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企業の健全な成長を蝕む「見えざる損失」:アブセンティーイズムとプレゼンティーイズムの深刻な実態と克服への道筋

 企業が日々直面し、その経営基盤を揺るがしかねない潜在的な損失には、従業員の不在が引き起こす「アブセンティーイズム」と、従業員が出勤しているにも関わらず心身の不調によって生産性が著しく低下する「プレゼンティーイズム」という、性質の異なる二つの側面が存在します。

 これらは、まるで巨大な氷山のように、水面下で企業の収益性や組織活力を静かに、しかし確実に蝕んでいく深刻な問題です。その影響は単なる労働時間の損失に留まらず、顧客満足度の低下、イノベーションの停滞、そして優秀な人材の流出といった、多岐にわたる経営課題へと発展する可能性を秘めているのです。

アブセンティーイズム:物理的な不在がもたらす直接的・間接的損失

 アブセンティーイズムは、従業員が病気や私的な事情により物理的に職場から離れることで発生する、比較的認識しやすい損失です。その原因は、インフルエンザのような急な病気や業務上の怪我といった身体的な問題に限りません。現代社会においては、精神的なストレスが原因のメンタルヘルス不調、働きながら家族の育児や介護を担う従業員の増加に伴う個人的な事情、さらには大規模な自然災害や世界的な感染症のパンデミックなど、その要因は極めて多様化・複雑化しています。

 例えば、あるコールセンターでインフルエンザが流行し、オペレーターが多数欠勤する事態を想像してみてください。この場合、電話が繋がりにくくなることで顧客からの問い合わせ対応が大幅に滞り、顧客満足度の著しい低下や、最悪の場合は競合他社への顧客流出、すなわち解約に直結しかねません。また、製造業の生産ラインにおいて、特定のスキルを持つ熟練工が一人欠勤するだけで、ライン全体の稼働が停止し、その日の生産計画に甚大な影響を及ぼすこともあります。

 近年では、新型コロナウイルス感染症の世界的蔓延により、感染拡大防止を目的とした出社停止やテレワークへの移行が半ば強制的に進められました。これにより、これまでとは異なる新しい形態のアブセンティーイズムが出現し、多くの企業がその対応に追われることとなりました。物理的に出社しない働き方が一般化する中で、勤怠管理の難しさや、業務の進捗が不透明になる「見えない不在」という新たな課題も浮き彫りになっています。アブセンティーイズムがもたらす損失は、代替人員を確保するための人件費や、他の従業員の残業代といった直接的なコストだけでなく、チーム全体の士気の低下や、顧客からの信頼失墜といった、金銭では測れない間接的なコストも含まれることを認識する必要があります。

プレゼンティーイズム:出勤しているからこそ見過ごされる、より深刻な生産性の低下

 一方、プレゼンティーイズムは、従業員が何らかの心身の不調を抱えながらも、責任感や周囲への遠慮から無理をして出勤し、本来のパフォーマンスを発揮できないまま業務を続けることによって生じる、目に見えにくい損失です。その背景には、慢性的な長時間労働による極度の疲労、職場の人間関係からくるストレス、十分な休息が取れないことによる睡眠不足、キャリアや経済的な将来に対する漠然とした不安など、現代の働く人々を取り巻く様々な要因が複雑に絡み合っています。

 例えば、連日の過重労働によって心身ともに疲弊したシステムエンジニアを考えてみましょう。彼もしくは彼女は、出社はしているものの、著しく集中力や注意力が散漫になり、プログラムに潜む致命的なバグを見逃したり、修正作業に通常以上の時間を要したりする可能性があります。この一人のパフォーマンス低下が、プロジェクト全体のスケジュールに遅延をもたらし、結果として多額の追加コストやクライアントからの信用失墜に繋がるリスクを孕んでいます。
 また、精神的なストレスを抱え、顧客との前向きな関係構築が困難になった営業担当者は、商談の場で本来の能力を発揮できず、成約率の低下や、些細なことから生じるクレームの増加を招く恐れがあります。このように、プレゼンティーイズムは「いるのに、いないも同然」あるいは「いることがかえってマイナス」という状況を生み出してしまうのです。

なぜプレゼンティーイズムの損失はこれほどまでに大きいのか

 プレゼンティーイズムは、アブセンティーイズムのように勤怠記録に現れる明確な「欠勤」ではないため、その問題の深刻さが組織内で認識されにくく、対策が後回しにされがちであるという極めて厄介な特徴を持っています。しかし、その経済的インパクトは決して軽視できるものではありません。
 株式会社日本総合研究所が2021年6月に発表したレポート「働く世代が抱える見過ごされている健康課題への対応の必要性」の中でも指摘されているように、多くの調査研究が、プレゼンティーイズムによる生産性の損失額は、アブセンティーイズムによる損失額を遥かに上回るという衝撃的な結果を示しています。これは、不調を抱えたまま無理に出勤を続ける従業員の存在が、本人が苦しむだけでなく、結果的に企業全体に対してより大きな経済的損害を与えているという事実を明確に物語っています。

働く世代が抱える見過ごされている健康課題への対応の必要性(2021年6月 株式会社日本総合研究所)p4より引用

 この見過ごされがちなコストは、個々の従業員のパフォーマンス低下だけに留まりません。プレゼンティーイズムは、組織全体の生産性、職場の創造性、そして健全な企業文化そのものを蝕む毒素となり得ます。例えば、不調を隠して働く従業員が多い職場では、互いに助け合う雰囲気が失われ、チーム全体のモチベーションが低下します。その結果、従業員エンゲージメントが下がり、優秀な人材がより働きやすい環境を求めて離職してしまう傾向が強まります。優秀な人材の流出は、新たな人材を採用・教育するためのコストを増加させるだけでなく、企業の競争力の源泉そのものを失わせることに繋がります。さらに、心身に余裕のない状態では、新しいアイデアを発想したり、建設的な議論をしたりすることが困難になり、組織のイノベーションを阻害する重大な要因となる可能性も否定できません。

従業員の健康と生産性を最大化するための、企業が講じるべき戦略的対策

 企業は、アブセンティーイズムとプレゼンティーイズムという二つの脅威に対し、包括的かつ戦略的な視点から、従業員の心身の健康を維持・向上させ、生産性を最大化するための具体的な対策を講じることが不可欠です。これらの対策は、もはや福利厚生という任意の位置づけではなく、企業の持続的成長を支えるための「経営投資」として捉えるべきです。

 具体的な取り組みとしては、まず法定の定期健康診断やストレスチェックを確実に実施することから始まります。さらに一歩進んで、人間ドックの費用補助や、特定の年齢層に対するがん検診の推奨など、より手厚い健康支援を提供することが望まれます。また、メンタルヘルスケアへのアクセスを容易にするため、社内に相談窓口を設置したり、匿名性を確保できる外部のEAP(従業員支援プログラム)を導入したりすることも極めて有効です。

 働き方の面では、コアタイムのないフルフレックス制度や、テレワーク、時短勤務といった柔軟な勤務形態を導入し、従業員が個々の事情に合わせて働き方を選択できる環境を整備することが重要です。これにより、育児や介護と仕事の両立が容易になり、アブセンティーイズムの抑制に繋がります。

 職場環境の改善も欠かせません。従業員が安心して休暇を取得できるようなポジティブな雰囲気づくりや、休暇取得を奨励する制度(アニバーサリー休暇、リフレッシュ休暇など)の導入は、心身のリフレッシュを促し、プレゼンティーイズムを防ぎます。特に重要なのが、管理職の意識改革とスキルアップです。部下の些細な変化(遅刻が増えた、表情が暗い、ミスが目立つなど)に早期に気づき、プレゼンティーイズムの兆候を察知し、過度な干渉をせずに適切な声かけやサポートができるよう、管理職向けの研修を継続的に実施する必要があります。

従業員自身の主体的なセルフケアと、組織としての文化醸成

 企業の取り組みと同時に、従業員一人ひとりも、自らの心身の健康状態に対して責任を持ち、主体的にケアを行う意識を持つことが求められます。自身のコンディションに常に気を配り、「これくらい大丈夫」と無理を重ねるのではなく、不調を感じたら勇気を持って休養を取ることが重要です。また、日々のストレスを軽減するために、趣味や運動、瞑想といったセルフケアを生活の中に積極的に取り入れ、ワークライフバランスを意識的に管理することが望まれます。

 最終的に、アブセンティーイズムとプレゼンティーイズムという根深い問題を克服するためには、企業と従業員が信頼関係に基づき、健全なパートナーとして協力し合うことが不可欠です。企業は従業員の健康を最優先に考える姿勢を明確に示し、従業員は自身の健康管理に努める。この両輪がうまく機能して初めて、誰もが心身ともに健康で、活力に満ち溢れた職場環境が実現し、それが企業の揺るぎない競争力と持続的な成長を力強く後押ししていくことになるでしょう。

人事部門が担うべき戦略的役割:データに基づき、未来への投資を

 人事部門の視点から見ると、アブセンティーイズムとプレゼンティーイズムは、単なる労務管理上の問題ではなく、従業員のウェルビーイングを確保し、企業の持続可能な成長を実現するための最重要課題として捉えなければなりません。これらの問題への対策は、経営戦略そのものと直結する「戦略人事」の中核をなすものです。

 人事部門は、勤怠データ、健康診断結果、ストレスチェックの集団分析データ、さらにはパフォーマンス評価や従業員サーベイの結果などを多角的に分析し、組織内に潜む問題の相関関係を明らかにすることが求められます。どの部署で残業時間が突出しているか、どのような職務特性を持つ従業員にメンタル不調が多いかといった傾向をデータに基づいて特定し、予防的な措置を講じることが可能になります。

 例えば、アブセンティーイズム対策としては、年次有給休暇の取得率が低い部署の管理職に対して個別にヒアリングを行い、業務プロセスの見直しや人員配置の最適化を提案することが考えられます。プレゼンティーイズム対策としては、休職制度や相談窓口の利用率が低い現状を分析し、その原因が「利用しづらい雰囲気」にあるのであれば、制度の周知方法を見直し、成功事例を共有するなどして心理的なハードルを下げることが重要です。

 究極的には、従業員が安心して自分の意見を言え、助けを求めることができる「心理的安全性」の高い組織文化を醸成することが、全ての対策の基盤となります。定期的な1on1ミーティングの質の向上や、オープンなコミュニケーションを促進する社内イベントの企画などを通じて、風通しの良い職場環境を構築することが、人事部門に課せられた重要なミッションです。これらの対策を総合的かつ継続的に実施することで、従業員一人ひとりのエンゲージメントは飛躍的に高まり、それが企業の生産性向上とイノベーション創出、そして未来にわたる持続的な成長へと繋がっていくのではないでしょうか。

企業が直面する「アブセンティーイズム」と「プレゼンティーイズム」の2つの側面をリアルに表現しています。左側では、空席のオフィスデスクと椅子、病気や育児用品、リモートワークのサインが見え、アブセンティーイズムの理由を示しています。右側では、出勤しているものの疲れ切ったりストレスを感じている従業員が描かれており、プレゼンティーイズムの影響を表現しています。背景には「企業に隠れたコスト」を象徴する氷山が描かれ、パフォーマンスと生産性に対する隠れた影響を示しています。


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