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人事視点で読み解く「セルフ・プレゼンテーション」:採用面接からリーダー育成までー川上真史氏から考える

 川上真史ビジネス・ブレークスルー大学教授の「企業と心理学 トピックス #71 セルフ・プレゼンテーション」を取り上げます。

「自分をどう見せるか」という戦略的な自己演出

 私たちは日々の仕事や生活の中で、無意識のうちに「他者からどう見られているか」を意識しています。今回拝聴した講義のテーマは「セルフ・プレゼンテーション」。これは心理学の用語で、自己提示とも訳され、「自分が他者からどのように見られるかを意識し、意図的に印象を操作しようとする行動」と定義されています。単なる演技というよりも、他者の目がある状況において、相手に特定の印象を与えるための「自己演出」と言えるでしょう。

 わかりやすい例として挙げられていたのが、中学生の「ヤンキー化」です。急に服装や髪型を変え、言葉遣いを荒くするのは、単なるファッションではなく、「自分は学校のルールには従わないぞ」「反発する人間だぞ」というメッセージを周囲に発信するための、強烈なセルフ・プレゼンテーションなのです。これは大人になり、社会人になってからも形を変えて行われています。私たちは相手や場面に応じて、戦略的に「見せたい自分」を演じ分けているのです。

5つの演出スタイルと、昭和・平成・令和の変遷

 セルフ・プレゼンテーションには、大きく分けて5つのスタイルがあるといいます。

 一つ目は「有能さの演出」です。仕事ができると思われている人の話し方や雰囲気を真似て、「自分は能力がある人間だ」と周囲に印象付ける手法です。

 二つ目は「謙虚さの演出」。あえて自分を卑下したり、従順な態度を見せたりすることで、相手の警戒心を解き、懐に入り込むスタイルです。講義の中で興味深かったのは、昭和の時代の営業担当者のエピソードです。かつては「接待ゴルフで、お客様よりうまくプレーしてはいけないが、わざと下手にやっているとバレてもいけない」という、非常に高度な(そして不可解な)コンピテンシーが求められていたそうです。「いやあ、全然ダメですね」と言いながら相手を立てる、この「負けるが勝ち」の演出は、日本的なビジネス慣習の中で長く使われてきました。

 三つ目は「親しみやすさの演出」です。常に笑顔を絶やさず、柔らかい物腰で接することで、敵を作らずスムーズに関係を築こうとします。現代の管理職が、若手社員との距離を縮めるために、あえて若者が聴く音楽を聴いて話題を合わせようとする涙ぐましい努力も、この一種と言えるでしょう。ただし、口元だけ笑っていて目が笑っていないような不自然な笑顔は、かえって不気味さを与えてしまうリスクもあります。

 四つ目は「威厳の演出」。ゆったりと動き、あえて沈黙の時間を作ることで、自身の存在感や権威を醸し出します。若い医師が患者に対してタメ口で話したり、ベテランのような態度をとったりするのも、「頼り甲斐のある医師」と見られたいという演出の一つかもしれません。

 そして五つ目が「社会的役割の演出」です。教授であれば「いかにも教授らしい」服装や話し方を、役職者であれば「部長らしい」振る舞いを演じることで、その役割を全うしようとします。

 これらの演出は、話し方や声のトーン、服装、髪型、姿勢といった非言語コミュニケーションだけでなく、「誰を知っているか(有力な知り合いがいるか)」といった人脈をアピールすることによっても行われます。

メリットと背中合わせの「演じ続ける」リスク

 セルフ・プレゼンテーションを効果的に行うことには、多くのメリットがあります。まず、TPOに合わせた服装や言動をすることで、社会的な評価や信頼を獲得しやすくなります。特に採用面接のような第一印象が勝負を決める場面では、適切な自己演出は不可欠です。また、「自分はこういう役割だ」と演じ切ることで、自信を持って振る舞えるようになり、講演やプレゼンなどの役割遂行が円滑になるという効果もあります。「形から入る」ことで中身がついてくる、という側面もあるのです。

 しかし一方で、デメリットも無視できません。最大の弊害は「疲労感とストレス」です。川上氏自身も、若手の頃に外資系コンサルタントらしく振る舞うために、ブランドスーツに身を包み、隙のない態度を演じ続けて、非常に疲弊した経験があるそうです。常に気を張って自分を演じ続けることは、精神的なリソースを大きく消耗させます。

 さらに、演じていることが見破られた場合、「なんだ、中身は空っぽか」と信頼を一気に失うリスクがあります。また、表面的な付き合いに終始してしまい、本音で語り合える深い人間関係が築けなかったり、演じている自分と本来の自分の乖離に苦しみ、アイデンティティを見失ってしまったりする「ジレンマ」に陥ることもあります。

 効果的なセルフ・プレゼンテーションとは、「バランス」に尽きるようです。自分の信念や価値観といった「核」となる部分は歪めずに大切にしつつ、それを相手に届けるための「スパイス」として演出を加える。無理をして自分を偽るのではなく、あくまで自分の良さを引き立たせるための戦略として活用することが、持続可能な自己演出の鍵といえるでしょう。

人材育成と組織開発の視点から考える「演出」の効用

 ここからは、企業人事の視点に立って、この「セルフ・プレゼンテーション」の概念を実務にどう活かしていけるか、考えを巡らせてみたいと思います。

1. 新任管理職への「役割演技」という処方箋

 初めて管理職に登用された社員が、自信を持てずに悩んでいるシーンによく遭遇します。 「自分はまだリーダーの器ではない」「部下に舐められている気がする」といった不安に対し、このセルフ・プレゼンテーションの考え方は一つの有効なアドバイスになり得ます。 無理に性格を変える必要はなく、「管理職という役割(ロール)を演じてみる」こと、つまり「社会的役割の演出」を意識的に行うことを勧めてみるのはどうでしょうか。

 「まずは形から入る」ことは、心理的にも理にかなっています。 「管理職らしい」ゆったりとした話し方や、落ち着いた服装(威厳の演出)を心がけることで、周囲の反応が変わり、それが本人へのフィードバックとなって、次第に内面的な自信(自信の向上)が醸成されていくことが期待できます。

 人事としては、昇格者研修などの場面で、リーダーシップ論といった抽象的な概念だけでなく、具体的な「振る舞い方」「見せ方」といった演出スキルを学ぶ機会を提供することも、彼らの背中を押す一手になるかもしれません。 それは「嘘をつく」ことではなく、「役割遂行を円滑にするための技術」なのだと伝えることで、心理的な抵抗感も和らぐでしょう。

2. 採用・オンボーディングにおける「バイアス」との付き合い方

 採用面接は、まさに候補者による「セルフ・プレゼンテーション」の場そのものです。候補者は「有能さ」や「親しみやすさ」を全力で演出してきます。 面接官としては、その演出の背後にある「素」を見抜こうと躍起になりがちですが、少し視点を変えてみることも大切だと感じます。

 過度な演出で本質を隠している場合は注意が必要ですが、「その場にふさわしい自分を演出できる能力」自体は、高い社会性や適応力の証でもあります。特に顧客折衝が必要な職種では、面接でのスムーズな自己演出ができる候補者は、入社後も顧客に対して信頼感のある対応ができる可能性が高いでしょう。 「演出されている=嘘をつかれている」とネガティブに捉えるのではなく、その演出スキルをコンピテンシーの一つとして評価する視点も持ちたいところです。

 一方で、オンボーディング(入社後の定着支援)のフェーズでは、逆にその「鎧」をいつ脱がせてあげるかが重要になります。 面接から入社直後まで全力で演じ続けている社員は、知らず知らずのうちに疲労を蓄積させています。早い段階で「ここでは完璧に演じなくても大丈夫だ」という心理的安全性を提供し、素の自分を出せる(本音を出せる)場面を作ることが、早期離職やメンタル不全を防ぐ予防線になるはずです。

3. 「演出疲れ」を防ぐ組織文化の醸成

 講義にあった「常に自分を演じようとすることによる疲労感」は、現代の職場におけるメンタルヘルスの隠れた課題かもしれません。特に、「常にポジティブであれ」「プロフェッショナルであれ」という圧力が強い組織ほど、社員は「理想の社員像」とのギャップに苦しみ、乖離によるジレンマを抱えやすくなります。

 人事として意識したいのは、社員が「オンの顔(演出した自分)」と「オフの顔(素の自分)」を健全に使い分けられる環境づくりです。 例えば、1on1ミーティングでは、「役割としての自分」ではなく「個人としての自分」で話す時間を意識的に設けるよう、管理職に働きかけることも有効でしょう。 「演じている自分」も仕事を進める上で必要な武器ですが、それだけでは深い人間関係は築けません。 組織内のコミュニケーションを深めるためには、たまには「演出の失敗(弱みを見せること)」も許容されるような、適度な緩さを持った空気を醸成していくことが、結果として長く働き続けられる組織につながるのではないかと考えられます。

4. 多様性を受け入れるための「演出」の理解

 最後に、ダイバーシティ&インクルージョンの文脈でも、この概念は示唆に富んでいます。 昭和的な「謙虚さの演出(へりくだる営業)」が通用しない世代や、グローバルな背景を持つ社員が増えています。彼らの振る舞いが「生意気だ(威厳の演出に見える)」「空気が読めない」と誤解されることもあるかもしれません。
 しかし、それは悪意があるわけではなく、単に彼らが採用している「セルフ・プレゼンテーションのスタイル」が異なるだけ、というケースも多々あります。 「あの人はこういう演出スタイルを持っているのだな」と一歩引いて客観的に捉える視点を組織全体で共有できれば、無用な摩擦を減らし、多様な個性が共存できる土壌が育つのではないでしょうか。

 「戦略的に演出しつつ、本質的な信念は歪めない」。 このバランス感覚を持ったプロフェッショナルを育てていくことこそが、これからの人材開発の隠れたテーマになるのかもしれません。

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