GOLDSMITHES ARE FOREVER 40話
サイクスの名を叫んだ。
私刑のショーがキンセラの死と共に終わりを告げ、広場の熱狂は引き潮の様に沖へ去っていった。広場を埋めていた住民もまばらになり、俺の声が彼に届くと思い、彼の名を叫んだ。
しかし左腕を吊った男は気づかず、広場を立ち去った。
ちょっと待て。こうなった場合、俺はどうなる?
支配者キンセラは死んだ。為政者ギンは消えた。街の体制は変わった。そして俺は檻の中のままだ。誰が此処から出してくれるというのだ。
恐らく、この後の街の支配者はキャロウェイが務めるのであろう。だとすると、キャロウェイ配下のそれなりの立場にいそうで、俺の知り合いでもあるサイクスに先ほど、もっと積極的に声かけして、こちらに振り向かせておかねばならなかった。
これでは出られるアテがないし、もし事情も分からぬ者が今の俺を見て、檻に入れられているのだから極悪人だ、と勝手に決めつけ、先ほどのキンセラのように絞首刑に処す段取りを始めたなら、誰が止めてくれるというのだ。
闘犬場の裏手。「ここに埋めるんだ」と言うアンソニーの言葉にビリーも付き添い、チコの墓を掘ってやり、埋葬してやった。犬一匹の墓穴だ。短い間とは言え可愛がった犬だったし、アンソニーの気持ちを慮って、変心させぬよう敢えて事務的に事を運んだ分、心労だけは倍ほど食らいはしたが、仕事的にはそれほどに手間は掛からず、訳無く済んだ。
埋め終わり、墓標代わりに適当な大きさの石を置いたところでビリーはアンソニーをチコと二人きりにさせてやろうと、その場を辞し、アンソニーの母の食堂へと赴いた。
昼間からだが、安物のワインを所望し、手酌でチビチビやっているとロバーツが姿を現した。
「いいか?」とロバーツ。
「何だ?」ビリーには、また下らない言い掛かりを付けに来やがったか、と警戒感しかない。
「アンソニーはどうしてる?」ロバーツの言葉に刺はなかった。心配を表した額面通りの意味と理解していい声のトーンだった。
「ん?」言い掛かりを付けに来たのではない事にビリーの胸襟は開いた。
「チコはどうなった?」
「駄目だった。最後はアンソニーが始末を付けたさ」
「そうか…。あの怪我じゃあな。でもウチのジョーの事を恨まないでくれよ。アンソニーにも、そう言っといてくれ。やらなきゃジョーの方がああなった。だから仕方がねえ」
「分かっているさ。アンソニーも。アイツも男だ。恨みっこは無しだ」
「そう言って貰えると助かる。アンソニーは何処に?」
「闘犬場の裏だ。そこにチコを埋めた。今は二人きりにしてる」
「そうか…」
「ロバーツさん、アンタからもアンソニーの事、見てやってくれよ。アイツには親父や兄貴分が必要だ。特に今は」
「ドナヒューさん…」
「ビリーでいい」
「じゃあビリー。アンソニーにはアンタがいるだろ」
「俺は流れ者さ。ずっとこの街にいる訳じゃあない」
「確か人探しに来たんだよな? 娼館の女に聞いた」
「ああ。マーガレット・ゴールドスミスって女だ。アンタ、聞き覚えは無いかい?」
「有るといえば有るし、無いといえば無いな」
「何だい、そりゃ? 含みが有り過ぎやしねえか?」
「マーガレットって女なら覚えがある。ただゴールドスミスってのは知らねえ」
「まあマーガレットなんて有触れた名前だしな。因みにゴールドスミスってのは、マーガレットの旦那のピンカートンの探偵の名だ。だから苗字の方は結婚して変わったものだと思われる」
「じゃあ、この街に居たときは別の苗字だったって事だな?」
「ああ。そうだと思う。スミスやジョンソンなら仕様がねえが、ゴールドスミスなんて有触れてもいねえ名前なのに、誰も知らねえとなると別の名を名乗っていたと考えるのが筋だ。思いつく事があるかい?」
「ああ。女の方も、ピンカートンの方も。そのゴールドスミスって奴は、30半ば位の口髭を生やした奴じゃないかい?」
「そうだ。口髭を整えていて、ちょっと陰気臭い感じの…」
「黒い髪の背の高い」
「ああ、そうだ」
「やはりな。多分、知っているよ。二年くらい前に牛を売りに来た男を殺しに来た奴だ」
「ゴールドスミスは此処に来ていたのか?」
「ウチの牧場主のところに牛を売りに来た奴がいてな。四十頭ばかりだったんだが、その牛ってのが他所で盗んだ牛だったんだ。で、元の持ち主が、そのピンカートンの男を雇って牛を奪い返し、牛泥棒を撃ち殺したってわけさ」
「ほう」
「その時、ウチの牧場主の娘と、そのピンカートンの男がデキちまってな。娘は父親に男と結婚するなんて息巻いたんだが、男は仕事が終わると、とっとと街を離れたもんでさ…」
「で、どうなったんだい?」
「娘も男を追いかけて街を離れた」
「その娘ってのが?」
「マーガレット。で、ひょっとしてって話だ」
「その娘は今、どこにいるんだい?」
「ニューチェルシー。ここから北西に二日ばかり先のブームタウンさ。知っている牧童が相手してもらったってさ。娼館で」
「その街は知ってる。そこで娼婦をしているって事か?」
「この街では、その話は禁忌だ。なにせ世話になってる牧場主の娘だからな。だから皆、口を噤んでいる」ロバーツは囁くように小さく下を向きながら話を継いだ。「女ひとりでやっていくには、その職業しかなかったんだろうよ。あんまりズバリと言ってやんなよ」
「悪い。デリカシーが無かった」ビリーは知らぬ間に取り調べのようになっていた自分を戒めた。
兎に角、ビリーはこれで街の者が知っていたとしても話に応じてくれなかった理由も解けた気がした。
そしてマーガレットとゴールドスミスに於ける話の輪郭も。
随分、遠回りになったがニューチェルシーにこの話の胤はある。とんぼ帰りだ。この街で埋めるつもりで来た棺桶を抱えて、また来た道を帰らなければならなくなった。その日数分、棺桶の中身は酷い事になってしまうが、致し方ない。墓参りするものもいない土地に手前勝手に埋め捨てる訳にもいかない。
ビリーは残りのワインをロバーツに提供して旅の支度を始めに掛かった。
