なぜ集団になると人は手を抜くのか?「社会的手抜き」を克服し、社員の貢献意欲を最大化する人事戦略ー川上真史氏より
川上真史ビジネス・ブレークスルー大学教授の「企業と心理学 トピックス #61 社会的手抜き」というテーマを取り上げます。
今回は、組織やチームで活動する際に多くの人が無意識のうちに陥ってしまう「社会的手抜き」という現象について、そのメカニズムと対策を心理学的な観点から分かりやすく解説しています。チームで仕事をするのが当たり前となった現代のビジネスパーソンにとって、生産性や創造性を最大限に引き出すための重要な示唆に富んだ内容でした。
社会的手抜きとは何か?- 綱引き実験が示した不都合な真実
「社会的手抜き」とは、集団で何かに取り組むときに、個人が単独で行う場合よりも、一人ひとりの努力や頑張りの度合いが低下してしまう現象を指します。 一般的に「三人寄れば文殊の知恵」と言われるように、多くの人が集まればそれだけ大きな力が発揮されると考えがちです。しかし、心理学の研究は、必ずしもそうではないことを示しています。
「社会的手抜き」とは、集団で何かに取り組むときに、個人が単独で行う場合よりも、一人ひとりの努力や頑張りの度合いが低下してしまう現象を指します。 一般的に「三人寄れば文殊の知恵」と言われるように、多くの人が集まればそれだけ大きな力が発揮されると考えがちです。しかし、心理学の研究は、必ずしもそうではないことを示しています。
この現象が最初に確認されたのは、100年以上前の綱引きの実験でした。 研究者は、まず一人ひとりが単独で綱を引く際の力の最大値を測定しました。 次に、複数人で一緒に綱を引いてもらいました。 理論上、集団で引く力は、個人の力の合計値になるはずです。しかし、実際の結果は、合計値を常に10%ほど下回るものだったのです。 つまり、人は集団になると、無意識のうちに力を抜いてしまうことが明らかになりました。
この「手抜き」は、物理的な作業に限りません。例えば、個室にいる被験者に「別室にいるアスリートを最大限の声で応援してください」と指示する実験があります。 一人で応援する場合の最大の声量を測定した後、「今度は5人の仲間と一緒に応援してください」と伝えます(実際には仲間は存在しません)。 すると、被験者は一人で応援した時よりも小さな声しか出さなくなるのです。 他のメンバーの姿が見えなくても、「自分以外にも応援している人がいる」と思い込むだけで、人は無意識に努力を抑制してしまうのです。
なぜ人は「手抜き」をしてしまうのか?- 4つの心理的要因
では、なぜこのような社会的手抜きが起こってしまうのでしょうか。本書では、主に4つの原因が挙げられています。
責任の拡散
集団の人数が増えれば増えるほど、「自分一人が頑張らなくても、全体に与える影響は小さい」「自分の責任は、全体の人数で割った分だけだ」と無意識に感じてしまいます。 10人で作業をすれば、自分の責任は10分の1であるかのように感じられ、当事者意識が薄れてしまうのです。個人評価の不明確さ
チームで成果を上げた際、個々のメンバーがどれだけ貢献したのかを正確に測ることは困難です。 「自分がどれだけ頑張っても、あるいは少し手を抜いても、最終的な評価は変わらないだろう」と感じてしまうと、最大限の努力をしようという動機は失われます。公平性の知覚
これは、「自分だけが損をしたくない」という感情に基づいています。 集団の中には「きっと手を抜いている人や、あまり貢献していない人がいるはずだ」と主観的に思い込んでしまう傾向があります。 そのような状況で自分だけが全力で取り組むのは不公平だと感じ、他のメンバーの努力レベルに合わせるかのように、自らの努力を抑制してしまうのです。貢献意欲の低下
「自分一人が最大限の力を発揮したところで、全体の結果が大きく変わるわけではない」という認識も、手抜きにつながります。 特に大規模なプロジェクトなどでは、自分の仕事が最終成果のどの部分にどう影響しているのかが見えにくく、「自分の頑張りは大した意味を持たないのではないか」と感じてしまいがちです。
社会的手抜きが組織に与える深刻な影響
社会的手抜きは、単に個人のパフォーマンスが少し落ちるというだけの問題ではありません。組織全体に深刻な悪影響を及ぼす可能性があります。
まず、当然ながら生産性と成果が低下します。 本来であれば100の力が出せるチームが、80や70の力しか出せなくなれば、目標達成は遠のきます。また、
創造性も低下します。 革新的なアイデアや問題解決策は、個々人が「自分が考えなければ」という当事者意識を持って知恵を絞ることから生まれます。しかし、「誰かが考えてくれるだろう」という他人任せの空気が蔓延すると、新しい発想は生まれにくくなります。
さらに、人間関係にも悪影響を及ぼします。「あの人は手を抜いているのではないか」という疑心暗鬼が広がり、不公平感が蔓延します。 これが高じると、メンバー間の相互の信頼関係が崩壊し、チームワークは完全に失われてしまいます。
「手抜き」を防ぎ、チームの力を最大化する4つの処方箋
では、この厄介な社会的手抜きを防ぐためには、どうすればよいのでしょうか。本書では、効果的な4つの対策が示されています。
現状、結果についての具体的で頻繁なフィードバック
チームが今どのような状況にあり、目標達成までにあとどれくらいなのかを、具体的かつ頻繁にフィードバックすることが重要です。 先の綱引きの実験でも、現在の合計の力がリアルタイムで表示されるようにすると、社会的手抜きが起こりにくくなることが分かっています。 進捗を可視化することで、メンバーは自分たちの努力が結果に直結していることを実感でき、貢献意欲を維持しやすくなります。全員に対する個別役割の付与 メンバー一人ひとりに、明確で異なる役割を与えることも極めて有効です。 例えばオーケストラでは、同じ楽器パートの集団である弦楽器奏者に比べて、一人ひとりが異なる楽譜を演奏する管楽器奏者の方が、社会的手抜きは起こりにくいと言われます。 「この役割は自分にしかできない」という状況を作り出すことで、責任感が生まれ、手抜きをする余地がなくなります。
最適な規模でのチーム編成
チームの規模も重要な要素です。 闇雲に大人数にするのではなく、最適な規模を考える必要があります。本書では、心理学的に見て、3人を最小単位とすることが効率的であると示唆されています。 3人のチームであれば、2対1の状況になっても、少数派の1人が自分の意見を表明しやすいからです。 これが3対1になると、同調圧力に負けて意見を言わなくなり、思考停止、つまり手抜きにつながりやすくなります。 大規模なチームが必要な場合でも、3人ずつの小さなユニットを組み合わせるなどの工夫が考えられます。チームが達成すべき具体的な目標の設定と共有
「みんなで頑張ろう」といった曖昧なスローガンだけでは不十分です。 「いつまでに、何を、どのレベルまで達成するのか」という具体的で測定可能な目標を設定し、チーム全員で共有することが不可欠です。 明確なゴールがあれば、そこへの到達度が分かりやすくなり、メンバーは自律的に努力の度合いを調整し、貢献しようという意識が高まります。
社会的手抜きは、決して個人の怠慢や意欲の低さだけが原因なのではなく、集団が持つ構造的な課題です。この現象を正しく理解し、適切な対策を講じることで、個々の力を結集させ、1+1を2以上にする真のチームワークを実現することができるでしょう。

【人事視点】「社会的手抜き」を乗り越え、個が活きる組織を創るために
今回解説されている「社会的手抜き」は、企業の人事担当者にとって、組織の生産性や従業員エンゲージメントを考える上で極めて重要なテーマです。この心理学的な知見を、人事戦略や各種施策にどのように活かしていくことができるか、具体的な視点から考察します。
評価制度の再設計:「貢献の可視化」で不公平感をなくす
社会的手抜きの大きな原因の一つに「個人評価の不明確さ」と「公平性の知覚」がありました。 つまり、「頑張っても報われない」「真面目にやっている自分が損をする」という感覚が、従業員の意欲を削いでしまうのです。この問題に、人事評価制度の側面からアプローチすることが可能です。
まず、個人の貢献度を可視化する仕組みを強化することが求められます。チームとしての成果を評価するだけでなく、その中で各個人がどのような役割を果たし、どのような貢献をしたのかを明確にする評価体系が必要です。例えば、MBO(目標管理制度)やOKR(Objectives and Key Results)を導入する際には、チームの目標と個人の目標が明確に連動するように設計し、個人のタスクの達成度がチームの成果にどう結びついたかを振り返る機会を設けることが重要です。
また、上司からの一方的な評価だけでなく、360度評価(多面評価)のように、同僚や部下など複数の視点から個人の貢献を評価する仕組みを取り入れることも有効です。これにより、「上司にしか見えていない部分」以外での貢献、
例えば、他のメンバーへのサポートや情報共有といったチームワークへの貢献が評価されやすくなり、公平性の知覚を高めることにつながります。ただし、運用の際には、人間関係への配慮や評価者トレーニングを徹底し、制度が本来の目的から逸れないように注意が必要です。評価制度を通じて「あなたの頑張りを、会社は多角的にきちんと見ています」というメッセージを伝えることが、手抜きを防ぐ強力な抑止力となります。
組織開発とチームビルディング:「意図ある」チーム編成と役割分担
「責任の拡散」を防ぎ、当事者意識を醸成するためには、チームの作り方そのものを見直す必要があります。 人事としては、事業部門と連携し、効果的なチーム編成を支援する役割を担うことができます。
本書で示唆されているように、チームの規模を最適化することは基本です。 大規模プロジェクトであっても、業務を細分化し、意思決定が迅速に行える3~5人程度の小チーム(スクワッドやセルなどと呼ばれることもあります)を複数作るアジャイル的な組織設計は、社会的手抜きを防ぐ上で非常に有効です。
さらに重要なのが、役割分担の明確化です。 新しいプロジェクトチームが発足する際には、人事やファシリテーターが介入し、キックオフミーティングでRACIチャート(実行責任者、説明責任者、協業先、報告先を明確にするフレームワーク)などを用いて、各メンバーの役割と責任範囲を全員で確認するプロセスを設けることを推奨します。
これにより、「それは誰の仕事か分からない」という状態をなくし、一人ひとりが「この部分は自分が責任を持つ」という自覚を持って業務に取り組むことができます。これは、単に責任を押し付けるのではなく、「あなたはこの領域の専門家・担当者として信頼されています」という期待を伝えることでもあり、貢献意欲の向上にもつながります。
管理職の育成:フィードバックと目標共有のスキルを磨く
社会的手抜きを防ぐための4つの対策のうち、「具体的で頻繁なフィードバック」と「具体的な目標設定と共有」は、現場の管理職(マネージャー)の役割が極めて大きい要素です。 人事としては、管理職がこれらのスキルを習得し、実践できるよう支援するための研修プログラムを企画・提供する必要があります。
例えば、1on1ミーティングの質の向上は喫緊の課題です。単なる進捗確認に終わらせず、チームの目標と個人の業務のつながりを再確認したり、個々の貢献を具体的に承認・称賛したり、期待する役割を伝えたりする場として活用できるよう、管理職向けのコーチング研修やフィードバックスキル研修を実施します。
また、チーム目標の設定と共有の仕方についてもトレーニングが必要です。「売上〇%アップ」といった結果目標だけでなく、そこに到達するためのプロセス目標(KPI)をチームで設定し、その進捗をダッシュボードなどで常に可視化する手法を学んでもらいます。
進捗が共有されることで、チーム全体で「今、目標に対してどの位置にいるのか」「次に何をすべきか」を考えられるようになり、メンバーの当事者意識を引き出すことができます。管理職が「マイクロマネージャー」になるのではなく、「チームの進むべき方向を示すナビゲーター」としての役割を果たせるよう育成することが、人事の重要なミッションです。
エンゲージメント施策への応用:「貢献実感」と「心理的安全性」の醸成
最終的に、社会的手抜きを防ぐ根源的な力は、従業員一人ひとりの「このチーム、この会社に貢献したい」という内発的な動機、すなわちエンゲージメントです。人事は、従業員エンゲージメントを高めるための環境づくりという視点から、この問題に取り組むことができます。
「貢献意欲の低下」を防ぐためには、貢献実感を持てるような働きかけが不可欠です。 全社集会や社内報などで、各部署や個人の成功事例を積極的に共有し、その仕事が会社のビジョンや社会にどのように貢献しているのかをストーリーとして伝えることは、人事だからこそできる施策です。また、成果を出したチームや個人を称賛する表彰制度も、貢献が正当に評価される文化を醸成する上で有効です。
加えて、心理的安全性の高い職場環境を作ることも、間接的に社会的手抜きを防ぐことにつながります。チーム内で「こんなことを言ったら否定されるかもしれない」「失敗したら責められる」といった不安があると、メンバーは主体的な発言や行動を控え、指示待ちの「手抜き」状態に陥りがちです。誰もが安心して意見を言え、挑戦できる雰囲気があれば、「誰かがやってくれる」ではなく「自分がやってみよう」という創造的なエネルギーが生まれやすくなります。
人事として、社会的手抜きという現象を単なる個人の問題として片付けるのではなく、組織の構造的な課題として捉え、評価、組織、育成、文化といった多角的なアプローチで粘り強く対策を講じていくことが、持続的に成長する強い組織を創る鍵となるのです。

