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GOLDSMITHES ARE FOREVER 36話

「チコの調子はどうなんだ?」いつもの朝の様にブロック肉を食らうチコをゲージの外から見下ろしながらビリーはアンソニーに聞いた。
「悪いわけがないさ」
 確かにチコはアンソニーが悪いわけがない、と言い切れるだけの食欲だ。
「いよいよタイトルマッチだな」
「期待して見ててよ」
「期待しないとは言ってねえぜ」
「じゃあ大いに賭けてくれよ。絶対勝つからさ」
「ああ、そうする」
 ビリーの人探しは丸で進んでいなかった。というよりもチコの訓練に付き合っていた時間の方が長かったくらいだ。かまけていた訳ではなかったのだが、誰に聞いてもけんもほろろ。新聞の尋ね人広告も反響は梨の礫だったので、当然のごとく優先順位は闘犬の方にシフトした。前進無いものに拍車をかけても動かぬ時は動かぬ、と西部の荒野が教えてくれた道理をそのまま生かした形だ。
 この日も朝食のあと、テメエの仕事は扠置いて、アンソニーと一緒にチコを連れて河まで行き、水浴びをして、チコを洗ってやり、幾分かでも彼の見栄えを良くしてやろうと苦心した。この日、チコは王者になるのだ。それ相応の風体は必要と判断したためだ。
「こんなの必要なのかい?」アンソニーが言った。
「王者になったら、写真撮るだろ? 闘犬場の入口の横んトコに歴代のが貼っつけてあったぜ」
「まあ多分。皆してるからな」 
「その時、埃まみれだったら貫禄が出ないだろ」
「その時は、どうせ血まみれさ」
「だとしても、だ」
「気にするかい?」
「王者になれば、記録として永遠に残るんだ。やりすぎって事は無えぜ」
「分かった。じゃあそうするよ」
 アンソニーも加わり、二人がかりでチコを王者へと仕立て上げる。準備は万端だ。後は試合を待つのみだ。ビリーはそう思った。
 
 午後一時。ビリーは闘犬場の擂り鉢式の観客席のちょうど下側にあたる控えの通路でメインマッチの出番をアンソニーとチコと共に待った。
 通路の先から陽光と歓声が溢れてくる。前座の試合も好勝負が展開されている事が窺えた。この歓声が止めば、いよいよ出番だ。
 いつもの様にチコが気合を漲らせ、いきり立つ。両手でリードを引いてアンソニーが、会場へ出張ろうとするチコを必死で押し留める。
 悪くない傾向。自然、コンセントレーションが高まる。アンソニーがリードを引く犬はアンソニーの飼い犬でもなければ愛犬でもない。一匹の闘犬だ。誰彼構わず愛想良く尻尾を振りはしない。何人たりとも牙を立て噛み付く猛犬だ。
 歓声が止み、負け犬が通路へ退がってきた。
 チコは目もくれなかった。アンソニーは意識的に見ないようにし、ビリーは横目でチラリと見た。慣れていない所為か、体中に牙を立てられた血に染まる犬には凄惨さしか感じなかった。闘犬である以上、否、闘犬でなくとも矢面に立つ男である以上、向う傷を負う事は避けては通れない宿命なのだが、犬コロの場合、見るに堪えない。
 そして、また歓声が高まった。擂り鉢の底のサークルの中でチコとジョー・ザ・ボスが呼び出しを受けたのだ。アンソニーはチコを抑えていたリードを少し緩め、ゆっくりと前進させ、通路の奥、陽光の中へと歩みだした。
 二人と一匹は擂り鉢の底へと躍り出た。観客席は九分九厘埋まっており、彼らの発する歓声が割れるように聞こえた。
 反対の穴からロバーツを従えジョー・ザ・ボスが姿を表す。彼も前に会った時とは一味違う男の貌。戦いを前に漲る闘志を隠しもしなかった。
 チコとジョー・ザ・ボスが今すぐにでも噛み付かん、と睨みを交わす。リードを引き、分かつ飼い主たち。否応にもボルテージは高まる。
 飼い主達によってサークルの縁まで引き離された両犬。もう誰も宥めはしない。その時はすぐだ。
 ビリーはアンソニーとチコを見て、対角のロバーツとジョー・ザ・ボスを見やった。真剣な眼差し。好きも嫌いもない。どちらも混じりっ気のない純情。もちろん自分たちが勝つと思っている。
 ビリーはアンソニーと友人になりチコの訓練にも付き合った仲で、ロバーツにはいい印象は持ち得ず、ジョー・ザ・ボスには何の感慨も抱いてはいなかったが、どちらにも負けてほしくはないな、と思った。どうしてそう思ったのかは分からない。立場上はチコの勝利のみを願っていればいいわけで、どうしたものか。持ち前の博愛精神がそうさせたのか? いや、そもそも博愛精神を過剰に持ち合わせた覚えはない。そこまで考えて深く考えるのをやめた。その答えが出たところで特段の今後の人生の啓示となりうる瞬きが生まれるわけでも無し、と思ったからだ。
 そして昂ぶりがサークル内を支配し、観衆の熱狂がそれを包み込み、「ファイト」の合図と共にリード綱から解き放たれた両犬は牙を剥き、殺到し合った。

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