CALIFORNIA DREAMIN` 第十二話
保安官事務所は町の目抜き通り、港の桟橋の前にあった。港からは川を下り河口、要するに太平洋岸の町まで就航する蒸気船がやってくる。船が居なくても大した人どおりだ。就航便が接岸すれば、人いきれで大変な騒ぎになる事が容易に想像できた。
「いい場所にあるな」とマクギブン。「船からの出入りも見張れるしな」
また娼館の事か、と思ったが保安官事務所の立地についての評価だと気付き、「ああ、そうだな」と相槌を打っておいた。
事務所の前、貼りだされた手配書。ざっと端から見たがシャバルの物は無かった。
「行くのか?」とシャバル。出荷前の仔牛の様。見た目は熊だが。
「行くに決まってんだろ」とマクギブンは言い、俺にシャバルの見張りを託して一人、保安官事務所の中へ入っていった。
下馬して待つ俺達の所に直ぐにマクギブンが保安官を連れて帰ってきた。
「四千五百とは吹いてくれたな」とマクギブン。嘴の先はシャバル。
まず整理しておく、彼は自身が四千五百ドルの賞金首だ、とは一度も言っていない。彼自身が言った値は三千五百だ。テメエ勝手に割増した額でも四千。
だからマクギブンの咎め立てはお門違いと言えた。
その点を努めて冷静に老齢弁護士の様に諭した。「彼が言った値は三千五百だ」と。
「幾らの値だったと思う?」とマクギブン。「保安官教えてやってくれ」
促された保安官が口を開いた。「千二百。本来は生死問わず、だが生きたまま連れてきたので百ドル割増の千三百ドルで引き取る」
生暖かい風が川の方から吹き抜けていくのを感じた。
「山賊の頭だぞ」と俺。
「ワイルドバンチだ」とシャバルは訂正を促したが、俺は取り合わず続けた。「手下だけでも十四五人はいた。炭鉱の給料強盗もしてる。それが千三百は無えだろ」
保安官が訂正。「千二百。プラス百ドルは駄賃だ」
なぜかブロンソンは口角を上げていた。こういう事を何度か経験しているのだろうか。怒りもせず受け入れていた。
「どうするんだ?」と保安官。「身柄を引き渡してくれて、本人だと判明出来れば、すぐに書類は交付するぞ」
マクギブンがシャバルを見上げた。「千三百か…、草臥れ損だな。山からの下ろし賃が百ドルとは…羊飼いの小僧より低賃金だ」
恐らく小僧はもっと低賃金だが言わずに置いた。言ったとて、である。
しかし羊と違い大男を山から下ろしたのである。しかも何度か銃火に晒されながら。千三百の値と分かっていたら、俺達はどうしていたであろうか。山で撃ち殺して埋めていたか、それにしても適当な石を積んで墓の体裁を作る手間がある。では自警団のスミスに引き渡したか、これこそただ働きだ。四千貰えると思っていたからはした金に思えるだけで、千三百ドルだって大金だ。有難く頂戴すべき仕事の対価だ。
「一言いいか?」とシャバル。
「お前に発言権があればな」黙れの意でマクギブン。
シャバルは構わず続けた。「その手配書が古いんじゃねえか? 俺が見た手配書(の)は確かに生死を問わずで三千ドルだった。本人が言うんだから間違いねえ」
「それはいつの話だ?」マクギブン。興味薄。
「二年ほど前だ」
「全然最新じゃねえじゃねえか。二年でお前の価値が落ちたんだ。男の価値が。急落だ。ボケが」
最後の一言がマクギブンの全てに感じた。もういいのだ。千三百ドル相当の男という事で始末をつけようではないか。俺はそんな気分だった。
シャバルについては行きがけの駄賃。本筋の話ではない。だからいつまでもこの件にかまけているわけにはいかない。
答えは一択の決断の時なのだ。
「おいお前ら、ピンカートンの人間だから付き合ってやってんだぞ」といい加減、焦れて保安官。「ウチは田舎町の保安官事務所とは違って忙しいんだ。どうするのかとっとと決めてくれ」
気付けば周りは人だかりになっていた。そりゃそうだ。町のど真ん中で熊の様な大男を連れ、値段をほざき合っている集団。好奇の目に晒されないワケがない。
「マクギブン、とっとと引き渡そうぜ」小声で言った。
「いや…」とマクギブン。不敵な笑み。嫌な予感。嫌な予感しかしない。そして、ほざきやがった。「こいつはシャバルじゃねえ。間違えた。人違いだ」
は?
呆気に取られているシャバル。
ブロンソンを見やった。笑いを堪えていた。
シャバルが大声で笑いだした。
何が面白いのか…。俺もよく分からなかったが、笑ってしまっていた。
駄目だ。色んなものに毒されてしまっている。きっとこの数日で脳の中の人間生活上、重要な箍がまた一つ外れてしまったのだ。
保安官が言った。「じゃあこいつは誰なんだ?」
「ステフだ」とマクギブン。「ステフ・スタンピート」
俺が訂正した。「ステファン・スタッフルビーム」
「そう。それだ」
保安官が「騒ぎだけは起こすな」と言って事務所の中に帰っていった。本当は「お前らいい加減にしろ」だったろうが務めて冷静に事を終結させてくれた。田舎町の保安官なら「舐めるな」と銃を抜かれているケースだ。町の規模からくる余裕なのか、本当に忙しくて書類仕事が億劫だったのか、兎に角この件は終わった。スイングドアの向こうへ消える彼の背中がそう伝えてくれた。
そうなると次に俺達がする事は宿屋の確保だ。勿論、女付きの。
にぎやかな町を三人並んで馬を引き、歩いた。
シャバルが追いついて俺達の背中に訊いた。「命を助けてくれるって事でいいのか?」
「ああ。とっとと失せろ。何処へでも行け。無罪放免だ」とマクギブン。
「俺は自由なんだな」
「ああ。何度も言わせんな」
「どういう心変わりだ? アンタ面白すぎるぞ」
「お前みたいな安い賞金首は相手にしないという事だ。男の貫目が落ちる」
「言ってくれるじゃねえか」
「生涯の恩人と崇めてくれりゃそれでいい」
「テメエ勝手に決めといて、恩返しは必要なのかよ」
「恩返しどころの騒ぎじゃねえ。崇拝の対象にしろ、と言ったんだ」
シャバルはまた大いに笑った。「分かった。死んだらお前の名前の上に『聖』を付けてやる」
「それでいい。じゃあな」
別れはあっさりの方がいい。俺もそう思った。
「馬もいいのか?」とシャバル。
待て。
俺達の足が止まった。一瞬、逡巡。馬は置いてきたステフの物だ。そういや彼に断りも入れていない。初邂逅を思い出す。草原の駅で落ち合った時から乗っていた。口笛一つで彼の許へ駆け寄ってきていた筈。かなりの人馬一体と言える。もうこれ以上考えなくとも分かる。馬をやるのは拙い。と言うより勝手に持ち出してシャバルの乗用に使ったのはかなりの悪手だった。今から炭鉱町まで馬を返しになど行かないし、もう一生行く事のない町だ。シャバルに返しておけよ、と言ったところで彼はあの町では値札ではない価値のある極悪人だ。行くわけもない。となると馬を返す充てもない。無断借用この上ない。
「馬は駄目だ。所有者が別にいる」と俺。
「あの死にかけの事か?」とシャバル。
その状態にしたの彼である。殺しかけの男にその点を詰ると、彼が独自の理論を展開した。
「さっき保安官事務所で俺はステファン何とかになったよな」
「ステファン・スタッフルビーム」
「兎に角、保安官事務所ではそうなってるんだ。なら俺が乗ってなきゃ拙いだろ」
「何を言っているのか分からん」
「この馬を勝手に連れてきたのはお前らだ。もし、そのステファンが馬を盗まれた、と訴え出たら馬泥棒になるのはお前らって事になるぜ。だが俺が乗っていたら…」
「かなり無理な論陣だが、本人を騙って馬をかっぱらったのは私です、と。私が一切合切の咎を背負います、って事でいいのか?」
「搔い摘むとそうだ。だから馬はいいよな?」
「どうする?」と俺。ブロンソンとマクギブンに尋ねた。もうこれでいいように思っていた。
「宣教師の件、俺らで片付けちまえば、もうステフにも会う事も無さそうだしな」とマクギブン。
「だよな。馬の件、一切合切背負ってくれるんなら、背負って貰えばいいんじゃねえのって俺も思う」
「いいよな?」マクギブンがブロンソンに訊いた。
「ああ」と一言。ブロンソン。
「じゃあ、これで」と俺。
「ああ。これで完全に自由だ。何処へでも行ける」とシャバル。「で、お前らと一緒に行く事にした」
「は?」
「また山賊するのも億劫だ。手下集めなきゃいけねえし。お前らと一緒に行けば面白そうだ」
「俺達がピンカートン探偵社のエージェントだって事は分かってんのか? ピクニック気分で物言うんじゃねえよ」
「問題無え。自分で言うのも何だが銃の腕はある。肝も座ってる。馬もいる」
確かに、彼が言う様に必要なものは揃ってはいたが…。
「バッジが無え」と俺。
「保安官の持ってるようなオフィシャルなものじゃねえだろ。テメエの会社で出してる極プライベートなものだ。法的根拠は無え。だから気にすんな」
「気にすんな、じゃねえよ」
「三人で仕事するより、四人の方が楽なんじゃねえか? 元々、四人で何とかって話なんだろ? どっかに充てはあるのか?」
無い。ステフはベッドの上だ。
此処で純度の低い正論はクソだ。一ドルの価値もない。また俺達の中に正論吐きも一人たりともいなかった。
得か損か、有益か無益か、それから…
彼には恩を売った。命一つの恩。一生涯かけて返す恩だ。返すか返さないかは彼次第だが、彼は返す、と言ってきたのだ。
信用出来るか出来ないか、出来ると言い切っていいと思った。男が恩を返すのだ。最上級の純粋だ。
彼なら背中を任せられる。そう思えた。そう思えるのが大事だ。
ブロンソンを見た。全ては彼次第だ。思案顔だったブロンソンが顎を振った。ついて来いよ、の意だと皆が理解した。
ついで言うと自警団のスミスと交わしたシャバル捕縛の栄誉は譲る、という約束は皆が皆、完全に忘れていた。
