決めろ」自分で言うのもなんだが、かなりの決めフレーズだと思った。その証拠に今度は返しの銃声が鳴らなかった。
僥倖だ。ほくそ笑む。そして帰ってくれ、と切に願った。
耳を澄ました。足音を探る。聞こえない。
逡巡しているのか? なら、もう一押し。
敢えて踵を鳴らして階段へ近づいた。床板が悲鳴の様に軋む。
彼らの耳朶には、姿の見えぬ暗黒のガンマンの到来を告げている事だろう。そういう演出。ただ俺も怖い。
功を奏すか? 功を奏すと判断。反撃しない時点で彼らは既に日和っている。
階段上に姿を晒した。階下の踊り場に彼らは居ない。二階まで後退しているようだ。かなりの踏ん切りが要ったが階段へ踏み出した。階下へ向かう。一段ずつ死が近づく。どちらの? 誰の? 死ぬ気は無いし、殺生もしたくない。その為の敢えて、だ。
二階、田舎面の五人。踊り場から見下ろした。彼らの目が泳いでいるのを見て取れた。仕上げに掛かる。二丁拳銃を彼らに向けスッと合わせた。
暫しの間。
照準を少し外し、連射した。乱れ撃った。
総崩れ。尾撃音の残像の中、男たちが転がりながら階段を下り逃げてゆく。
俺は階下まで下り、宿屋の外の雑踏まで彼らが駆けてゆくのを見送り、ホルスターに銃を仕舞った。一丁上がりだ。
三階まで戻る道すがら、床に転がる空薬莢の数に嫌気がさして頭が痛くなった。不味い仕事だ。弾の無駄遣い甚だしい。きっとブロンソンとマクギブンには皮肉と諧謔の混じった詰りを味あわされる事だろう。戻った部屋では、たっぷり銃声を聞いたであろうシャバルにまで言われてしまった。
「随分、大仕事だったな。騎兵隊でも来たのか?」
くそったれめ。
「アンタ位の大物なら、来たんじゃねえか」と俺。大して面白くない返しに、また自分が嫌になった。
その後は銃声を聞き、遅きに逸したがおっとり刀で駆け付けたスミスら自警団の連中に、朝方になって飲み屋から帰ってきたブロンソンとマクギブンに今晩の顛末を話し、太陽を迎えた。
ブロンソンとマクギブンの評価は案の定だったが、スミスからは死人を出さなかった点へのそれなりの高い評価の声を頂いた。これだと自警団に鞍替えした方が出世は早そうだ。
身支度をしていると、朝一番にスミスが俺達の所へやってきた。話はやはりシャバルについてだった。昨晩の様な事があっては困ると言うのだ。勿論、俺達も困る。
「じゃあ、どうしろってんだい?」とマクギブン。
「俺達に身柄を渡すか、出来ないのなら早々に出て行ってくれ」とスミス。
「出て行く事にはやぶさかではねえが、病院に一人寝てるんでな。放ったらかして出て行くわけにもいかねえ」マクギブンはつい先日、置いていくしかねえ、と言っておきながら言い放った。こちらに有利なディールを引き出す算段の為なのだろうが酷いものだ。「看病が必要なんだよ」
「それをコチラがするから出て行け、ってのならどうだ?」
「シャバルは?」
「こっちが貰う」
「それじゃあ、四千五百で看護料払うのと同じじゃねえか。王室病院おっ建てたってそんな無法な料金じゃ火を付けられるぞ」
「シャバルはこっちだ」
「四千五百だぞ。それは譲れねえ」
「何でウチが怪我人の世話だけせにゃならない?」スミスの言。至極当然。
「こういうのはどうだ?」ブロンソンが口を開いた。まとめに掛かったと俺は思った。「シャバルを捕らえたのは自警団だ。それを合衆国憲法で裁くため、町への移送その他委細全てをピンカートン探偵社に委託した。形式上はアンタら。身柄は俺達」
「なるほど」とマクギブン。「これなら誰も損しねえ。俺達は四千五百さえ入ればいいんだしな。アンタらは体裁が整う。給料強盗のシャバルを捕らえたって報告が炭鉱主に出来る。炭鉱主なんてどうせ町に居て、こっちには出張らないんだろ? ならバレやしねえよ。そうしようぜ」
「ウチが捕まえた?」
「ああ」とブロンソン。声も出さずに頷いた。
スミスは暫し思案し、頷いた。
交渉成立。
ステフの看病については、人道上の見地からという理由で炭鉱町の病院で診る事となった。スミスが上手く取り計ってくれるだろう。
マクギブンが上手く押し付けた、とも言えたがスミスも黙って甘受した。
自警団も労を要さず給料強盗捕縛の栄誉に浴するのだ。これくらい易いものだ。
で、件の取り決め通り、早々の出立となった。自分たちの物にならないのなら、治安悪化の種となるシャバルを連れて、とっとと失せろ、という事である。
出立を前にステフの許へ。絶賛、意識混濁中。聞こえているか分からないが、取り敢えず事態を報告。別れを告げた。
「…ちょっと待て」とステフ。
声は掠れて死の間際という感じ。否、生還したのか。兎に角、全部が全部かは分からないが聞こえていた様で俺を呼び止めた。
「置いて行くのか…?」
「じゃないとランドン宣教師を探せない」高い職業意識を理由として持ち出した。特に持ち合わせてはいなかったが。「俺達の請け負った仕事だ」
お前の為でもある、と付け加えておいた。この仕事を途中で放棄すれば、俺達だけでなく彼の失点にもなる。
ただ俺や多分、ブロンソンやマクギブンには失点という概念は無く、男として遣り切れなかった、という心残りを作りたくなかったというだけであったが。
ステフは「俺も行く」と言い張った。
俺は頭を横へ振った。静かに丁寧に。そして病室を後にした。
ステフの追いすがる声を背で訊いた。彼も男なのだ。口惜しいだろうが堪えてくれ、と背で訴えかけた。
此処で別れたら、もう一緒に組む事もそう無かろう。広い荒野だ。いつも生と死がごっちゃになっている俺達だ。
あばよ、ステファン・スタッフルビーム。悪い奴ではなかった。
これも一つの今生の別れ、と俺は病院を後にし、西部の大地に足を踏み出した。
