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GOLDSMITHES ARE FOREVER 30話

飯が無ければ、寝るしかない。ベンチに転がり、シーツを体に巻きつけた。
 しかし、そう易易と寝られる程、人間は単純に出来てはいない。
 一人寝。ベスの事を想う。
 ベスは今頃、誰か別の男に抱かれているのだろうか…。彼女の服務する商売柄、そうなるのが当然なのだろうが、想像する事すら否定したかったので、彼女も俺の事を想い一人で寝ているものとする事にした。
この女と俺は繋がっている。
娼婦に処女性めいたものを求めるのは馬鹿げているかもしれないが、世の中に絶対などという物はない。
 処女で懐妊した女だって俺の知る限り一人いるくらいだ。そう言い張っているだけかもしれないが、信じる者は救われる。
 
 浅い河だ。そう踏んだビリーは、二頭のアパルーサに拍車をかけた。勢いづいた馬が荷馬車を曳き川面を乱した。
 思ったより河底は石が多く、しかも想定より大きなものがごろついていた。石を噛むたび馬車はひどく揺れた。車軸は軋んだ。水深も思ったより深く車輪の半分は川面の下だ。
 対岸に街はもう見えている。
これ以上、深くなるな、と念じながらビリーは残りの分を何とか渡りきった。
「危なかったね」対岸から一部始終を見ていた犬を連れた少年がビリーに言った。「も少し下流に行けば浅くて渡りやすかったのに」
「なら教えてくれよ」ズボンの裾まで濡らす前に、と付け加えたかった位だ。
「言おうと思ったら、渡り始めたからさあ」
「あの街は何て街だ?」ビリーは川沿いに広がる街をこなして言った。
「パッカードさ」
「そうか。パッカードか」ほんのり口角が上がる。
 ハリソンの言う通り、ちょうど三日で目的地にたどり着いた寸法になる。
「牛追いの仕事なら、街の反対側の牛囲いの方に行けば、話を聞いてもらえるよ」
「おい、俺がカウボーイ志望に見えるのか?」
「犬連れてないだろ? じゃあカウボーイだ。この街は牛追いか闘犬しかない街だよ。他に用のある人なんていない」
「その他の用の人さ。俺は」
「どんな?」
「まあ乗れよ。街を案内してくれ」
 少年は犬とともに馬車に乗り込んだ。
 少年の名前はアンソニー。
犬の名はチコと言うそうだ。
「もう少し強そうな名前をつけたらどうだ? 闘犬なんだろ?」
「今は大きいけど、生まれた時はチコって感じだったんだよ。大きくなったからって名前を変えるのもおかしいだろ」
「しかしチコじゃ弱そうだ」
「でも、強いんだぜ。今度、街のチャンピオンになる」
 確かに四股は太く、逞しく隆起してはいたが、この鼻っ面だけが白い黒毛の犬がそれほど強そうにはビリーには見えなかった。強弱を表するよりも先に、貧富を表する方に注力を注ぎたくなる風貌だったからだ。そして貧富で言うと間違いなく貧乏臭かった。
 ビリーとアンソニーを乗せた荷馬車は、街の中心へと入っていった。中心といっても大したものがあるわけではない。街の機能を果たすのに最低限なものは全て揃ってはいたが、流行っている街独特のきな臭さはビリーの鼻腔に匂う事はなかった。
豊富な水源と街の反対側に広がる草原が牧畜に適しているため、アンソニー曰く、大きな牧場が三つほどあるのだそうだ。そこで働く牧童たちが住む街といったところか。
 互の牧場同士で啀み合う事もなく共存共栄の道を歩んでいる事も好感が持てる。
「喧嘩したりしないのかい?」
「喧嘩?」アンソニーは不思議そうな目でビリーを見つめた。
「酒飲んだりしてさあ」
「しないよォ。皆、闘犬で争ったりはするけど」
 なるほど。犬コロ使って、ガス抜きをさせているのか。ここの牧場主たちは意外に策士だとビリーは思った。
 宿屋をアンソニーに紹介してもらったビリーは、駄賃がわりにニューチェルシートリビューン紙を束の中から一部くれてやり、マーガレット・ゴールドスミスについて訊いた。アンソニーは知らないとの事。相手は十歳になるかならないかの年端も行かぬ少年だし、まあ、そう簡単にはいかないだろうと思っていたので失望はそれほど感じ無かった。
 取り敢えず宿屋も見つかったので、二晩と半日の疲れを癒すためにも、今日はこのくらいにして風呂を浴びてとっとと寝る事にするか、とビリーは思い、そうした。
 翌朝、人の集まるところは、と考え、宿屋の主人に教えてもらいビリーは闘犬場に赴いた。
 客は、ほぼ牧童たち。取り敢えず新聞を配る。料金は二セント。新聞というものは文明である。彼らは田舎町でそれに飢えていたのだ。なかなか見る機会のないものへの物珍しさもあろう。新聞は飛ぶように売れた。ニューチェルシートリビューン・パッカード支局を開設しようかと思う程に。
 闘犬場は犬を戦わせる場だけでなく、賭博場でもある。ギャンブルでの麻痺した金銭感覚が新聞購買意欲につながっているのだろう。上手く転がった。
 後は購入者に新聞を読んでもらい、闘犬でも見ながら情報を待つ。
 すり鉢式の観客席の底に掘り込まれた有刺鉄線でグルリと周りを囲んだ闘技場。その中で犬コロが互いに牙を立て合っていた。
 で、客はどちらか勝つと思う方に賭ける。
 単純な構図。いい商売。多分、胴元は牧場主たちだろう。牧童たちに給料を払い、それを回収。そして辛い仕事のガス抜きもする。一石何鳥かの仕組みだ。勿論、儲ける奴もいるだろうが相対的に見ると賭け事は全て胴元が持っていく仕組みになっている。だから牧場主たちはこの街が存在する限り永遠に儲け続ける。
 ビリーは棺桶運搬の旅に出る数日前にキャマロの街で胴元稼業に従事し味をしめていたので、ぼったくられる客になる気にはなれず、よって賭けには参加せず、犬の果し合いだけを見守った。賭けるにしても、まずはものの良し悪しが分からなければ賭けようもない。数試合見ていると、どちらの犬の方が勝てるのか、なんとなく分かるようになってきた。ようは足だ。これは長くなくともいい。そして首だ。これが太い方が最後まで相手を追い立て続ける。
 一度賭けてみるか、と思ったところで昨日の見窄らしい犬が有刺鉄線で囲われたサークルの中に姿を現した。チコだ。アンソニーも一緒にいる。
 客席から見下ろし俯瞰で見ると、昨日は飼い主のアンソニーが小さいので相対的に大きく見えただけで、チコはかなり小柄な部類の闘犬だ。対戦相手の犬の方が二回りは大きい。足や首周りの評価も相手の方が上だ。だから賭けるなら相手の方という事になるが、あえて昨日の誼でチコに賭ける事にした。御布施のようなものだ。
 ビリーは掛率を見比べ、チコに五ドル張って席に戻った。
 サークルの中、審判の「ファイト」の掛け声と共に首輪を外されたチコが相手に殺到する。対戦相手は完全に立ち遅れた。早い出足の低い姿勢で、下から相手の喉に噛み付いたチコが相手の首をねじり上げる。
「行けッ、チコッ!」アンソニーのアルト声がビリーの許まで聞こえてきた。「そのまま倒せッ!」
 大きな前足を使い、チコを踏みつけ引き剥がそうとする相手。しかしチコは首に噛み付いたまま離さない。
 ビリーも知らぬ間に前のめりになっていた。
 顎の力が尽きると形勢は一気に逆転しそうだ。何より相手とは体格が違うのだ。体重を乗せ、足を突っ張り藻掻く相手。首の皮膚が伸びる。
「キャン…」相手は鳴いた。負け犬のそれであった。両者は引き剥がされ、チコが勝ち残った。
 アンソニーが言う通り強い犬だ。
賭けた五ドルを桁一つ上の額まで引き上げて貰ったのだから、見窄らしい見てくれと、それに非する強さに感謝の意を述べなければならなかった。ビリーは、すり鉢を降り、チコを抱いて撫で付けるアンソニーの許に向い、金網越しに声をかけた。
「強えじゃねえか」
「言ったろ。ちゃんと賭けたかい?」
「十分儲けさせてもらった」
「そいつは良かった。みんなチコを侮るからね。で、見つかったのかい? 昨日、探してたマーガレット何とかさんは」
「それは未だだ」
「じゃあ、闘犬なんてしてる場合じゃないじゃん」
「いや、いいんだ。新聞が俺の代わりに探してくれている。だから俺は待っていればいいのさ」
「どういう事だい?」
「昨日やった新聞は読んだろ?」
「読めるところはね」
「尋ね人の欄は読んだか?」
「読んだ気もする」
「読んだ気もする、かよ…」ビリーは失望気味に言った。反響を期待していたのだが、その期待にそぐう結果が新聞からは得られない可能性を提示されたからだ。
「あの新聞、全部売ったのかい?」
「ああ」
「あんなにあったのに?」
「そうだ。闘犬場の前で全部売った」
「周りを見てみなよ。新聞読む人達に見えるかい?」
 ビリーはすり鉢を見上げ、周りを見渡した。人々は新聞を手にしてはいたが、その多くは新聞を正規の使い方をしているわけではなく、丸めてメガホン代わりに使っていたり、手拍子のお供に使ったりしているばかりだ。熟読する気配は丸でなかった。
「退屈な試合が続く事を期待するしかないだろうね」
「そしたら読むか?」
「誰が撃ったとか、死んだとかってトコはね」
 その後、ビリーはアンソニーと共に数試合、観戦したが、どれも熱戦で観客たちが新聞に目を落とす事は無さそうに思えたので、試合のたびに熱心にレクチャーを与えてくれたアンソニーに講義料を請求された為、闘犬場を後にし、食堂に向かう事にした。
 ビリーとしても彼の講義のおかげで、もう何ドルかの臨時収入を得ていたので、昼飯くらい奢ってやるべし、な気分だったので異存は丸でなかった。

 

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