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昭和の日常を刻んだ時計 ― SEIKO Sportsman Diashock 17

最近、なぜか時計にハマっている。時計を通して、その時代の歴史や価値観に触れてみたい。そんな思いが、興味の始まりだったのかもしれない。これまで、フレンチメイドの自動巻きスケルトンモデルや、ロンジンのドレスウォッチなどを手に入れては楽しんできた。

そして今回は、1960年頃のセイコーの手巻き時計を手に入れた。これがまた、すごくいい……。

SEIKO Sportsman Diashock 17(腕時計 セイコー スポーツマン)

せっかくなので、実際に手元の時計を撮影した写真に、1960年頃の風景をイメージした背景を生成AIで合成しながら、この時計についての情報を整理してみたいと思う。

SEIKO Sportsman Diashock 17(腕時計 セイコー スポーツマン)

今回紹介する時計は、セイコーの「Sportsman Diashock 17」。文字盤には「Seiko Sportsman」「Diashock」「17」の表記があり、1960年代前半頃に製造された国産の手巻き腕時計だ。

スポーツマンは、セイコーが高度経済成長期の日本で展開していた実用腕時計シリーズの一つで、当時のビジネスマンや一般ユーザーに向けた、薄型で扱いやすいドレスウォッチとして位置付けられていたらしい。

SEIKO Sportsman Diashock 17(腕時計 セイコー スポーツマン)

今では当たり前となっている腕時計だが、1910年代頃から存在していたものの、当初は非常に高価であり、一般には懐中時計が主流だった。

戦後になると、セイコー、シチズン、オリエントなどの国産メーカーが量産化を進め、腕時計は徐々にサラリーマン層へと広がっていく。そして高度経済成長期を迎えた1960年代には、腕時計は「社会人の必需品」となり、スポーツマン、シチズンエース、セイコークラウンといったモデルが広く普及した。

このセイコー スポーツマンは、まさに「腕時計が特別な贅沢品から、一般的なビジネスマンの道具へと変わっていった時代」を象徴する一本だと言える。

1960年頃の商店街や時計宝飾店のイメージ(Aiによる生成)

1960年代の街並みをイメージして、生成AIに写真を作らせてみた。もちろん実際に見たことがあるわけではない。私が生まれる前の時代なので。でも、なんだかこの時代に憧れてしまう…

1960年頃の時計店のショールームのイメージ(Aiによる生成)

1960年代の日本は、高度経済成長の真っただ中にあった。新幹線の開業、国鉄特急網の発展、家電製品の普及、都市部の拡大、企業活動の活発化など、日本社会が大きく変化していった時代。そうした中で、腕時計は単なる装飾品ではなく、仕事のための道具でもあった。会議の時間、列車の発車時刻、商談の予定、出勤や退勤の管理など、時間を正確に把握することは社会人にとって重要だった。

セイコーのスポーツマンは、そんな時代の日常を支えた国産腕時計の一つだったわけだ。

1960年頃の時計宝飾店のイメージ(Aiによる生成)

街にはこんな時計宝飾店があり、給料袋を握りしめて、サラリーマンが時計を買いに行っていたのかな、なんて想像してしまう。

1960年前後のカタログ価格を調べてみると…

セイコー スポーツマン:約5,500〜8,500円
セイコー クラウン:約8,000〜12,000円
セイコー マーベル:約4,000〜8,000円
グランドセイコー(1960年初代):25,000円

くらいだったらしく、1960年の大卒初任給は、約13,000円程度だったので、スポーツマンは、大卒初任給の約3分の1〜2分の1に相当し、現在の感覚に置き換えると、5万円から10万円程度の腕時計を買うようなイメージらしい。高級時計ではないが、決して安物でもない。

就職祝い、昇進祝い、初ボーナスで購入するような、「真面目な社会人の時計」という位置づけであり、高度経済成長期のサラリーマンにとっては十分に憧れの対象だったと考えられる。

1960年頃の時計宝飾店のイメージ(Aiによる生成)

ちなみに、スポーツマンという名称からはスポーツウォッチを連想するかもしれないが、この個体の外観は現在でいうドレスウォッチに近い。防水性能や大型ケースを強調した現代的なスポーツモデルではなく、薄く、軽く、視認性があり、ビジネスシーンでも使いやすい実用時計という性格が強い。1960年代当時の「スポーツマン」という言葉には、活動的で現代的な男性像、あるいは若々しく実用的な時計という、今とはちょっと違ったニュアンスが含まれていたのかもしれない。

SEIKO Sportsman Diashock 17(腕時計 セイコー スポーツマン)

この個体の大きな特徴は、金色のケースにシルバー系の文字盤、そして細身のバーインデックスを組み合わせた端正なデザインにある。現代の腕時計と比べると小ぶりで薄型だが、その分、シャツやジャケットの袖口にも自然に収まりやすい。

華美な装飾を施した時計ではない。しかし、文字盤、ケース、針、インデックスのバランスが良く、この時代の国産ドレスウォッチらしい上品さを感じさせる。派手さで目を引くのではなく、日常の中で静かに寄り添う。そんな美しさを持った時計だと思う。

SEIKO Sportsman Diashock 17(腕時計 セイコー スポーツマン)

文字盤はシルバーのサンレイ仕上げで、中心から外側へ向かって細かな放射状の光沢が広がっている。光の角度によって明るく輝いたり、落ち着いた銀色に見えたりするため、単調な白文字盤にはない表情を持っている。

文字盤上部には「Seiko Sportsman」の筆記体風ロゴ、下部には「Diashock」と「17」の表記が配置されている。インデックスは立体的な金色のバーインデックスで、12時位置のみ二本線、それ以外は細長いバーで構成されている。外周には細かな分目盛りが配されており、シンプルなデザインながら視認性は高い。光を受けてバーインデックスがきらりと輝く様子も美しい。

針も金色で統一されており、中央から先端へ向かってシャープに伸びるデザインだ。放射状の文字盤や細身のインデックスとの相性も良く、全体として非常にまとまりのある印象を与える。秒針も細身で、主張し過ぎることなく全体の雰囲気に溶け込んでいる。

SEIKO Sportsman Diashock 17(腕時計 セイコー スポーツマン)

針、インデックス、ケースの色味が金色で統一されているため、シルバーの文字盤とのコントラストが美しく、この時代らしいクラシックな雰囲気を強く感じさせる。

写真を撮っていると、分針がわずかに曲がっているようにも見える。おそらく長い年月の中で何らかの理由により変形したのだろう。とはいえ、肉眼ではほとんど気にならず、この時計が歩んできた時間の一部のようにも感じられる。

SEIKO Sportsman Diashock 17(腕時計 セイコー スポーツマン)
SEIKO Sportsman Diashock 17(腕時計 セイコー スポーツマン)

ケースは金色の薄型ラウンドケースで、細いベゼルと長めのラグを備えている。ラグは直線的でシャープな形状をしており、ケース全体を実際のサイズ以上に引き締まって見せている。

現代の厚みのあるケースとは異なり、横から見るとかなり薄い。当時のドレスウォッチらしい軽快さと上品さを感じさせるデザインだ。

リューズはケース側面に配置されており、細かな溝が刻まれた金色のものが装着されている。手巻き時計であるため、日常的にこのリューズを回してゼンマイを巻き上げる。

これまでクォーツ時計ばかり使ってきた身からすると、この作業がまた実に新鮮。時計を身に着ける前にゼンマイを巻くという一手間があるだけで、まるで時間を動かすための小さな儀式のようにも感じられる。

SEIKO Sportsman Diashock 17(腕時計 セイコー スポーツマン)

裏蓋には「FRONT EGP 20 MICRONS」「BACK STAINLESS STEEL」と読める刻印がある。これは、ケース前面側が20ミクロン厚の金メッキまたは金張り仕様で、裏蓋がステンレススチールであることを示しているらしい。20ミクロンという厚みを持つ外装処理は、当時の国産中級機に見られる仕様であり、現在の薄いメッキとは異なる質感を持つとのこと。

機械式時計の仕組みを説明するイメージ図
機械式時計の仕組みを説明するイメージ図

ムーブメントは手巻き式で、「17」とはムーブメント内部に使われている人工ルビーなどの軸受け石の数を示している。17石は当時の実用機としては標準的かつ十分な仕様であり、必要な部分に石を配置することで摩耗を抑え、安定した作動を実現していた。

また、「Diashock」はセイコー独自の耐震装置の名称。時計に衝撃が加わった際、天真(てんしん)などの繊細な部品を保護するための機構で、当時としては先進的な技術の一つだった。

ちなみに、上の爆発図はAIに生成させた「1960年前後の17石手巻き機械式時計」をイメージしたCGであり、あくまでも雰囲気を再現したものだ。正確性はせいぜい30〜40%程度で、スポーツマンのムーブメントを100%忠実に再現したものではない(実際の構造とは異なる部分も多い)。

SEIKO Sportsman Diashock 17(腕時計 セイコー スポーツマン)

ケースサイズは約34mm、ラグ幅は18mm。当時の男性用腕時計としてはごく一般的なサイズだったが、現代の腕時計と比較するとかなり小ぶりに感じる。しかし、薄型のケースと相まって、そのサイズ感がむしろ上品さを際立たせているように思う。

特に、白シャツにスーツやジャケット、革靴、万年筆、手帳といったクラシックな道具との相性は抜群だ。派手に主張することはないが、そうした装いの中に自然に溶け込み、静かに存在感を放ってくれる。

SEIKO Sportsman Diashock 17(腕時計 セイコー スポーツマン)

風防は、現代の腕時計で一般的に使われているサファイアガラスではなく、当時主流だったアクリル風防(プラスチック風防)が採用されている。

実は、これも手元に届くまで知らなかったので、とても新鮮だった。現在では「傷が付きやすい」という理由もあり、あまり見かけなくなったが、1960年代当時としてはごく一般的な仕様だったようだ。

アクリル風防の最大の特徴は、その柔らかな質感にある。サファイアガラスのような硬質で鋭い透明感とは異なり、わずかに厚みを持った透明樹脂が光をやさしく受け止め、文字盤全体を包み込むような表情を見せてくれる。特に斜めから眺めた時の美しさは格別だ。ぷくっと膨らんだ風防が光を受けて柔らかく反射し、どこか温かみのある雰囲気を生み出している。思わずしばらく眺めていたくなるような魅力がある。

もちろん、アクリル風防は硬度が低いため細かな擦り傷は付きやすい。しかし、その一方で割れにくく、衝撃に対して粘り強いという特徴も持っている。さらに、浅い傷であれば研磨剤で磨き直すことができるため、長年使いながら風合いを維持していくことも可能だ。そうした少し手間のかかるところもヴィンテージ時計の魅力だ。

SEIKO Sportsman Diashock 17(腕時計 セイコー スポーツマン)

装着されているベルトは、濃いブラウンの型押しレザーベルトを自分で選んで取り付けた。まずはAIで、どのようなベルトが似合うのかを画像生成でシミュレーションし、その中から気に入ったものをネットで購入した。今では千円もしないような安価なベルトも数多く販売されているので、気軽に付け替えて試せるのはありがたい。

黒のベルトだとよりフォーマルな印象になるため、今回は少しカジュアルダウンさせつつ、ビジネスシーンにも合わせやすい濃いブラウンを選んでみた。金色のケースやシルバーの文字盤との相性も良く、この時計が持つ1960年代らしい上品さを損なわず、程よく親しみやすい雰囲気に仕上がったように思う。

1960年頃の時計宝飾店のイメージ(Aiによる生成)

スポーツマンは、セイコーの歴史の中で最上位に位置するモデルではない。しかし、国産腕時計が日常生活へと広く普及していった時代を象徴する存在の一つである。高級時計としての威圧感ではなく、生活道具としての実直さがある。薄く、軽く、見やすく、必要十分な性能を備え、ビジネスにも日常にも使える。そうした実用時計としての完成度こそが、この時計の価値なのだろう。

きっと当時は、こんな感じ(上の写真)のショーケースに並べられていたのではないだろうか。そして、その前で多くのサラリーマンたちが足を止め、いつか自分も腕時計を手に入れたいと、目を輝かせながら眺めていたのかもしれない。

SEIKO Sportsman Diashock 17(腕時計 セイコー スポーツマン)を手にする昭和のサラリーマンの朝

そして、やっと手に入れたこのセイコースポーツマンを、毎朝、新聞を読みながらリューズでゼンマイを巻き、腕にはめる。そんなところから一日を始めていた人も多かったのではないだろうか。

食卓には味噌汁と焼き魚。

新聞を広げ、事件や経済の記事に目を通す。それが社会との繋がりを取り戻す朝の習慣だったように、腕時計のゼンマイを巻くこともまた、一日を始めるための小さな儀式として存在していたのかもしれない。

ネクタイを締め、革靴を履くと、家を出て駅へ向かう人の流れに加わる。

駅には通勤客が溢れている。

ホームに滑り込んできた国鉄の電車に乗り込み、吊り革を握る。腕にはセイコースポーツマン。

今ではスマートフォンで確認する時間も、この頃は腕時計が頼りだった。発車時刻、待ち合わせの時間、会議の開始時刻。時間を正確に知ることは、社会人にとって重要な能力の一つだったのだろう。

SEIKO Sportsman Diashock 17(腕時計 セイコー スポーツマン)が袖口から除く昭和の満員電車

会社の近くの喫茶店。

いつもの食堂から少し気分を変えたい時は、たまにここでナポリタンを頼む。軽い商談や打ち合わせがある時も、この店でウインナーコーヒーを飲みながら話をする。

テーブルの上には煙草と灰皿が、まだ当たり前のように置かれていた時代。

ふと時間を確認するために腕を返す。袖口から覗くセイコースポーツマンの金色のケースが、店内の光を受けてわずかに輝く。

SEIKO Sportsman Diashock 17(腕時計 セイコー スポーツマン)で時間を確認する昭和の喫茶店

なんてことを想像しながら、今日も耳を澄ますと、チチチチチ……と機械式時計特有の音が聞こえてくる。それは、人間が時を制しようと積み重ねてきた工夫と努力の音のようにも聞こえる。そして、どこか健気にも感じられる。

1960年代の時計は、現代の時計に比べてテンプの振動数が低い、いわゆる「ロービート」と呼ばれる設計が主流だった。そのため、一つひとつの鼓動がゆったりとしており、独特のリズムを耳で感じやすい。現代の高振動ムーブメントにはない、どこか温かみのある音だ。

加えて、当時のムーブメントは現代の時計ほど高い密閉性を持っておらず、ケースや裏蓋の構造も音を外へ伝えやすかった。そのため、耳を近づけると機械が動いている気配をより身近に感じることができる。今となっては、その小さな音こそが魅力の一つでもある。

SEIKO Sportsman Diashock 17(腕時計 セイコー スポーツマン)を手に巻いて車を運転する昭和の風景

私の父や祖父は、資産価値のあるものをほとんど残さなかった。別に物欲がなかったわけではない。ただ、骨董品や時計、万年筆のようなものに価値を見出す感覚があまりなかったのだと思う。

加えて、決して平穏な家庭環境ではなかったこともあり、後の世代へ何かを大切に残していく、という文化もあまりなかった。

だからなのだろうか。

こうした長い歴史を背負ったものや、誰かが大切に使い続けてきたものに、私は妙に惹かれてしまう。

単に古い時計が欲しいのではない。その時計が生まれた時代や、それを使っていた人々の暮らしに触れてみたいのだと思う。もしかすると、自分の中にない何かを、そうした品々の中に探しているのかもしれない。

SEIKO Sportsman Diashock 17(腕時計 セイコー スポーツマン)

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